儂が何より許せんのは

「確かに儂は貴様等にかなり大きな裁量権を与えている」


 ジタバタと暴れて防衛伯の手を外そうとする衛兵だが、どれだけ暴れてもびくともしない。

 そのまま防衛伯は衛兵の顔面をミシミシと言わせたまま吊り上げる。


「しかしな。それは『こういう事態』を防ぐためのものだ。それについては上から下まで周知徹底したはずなんだがな。ん?」


 防衛伯が手を離すと、衛兵は無様に床に落ちて「しかし!」と叫ぶ。


「しかし、なんだ。言ってみろ」

「その普人の罪は明らかです! 街中で暴れ、目撃証言も多数! 他国の権力をも振りかざす最低のクズです!」

「なるほどな。ハッハッハ!」


 笑いながら、防衛伯は衛兵の腹に蹴りを入れる。

 ゴフッと呻く衛兵を、防衛伯は何度も何度も蹴りつけていく。


「他国の権力? そうだ、そもそもの問題はソレだ。儂が不在の間に総隊長が代理として紹介状を開けたそうだが、何故屋敷に招いていない? 執事に事情を伝え儂の屋敷に通し、儂への連絡を最優先する。そして『未開封の紹介状』を儂に渡す。そこで初めて諸々の対応が始まるんだ」


 そこまで言って、ようやく防衛伯は衛兵を蹴るのをやめる。


「だがまあ、それについては許さんが置いておこう。やってしまったことだ」


 防衛伯は衛兵の襟首をつかんで、無理矢理立たせる。いや、吊り下げている。


「儂が何より許せんのは、貴様等が町の連中と同じ側に立っていることだ」

「し、しかし! それは……!」

「儂はな、自警団を雇ったつもりはないんだよ」


 怒りの為か、シュウウウという独特の息が防衛伯から漏れ始める。


「貴様等は陛下から防衛伯の地位を賜りし儂直属にして世界人類の盾だ。当然、高い倫理観が求められる。町の人間が皆『アイツが犯人だ』と言った。なるほど? ならば貴様のやるべきことはそれを否定できる材料を探し出し『公平』を担保することだ。その上で他国の防衛伯から派遣された者であるということを考慮し、最優先で儂まで話を上げねばならん」

「ぐ、が……」

「しかし、だ。儂が英雄門の向こう側から帰ってきて、クズ共の噂話を偶然耳にするまで、儂の元には使者1人来ず、此処に来ても報告1つない。どころか儂を止めようとする始末。これを儂はどうすればいい。人類の危機の前には誰もが協力し合える……それを示す事が防衛都市の意義だ。それを……儂は陛下に何とご報告すればいい。貴様等の死体を積み上げ、その上に儂の首を並べたとて汚点は消えぬ」


 そこまで言うと、防衛伯は衛兵を壁へと放り投げる。

 ドガンッと。壁を突き破り転がっていく衛兵だが……部屋の外では他の衛兵たちが集まってきてオロオロしているのが見える。

 シュロロロロ……と攻撃的な息を吐いてそれを睨みつけると防衛伯は、そこでようやくキコリへ振り返る。


「すまないな。総隊長はさっき処刑してきたんだが……副長と伝令長がまだ見つかってないんだ。たぶん何処かにいると思うし、すぐに君に首を引き渡すから……少し待っていてくれるかな?」

「く、首は要らない……です」

「そうか」

 笑うと、防衛伯は適当な衛兵を掴む。


「おい。彼とそっちの妖精のお嬢さんを儂の屋敷に丁寧に案内しろ。儂に接するように……だ。理解できるな? 出来んなら言え。今すぐこの世から解雇してやる」

「ヒ、ヒイ……ご、ご命令確かに!」


 敬礼する衛兵の顎を防衛伯が殴り飛ばし、衛兵が天井に刺さる。


「命令されなきゃ理解できんほど、常日頃の儂の言葉は頭に入っとらんかったか」


 吐き捨てると、防衛伯は脅えている衛兵たちへと視線を向ける。


「では、正しく仕事をするように。返事の出来ん役立たずから処刑するが、どうだ」

「た、ただしい職務を遂行します!」

「うむ。全く信用しとらんが、しっかりやるように。そうすれば、入れ替える際に多少処遇を考えてやるかもしれん」


 そう言って去っていく防衛伯を……キコリもオルフェも、ポカンとした顔で見送っていた。

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