ドラゴニアンのキコリ

 おかしい、と。

 グレートワイバーンは今自分が竜巻魔法で空へと飛ばしたばかりのキコリのことを思う。

 鎧は砕けた。なのに、身体が砕けていない。

 おかしい、おかしい。

 鎧より柔い肉がまだ微塵になっておらず、血の花を咲かせていないのは何故なのか。

 魔力の竜巻の中で、キコリが目を開いて。

 そうして、キコリは「あの空間」での出来事は1秒にも満たない……いや、0秒の出来事であったのだと自覚する。

 けれど、自覚する。

 自分が変わっていることを、自覚する。

 何が出来るかを、自覚する。

 魚が教わることなく水を泳げるように。

 いや……人が、誰も教わらずに呼吸が出来るように。

 キコリは、自分に出来る事を自覚する。自分の今の状況を把握する。

 鎧も兜も砕け、斧もない。何もない。

 

(……でも、必要ない。あの斧も、あの鎧も)


 すでにこの竜巻には適応した。だから。さあ、やろう。


「……馬鹿な」


 グレートワイバーンの視線の先。

 魔力の竜巻が、消え失せる。

 まるで何かに、搔き消されたように。

 真実は、勿論違う。吸収されたのだ。

 ドラゴンたるキコリが、そうである前に頼りにしていた力……魔力吸収とチャージ。

 その力は今、キコリ自身にある。

 そして妖精がキコリにドラゴンをイメージして造った鎧と兜、そして斧。

 それは今、ないけれど。

 キコリの身体を覆ったのは、間違いなくあの鎧兜。手には、あの斧。

 鎧からチャージする手間は、もうない。

 チャージなどと、言う必要すらない。


「あ、あああ……」


 周囲の魔力をも吸収して、大気が歪む。

 落下するキコリが、その言葉を唱える。


「ミョルニル」


 先程とは比べ物にならない威力の電撃を纏った「ドラゴン」が。

 グレートワイバーンの更に上空から、稲妻となって落ちた。

 死ぬ。アレを受ければ死ぬ。

 その直感がグレートワイバーンを動かして。


「ギ、ギアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」


 それでも避けきれずに、その翼を貫かれ電撃に焼かれる。

 これが鳥であれば、それは致命的だっただろう。

 だが、ワイバーンは翼によって飛んでいるわけではない。

 だからこそ、それでもグレートワイバーンは空を舞い。

 キコリは地面から、グレートワイバーンを見上げていた。


「な、なんだ……! なんなんだ、貴様は!」


 恐怖のままにグレートワイバーンは叫ぶ。

 おかしい、おかしい。

 この一瞬で何があったというのか。

 先程までコレは狩られるだけの虫だったはずなのに。

 どうして、どうしてなのだ。


「ドラゴンだ」

「……は?」

「俺はドラゴニアンのキコリ。新米ドラゴンだ……よろしく。それと、さよならだ」

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