君は何故

 何もない。

 此処には、何もない。

 光もないのに完全な闇ではないその空間で、キコリは諦めたように呟く。


「ああ……俺、死んだのか」


 そうでもなければ、いきなりこんな所に来る理由がない。

 あの魔力の竜巻に飲まれたまま死んだ。

 そして此処はあの世か何かだと……そう考えるのが普通だ。

 

「悔しいな……」


 ポツリと、そう呟いて。


「おお、そんな感情が残っていたか」


 眼前に現れた「誰か」に、キコリは思わず飛びのいた。


「だ、誰だ!?」


 今のキコリには鎧がない。斧もない。

 目の前の誰かが敵でも、戦えない。

 いや、ある。素手でも使える「魔法」はある。

 いつでも発動できる準備をしようとして。


「落ち着けよ、キコリ。私は君を害しようとは思っていない」


 その何者かに微笑まれ、疑問符で頭の中を一杯にしてしまう。

 目の前の「誰か」は自分の名前を知っている。

 しかし、誰なのか?


「いや、な。負けて当然だとか利口ぶるなら、このまま放逐しようかと思ってたんだ。でもまあ、そうでなくて何よりだ」


 そんな事を言う「誰か」の姿は……人間に、よく似ている。

 黒いざんばらの髪と、赤い目。纏っている衣装もまた黒い。

 金糸で彩られて目立つからこそ、この空間の中に浮き上がっているように見えるが……。

 その「誰か」は未だ、キコリの疑問に答えてはいない。

 

「さて、キコリ。君は今死の狭間にある」

「死んで、ない?」

「ああ。だがあのオオトカゲの攻撃で鎧は砕かれ、今まさに身体も砕かれようとしている。そうでなくとも、落下すれば死ぬだろう」

「……」

「ではキコリ、質問だ。何故君は死ぬんだ?」


 意味が分からない。

 何処にも死ぬ要素しかないはずだ。

 身体を砕かれる。

 高高度から落下する。

 どちらも死ぬには充分な理由だ。それ以外に、何があるのか。


「それは……」


 言いかけて、やめる。

 違う、と。直感的にそう思ったのだ。

 身体を砕かれれば死ぬ。

 高高度から落下すれば死ぬ。

 当然だ。当然すぎて、質問する意味すらない。

 なのに、何だろう。キコリは「それ」に疑問を覚えていた。

 何が違うのか。

 何に疑問を覚えているのか。

 キコリは、考えて。

「誰か」がいつの間にか持っている、ボロボロの王冠を目にする。

 いや……王冠と呼ぶにはあまりにもみすぼらしい、それを見て。


「適応、してないからだ」


 そう考えると、キコリは全てが納得いったかのような錯覚に陥る。

 そうだ。

 炎に適応したのに、竜巻に適応できない理由があるだろうか。

 竜巻に適応できるなら、高高度からの落下如き適応できるに決まっている。

 なのに、死んでしまうのは。

 適応できて、いないからだ。


「然り」


「誰か」が、そう言って笑う。


「然り、然り! 君は適応できないから死ぬ! それが真実!」


 男がボロボロの冠を空中に浮かべ、両手を広げる。


「キコリ! ならば私は君に問おう! 君は何故……適応できないのだ?」

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