行ってきます

 その日、アリアの家に帰ってから、話をしてみると。

 意外にもアリアは「仕方ないですね」と軽く溜息をつくだけで終わらせた。


「防衛伯閣下の依頼ともなれば、断るわけにもいかないでしょうし……仰ってることも理解できますしね」

「はい。なんか……すみません。心配かけるばっかりで、ちっとも恩を返せてません」

「キーコーリー?」


 アリアはキコリの額をツン、とつつく。


「私は好きでキコリの世話を焼いてるんです。恩がどうとか、そういう面倒なことは……」


 言いかけて、アリアはちょっと首を傾げる。


「……本当に考えない子になったら嫌ですね?」

「あはは……そんな奴にはならないですから」

「ええ、その辺りはキコリを信頼してますから」


 アリアは微笑みながら、キコリをそっと抱きしめる。


「キコリ。獣王国サーベインは、此処とは違う価値観で生きている国です。キコリが一時滞在するには最適でしょうが……気をつけてくださいね」

「はい、勿論です」


 キコリもまた、アリアをぎゅっと抱きしめ……ようとして。その頭に、ゴツンと衝撃を受ける。


「ちょっとキコリ。あたしには何か聞かないの? 随分恩を売ったつもりだけど?」

「え? あー、ああ。オルフェにも感謝してる。それに、信頼してる」

「うん。それで?」

「えーと……あっ」


 そこでキコリは初めて思いついたとでもいうかのように声をあげる。


「そういえばオルフェは……向こうにはついてきてくれるのか?」


 防衛都市ニールゲンで受け入れられたからって、防衛都市イルヘイルで受け入れてもらえるとは限らない。

 勿論、セイムズ防衛伯の威光を借りるつもりではあるが……それでも、オルフェにとっては面倒でストレスの溜まる状況であることには違いない。


「フン! アンタ、あたしが居ないと何処かで野垂れ死ぬでしょうが。仕方ないからもう少しだけ付き合ってあげるわよ!」

「そっか。ありがとな、オルフェ」

「たっぷり恩に感じなさいよ!」


 どうやらオルフェはついてきてくれるらしい。

 それに安心したキコリは、そのままアリアと3人で食事の支度をして、たくさん話をして。

 次の日、旅の荷物を揃えてイルヘイルへの出発の準備を整える。

 全ての防衛都市は壁砦で繋がっている。

 だからこそ、方角さえ分かっていれば道に迷うことはない。


「アリアさん、行ってきます」

「行ってらっしゃい、キコリ」


 交わすのは、そんなシンプルな挨拶。

 それ以上のものは、きっと必要ない。

 何度も手を振って、イルヘイルへの道程を進んで。


「……強くは、なってるはずなのにな」

「そうね」

「なのに、この手に残るものが少ない気がするよ」

「別に失ってはいないでしょ」

「まあ、な。でも、俺はもうずっとニールゲンに骨を埋めたって良かったんだ」


 キコリのそんな言葉に、オルフェはハッと笑う。


「小さく纏まってんじゃないわよ、見捨てるわよ?」

「それはやめてくれ」

「なら前を向きなさい。突き進んでぶっ倒れて、いよいよ死ぬって時にそういうことは言いなさい」

「そんな未練のある死に方は嫌だな」

「死ななきゃあたしが治してやるわよ」

「安心だな」

「そうよ。感謝なさい」


 感じていた寂しさは、もう感じない。

 キコリとオルフェは楽しげに、旅路を進んでいった。

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