ギザラム防衛伯

 そして、屋敷に案内されたキコリとオルフェは丁寧な対応でもてなされていた。

 屋敷にいるのが全員蜥蜴人なせいか、シュー……という吐息が時折聞こえてくるが、向けられてくるのは敵意も何もないフラットな視線だけだった。

 お茶とお菓子。それらを……キコリが手を出すとオルフェにペンッと手を叩かれるので……主にオルフェが頬張っていると、ドスドスと足音をさせながら防衛伯がやってくる。


「やあ、待たせてすまない」

「いえ、色々とお気遣い頂いて申し訳ありません」

「このくらいの歓待では安い方だろう。君は儂に怒鳴りつけていい程度の扱いは受けたのだ」

「防衛伯閣下が悪いわけではありません」

「いいや。衛兵の失態は儂の失態だ。ひとまず今回の件に関わった連中と上の連中はこの世から解雇してきたが、それで済む話でもない」


 言いながら、防衛伯が椅子に座ると、執事らしき蜥蜴人がお茶をその前に置く。


「自己紹介しよう。儂はこの防衛都市イルヘイルを獣王陛下よりお預かりしている防衛伯……ミルズ・ギザラムだ」

「俺はキコリ。こっちがオルフェです。よろしくお願いします、ギザラム防衛伯閣下」

「うむ。では早速だが諸々の問題の話をしようか」


 ギザラム防衛伯はそう言うと、キコリが置いてきた青銅級冒険者のぺンダントを取り出す。


「コレの件もある」

「降格だって言ってましたが……」

「そうよ。悪いと思ってんなら、それもどうにかしなさいよ」

「うむ、もっともな要求だ。しかし、それは出来んのだ」


 言いながら、防衛伯は大きく溜息をつく。


「というのも、冒険者ギルドという組織のシステムとしての問題でな。アレは多国家による共同運営なのだ」

「防衛伯閣下の意思ではどうにもならない……と?」

「勿論、儂から推薦は出来る。この者見込みあり、とな。しかし冒険者とは有能な者を確実に見出す為の統一された仕組みだ。如何なる理由があろうと、そこに1つの国が何かを捻じ込むことは許されない」


 それ自体は理解できる。

 国が違えば冒険者のシステムが違う、あるいは何処かの国ではコネで高いランクの冒険者になれる……などという話があれば冒険者ギルドという仕組み自体の信用性が消えて失せる。

 だから、冒険者ギルドが幾つもの国家により運営され1つの国家の意思が強く反映されることはない……というのはキコリにも理解できる。出来るが……。


「ですが、今回は衛兵隊の意思が働いて降格になりましたよね?」

「うむ。だが冒険者ギルドとしては『防衛都市を守る衛兵隊から犯罪者の情報提供を受け、そのような人物は銀級に相応しくない』と判断しただけ……ということになる」

「そんなの通すわけ?」

「それ自体はでっち上げです。取り消しが出来るのではないでしょうか」

「うむ。儂もそれを伝えた。伝えたが……」


 イライラしたように顎を撫でるギザラム防衛伯に、キコリはなんとなく理解する。


「ダメだと突っぱねられたんですね?」

「うむ。流石に儂でも冒険者ギルド職員をブチ殺すには相応の理由が要る。今回に限っては連中は『衛兵隊の情報を信じて降格処分をしただけ』であり、『衛兵隊と揉めるようでは銀級とは言えない』と言ってきおった」

「どうすんのよ」


 やはりイライラしているオルフェだが……防衛伯はニヤリと笑う。


「うむ、そこでだな。キコリ、オルフェ。君たち……儂から最優先で依頼を受けるつもりはないか?」

「依頼を、ですか?」

「そうだ。奴等が国際規則を盾にするのであれば、それに則り銀級……いや、それより上を渡さざるを得ない状況を作り上げてやろうではないか」


 そう言うと、防衛伯は1つのペンダントを机に置く。

 それは……どうやら、ギザラム家の家紋のペンダントであるようだった。

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