ふざっけんなよ

 草原を歩くと、コボルトが作ったと思わしき「穴」が幾つか存在していた。

 基本的に無視して歩くが、それは単純に魔力の問題だ。

 多少魔力容量が上がろうと、ミョルニル連発はすぐに魔力切れを起こしてしまう。

 今のところ、キコリの最強の手札はミョルニルだ。

 それを早々に使い切ってしまうのが愚かしいことであるのは、キコリにも十分分かっていた。

 だから、たまに思い出したように射かけてくるコボルトにどうするかというと。


「!」


 ヒュウ、という風切り音。瞬間、キコリはその場から横に飛ぶ。

 前方は確認している。左右なら、ある程度気付く。

 なら、音が鳴るまで気付かない狙撃とは……高確率で後方からだ。

 そうして回避すると、キコリはそのまま振り返り穴から顔を出している弓コボルトに向けて走り出す。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 ウォークライ。殺意を込めた咆哮はコボルトを一瞬硬直させ、キコリはその場に辿り着きマジックアクスを振り下ろす。

 ゴンッと。鈍い音と共にコボルトは巣穴の中に転がり落ち、穴の中から他のコボルトの声が聞こえてくる。

 それが悲鳴か焦りか怒りの声かは分からないが、向こうに社会性があるというのであれば「この手段」は極めて有効だとキコリは考えていた。

 此処を大人しく通した方がいい。

 そう考えさせた方が結果的に戦闘の回数を減らす事が出来るはずだ。

 少なくとも逃げて「与し易し」と思われるよりは余程マシなはず、なのだが。


「くそっ、またか……!」


 戦い、戦い、戦って。中々「向こう側」の空間の歪みへと辿り着かない。

 そうしているうちに空が赤くなり、やがて夜が来る。

 だが、この場所で夜営をすべきだとは微塵も思わない。

 思わないが……この状況でランタンを掲げて歩く事の危険性くらい、キコリにも分かる。

 だからこそ、奇襲の危険性を重視してキコリはその場に佇む。

 座ろうとすら思わない。座っていては矢を防げない。

 ただひたすら、夜の闇に眼をならして、何が来ても分かるように油断なく周囲を見回す。

 そうして、しばらくしても襲撃は来ない。


「……ふう」


 少しだけ。少しだけ安心して息をついた時。ゴウ、と少し強い風が吹いて。

 無数の矢が、キコリに突き刺さる。何本かは、鎧が弾いて。何本かは、鎧の隙間に刺さって。


「ぐ、う……!?」


 第2射、第3射。風にかき消された音は、今度こそしっかりと聞こえて。


「黒い矢だと……!? ふざっけんなよ!」


 黒く塗られた夜襲用の矢。

 コボルトの大群が、あちこちの穴から出てきてキコリに向かい襲い掛かってくるのが見えた。

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