ルナイクリプス

 ゴブリンの軍勢が通り過ぎた後……クーンが、ズルズルとその場に座り込む。


「凄い数だった……でも、でも。英雄門はそう簡単に落ちない。大丈夫なはずだ」

「まあ、そうだよな。あそこはモンスターからの防衛の最前線なんだ」

「うん。だから、大丈夫……僕達は何もしなくても大丈夫だ」


 本当に?

 キコリの中に、そんな疑問が浮かぶ。

 英雄門を守る衛兵に任せておけば安心……なのだろうか?

 大丈夫なのかもしれない。

 あんな立派な壁と、門なのだ。

 上から矢や魔法を放てば、あのゴブリンジェネラルだって。

 ……本当に?

 本当に、本気で、そう思っている?


「……大丈夫な、もんか」

「キコリ?」

「壁砦だって破られる『かも』しれないのに。英雄門が破られないなんて保証……あるわけがない」

「それは……」


 衛兵で手が足りなければどうなる?

 きっと、戦える人間が呼び出される。

 それは誰?

 きっと、高い確率で「元」冒険者や冒険者ギルドの職員などだろう。

 そして……そのどちらにも、アリアは該当する。

 なら、きっとアリアは……出てくるのではないだろうか?

 そしてまた、無理をするのではないだろうか?

「ちょっとした魔力異常」とやらの詳細を、キコリは知らない。

 けれど、あの医療員の慌てようからして……場合によっては命に関わるのではないだろうか?

 そんな状況で。

 隠れていれば全部安全だと、言っていられるのか。

 違う。

 そうじゃない。

 勝てないとさっき悟ったばかりだというのに。

 無謀に挑んで殺されることをアリアは良しとしない。

 それは、勇気じゃない。

 でも。

 それでも。


「……ごめん」


 此処にいるクーンに。

 此処にいないアリアに。

 キコリは、謝罪する。

 その瞳からは、涙が流れている。

 確実にそこにある死への恐怖に。

 そうすることを望まないであろうアリアへの申し訳なさに。

 それでも決断しようとしている、自分への愚かさに。

 泣いて、それでも。キコリは、2本の斧を握る。


「クーン、俺は行く。行って、ゴブリンジェネラルを殺す」

「無理だ……! ホブゴブリンを殺すのとは訳が違うんだよ!?」

「分かってる。クーンに来いとは言わないよ」

「……!」

「そんな無謀をやるのは、俺1人でいい」

「無謀だって分かってるなら、どうして!」

「馬鹿だからだ。俺にはもう、それしか俺に出来る最善が浮かばない」


 その答えに、クーンは何かを言おうとして、やめる。

 そして……静かに、俯く。


「僕は行けない。僕は、死にたくない」

「ああ。それでいいと思う。一緒に死ねなんて言えない」

「でも」


 クーンは顔をあげる。その手に握られているのは、あのマジックアイテムの杖だ。


「君があえてその無謀に身を躍らせるのなら。僕に出来る事が、1つだけある」


 クーンの杖に宿るのは、魔力の輝き。


「月神の神官として、君にかけられる魔法がある。それで、多少は君を死から遠ざけられるかもしれない」

「それは……どんな魔法なんだ?」

「ルナイクリプス。月の魔力を身体に取り込む魔法さ」

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