なんだもなにも

 そうして、キコリとしては不本意な殴り合いが始まってしまう。

 真正面から殴り掛かってきた牛獣人の攻撃を躱しボディに一発入れると、牛獣人が「ぐげっ」と声をあげる。


「てめえっ!」

「ぐっ!」


 横から蹴りを入れてくる犬獣人に続き、羊獣人の振り上げた金属杖がキコリの兜を叩く。

 まさかもう武器を使ってきたかとキコリは驚くが、牛獣人もいつの間にか棒を持っている。


「あー! 見たわよ、周りの奴が武器渡したわ!」


 上空に居たオルフェがそう叫ぶが、キコリを罵倒する声は変わらない。

 いや、犬獣人も近くの店の主人からこん棒を受け取っている。

 アウェイにも程があるというか……あまりにも。


(どうする。この調子だと武器を出したら殺人犯とか罵られそうだぞ……!)

「キコリ! もう手ェ出していいわよね! 出すわよ!」

「ダメだ!」

「なんでよ!」


 オルフェが叫ぶ。

 まあ、当然だ。「死ね」とか叫びながら殴ってくる連中相手に遠慮する理由がない。

 ないが……此処で武器を抜けば、高い確率で指名手配になりそうだ。流石にそれは避けたい。

 となると……武器を使わずにどうにかするしかない。

 そして幸いにも、キコリはそういう方法を知っている。

「そうする」つもりのない状況では、ハッタリに過ぎない。

 過ぎないが……キコリは殺意を籠め息を吸う。


「オラア! もう一撃……」


 牛獣人が、自分を睨むキコリの瞳にビクッと震える。

 その動きが、止まって。

 キコリが、叫ぶ。

 全員殺してやろうかと。そんな「警告」の叫びをあげる。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 ウォークライ。

 ドラゴンとなってからは初めてのソレは周囲に響き渡って。

 牛獣人が……いや、犬獣人も山羊獣人も武器を取り落とす。

 何処かで、誰かが腰を抜かして座り込む音が聞こえて……その場に、静寂が訪れる。

 いや、それは一瞬。


「ヒ、ヒイイイイイ! 殺されるうううう!」」


 牛獣人が逃げ出したのを皮切りに周囲は大騒ぎになり、逃げる者や逃げようとして動けない者などが続出し始める。

 その様子は、キコリが思わずポカンとあっけにとられてしまうほどだった。


「な、なんだ?」

「……なんだもなにも」


 青い顔をしたオルフェが降りてきて、キコリの耳元に囁く。


「ウォークライとかいうのやったつもりなんでしょうけど。今のドラゴンロアだから。魔力混ざってたから」

「……マジか」

「マジよ」


 走ってくる衛兵たちを前にどう説明しようかと迷うキコリだったが……。


「この騒ぎの主犯はお前だな!」

「は?」

「そ、そいつを捕まえてくれ!」

「殺される!」


 衛兵に囲まれ武器を向けられたキコリはキレかかっているオルフェを押さえながら……詰め所へと、連行されることになった。

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