アンタ悪党ね
その日の夜。
オルフェが家を出ていくのを見て、キコリはベッドを抜け出した。
何処かに行こうとするかのように飛翔するオルフェにキコリは「オルフェ!」と叫ぶ。
「……何よ。起きてたの?」
「起きたんだよ。それより、何処行くんだ?」
「あたし達の森よ」
「それって、ワイバーンの……」
「そうよ」
なんでもないかのように言うオルフェに、キコリは何を言えばいいか分からなくなってしまう。
あの場所にワイバーンがいることはオルフェも知っているはずだ。
なのに、何故。
「他の人間がワイバーンを狙うかもしれないわ」
「え、いや待てよ。それは禁止されてるはずだぞ」
「そうね。でもドラゴンが出たでしょう?」
「それと何の関係が?」
ワイバーンはドラゴンではない。
ちょっと似ていてちょっと似たようなことが出来るかもしれないが、全然違うモノだ。
それにドラゴンが出た事とワイバーンを倒すというのが繋がらない。
「……ドラゴンは倒せない。でも、ドラゴンを倒せそうなくらい強いって称号は欲しい。結果は?」
「は!? でも全然違うんだぞ!?」
「あの人間も言ってたでしょ。『ドラゴン』って言葉は強い。ドラゴンスレイヤーになりたい、でもなれない。なら『ドラゴンスレイヤーに近い者』って称号は欲しい。ドラゴンが出てきたことで、その欲が刺激されてる……たぶん明日にでも、攻め入る奴は出てくるわよ」
そうなのだろうか。
人間は、そこまで馬鹿なのだろうか?
妖精の森に攻め入るようなワイバーンが、人間に攻め込まれたらどんな反応を見せるか。
それが分からないとはキコリには思えないのだ。
ただでさえゴブリンによる襲撃の記憶すら薄れていないというのに。
「……人間は、そこまで馬鹿じゃない」
「そうかしらね。あたしは馬鹿だと思うなあ、人間」
「損得勘定くらい出来る。ワイバーンを襲って此処に被害が出たら、英雄どころか敵になる」
そう、ワイバーンを1体か2体、倒したとしよう。
それで防衛都市に被害が出たら?
ワイバーンを倒したから凄い、なんて絶対にならない。
むしろ「お前のせいで」となるはずだ。それが計算できない奴がいるとは思えないのだ。
一部の馬鹿はもしかしたら、いるかもしれないが……その程度の頭でワイバーンを狩れるほど生き残るとも思えない。
むしろワイバーンの食卓に上がって終わりではないだろうか?
その程度でワイバーンを刺激することになるだろうか?
分からない。分かるはずもない。
だが……考えれば考える程キコリも不安になってくる。
「……オルフェ」
「何?」
「オルフェは人間に倒される前にワイバーンを倒したい。それでいいんだよな?」
「そうよ」
「でも、俺は手伝っていい。そうだよな?」
「そうよ。それで?」
「なら、俺も行く。だから、出るのは明日まで待ってほしい」
どの道、止めてもオルフェは行くだろう。
なら……万全の準備を整えてキコリも行く。
その前に防衛伯に話もしておかなければいけないだろうが……それしかない。
「敵になるとかってのはいいの?」
「勿論防衛伯にもお話をするよ。妖精との友好のために……ってな」
ドラゴンほど言葉の力は無いかもしれない。
だが、妖精だって防衛伯を動かしたくらいには強い単語なのだ。
「……アンタ悪党ね、キコリ」
「オルフェを見捨てる善人よりはマシだろうさ」
キコリがそう言うと……オルフェは、嬉しそうに笑って見せた。
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