今のところは、だけどな

 渓谷に、静かに風が吹く。

 ただ静寂のみが支配するその場所に、1体のワイバーンが飛来する。

 狙っているのは、木々の近くで草を食んでいる、ゴブリンほどはあろうかという大きさの丸虫だ。

 ワイバーンは素早く高度を落とすと、そのまま丸虫を掴んで。

 木々の揺れるガサッという音に素早く反応し顔を向け……驚愕する。

 そこには、両手に斧を持ち振りかぶるキコリの姿。

 隠れていた木の枝から飛び降りたキコリはそのままワイバーンへと勢いのまま斧を叩きつける。


「ギアアアアア!?」

「でいやあああああああ!」


 勢いのままにキコリは斧で乱打する。

 空には逃がさない。此処で仕留めると、そんな強い意思を籠めた攻撃がワイバーンを叩き、切り裂いて。

 それでもワイバーンは急上昇することでキコリを弾き飛ばす。


「オルフェ!」

「ファイアアロー!」


 だが、その更に上にはオルフェが飛び出ている。

 上空からの幾本もの火の矢に貫かれ、ワイバーンは悲鳴をあげながら地面に叩きつけられる。

 そのままワイバーンは動かなくなり……キコリはふうと息を吐く。

 やはり強い。ミョルニルで威力を底上げしなければ、キコリでは仕留めきれない。

 だが、オルフェとのコンビであれば攻撃力の点では解決する。


「いい感じじゃない、キコリ」


 逃げていく丸虫をそのままに、オルフェは上機嫌な表情でキコリの近くに降りてくる。

 これと似たような手でワイバーンを数体仕留めているからだろう。

 土の中、水の中。色々と潜んでは奇襲を仕掛けているが、今のところ順調だ。


「今のところは、だけどな。ワイバーンだって馬鹿じゃない。帰ってこない仲間が増えれば対策をするはずだ」

「まあね。でもこうして減らせば減らすほど、あたし達の勝利に繋がることに変わりないでしょ?」

「そりゃあな」

「つまりやる事は変わんないじゃない」


 そう言われるとキコリとしても「そうだな」と言う他ない。

 今キコリが言った通り、この作戦はやればやるほど警戒される。

 食事を狩りに行った仲間が帰ってこない。

 ワイバーンが集団行動できるモンスターである以上、その事実は強い警戒に繋がるはずだ。

 だからこそ、何処かで打開の糸口を見つけたいのだが……ワイバーンが全部で何匹いるのかも分からない。

 たとえばコレがゴブリンやオークであれば上位個体が統率していたりして、それを失えば途端に集団が瓦解したりする。

 勿論、上位個体は通常個体とは比べ物にならない強さだが……オルフェがいれば勝てるのではないだろうかと、キコリはそんなことを思っていた。


「とにかく移動しよう。此処に長居するのは良くない」

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