もう使えねえっての

「ギッ!?」


 すっかり様子見モードに入っていた槌ホブゴブリンが、驚愕したように動く。

 だが、もう遅い。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼」


 全力を振り絞ったウォークライがキコリの残った力を奮い起こし、槌ホブゴブリンの動きを僅かに止める。

 斧ホブゴブリンの斧を奪い、その身体に振り下ろす。殺した。確実にそう言える感触を得て、しかしそこでキコリは膝をつく。

 動かない。もう身体が、動かないのだ。当然だ。ここまで動けたことが奇跡的なくらいだ。

 槌ホブゴブリンは先程の魔法を警戒しているのか、それでもキコリへと迫り。

 手甲ホブゴブリンも金的のダメージから回復しつつあるのか、キコリをジロリと睨んでいる。

 動かなければ。動かなければ、死ぬ。

 分かっているのに、身体が動かない。

 限界などもう超えていて、再度の限界の先などというものは無い。

 だからこそ、キコリは死を覚悟して。自分に迫る槌ホブゴブリンの、足に触れる。

 そして、その瞬間。槌ホブゴブリンは恐怖に顔を歪め、キコリを思いきり蹴とばした。

 ガンッと。身体を木に強打し、キコリはそのまま転がる。

 ぼやける視界の中、キコリは逃げていく槌ホブゴブリンと、その後を追う手甲ホブゴブリンの姿を見ていた。


「……ははっ」


 それを見て、キコリは笑う。

 何を恐れたかは、分かる。先程放った魔法を……ブレイクを、警戒したのだ。恐れたのだ。

 キコリがソードブレイカーから着想を得て土壇場で放った「破壊魔法ブレイク」。

 斧ホブゴブリンの足を破壊したそれを間近で見ていたのだ。警戒して、怖がって当然だ。


「もう使えねえっての。魔力なんか、アレでとっくに空だ……」


 それでも、あの程度だ。

 恐らく格上の、あるいはキコリよりも魔力の高い相手には、微塵も通じないだろう。

 所詮はその程度。その程度でもハッタリにはなって……生き残ることが、出来た。

 キコリは腰の小鞄に手を伸ばし……割れたポーション瓶の蓋を摘まみ上げる。

 昨日、換金のついでに冒険者ギルドで買った1000イエンのポーションだ。

 使っても居ないのに、無くなってしまった。

 どのタイミングで割れたのだろうか? 全く気付かなかった。

 キコリは無言でポーションの蓋を転がすと、ぐったりと地面に横たわる。

 ああ、なんということか。今この瞬間、角兎でもゴブリンでも簡単にキコリを殺せる。

 虎の子のポーションももう無く、意識は段々と保つのを難しくなってきている。


「血の匂いがすると思ったら……おい、生きてるか?」


 キコリが気絶する、その直前。

 視界に映ったものを見ながら、キコリは思う。


(……猫?)


 その疑問は解決しないまま、キコリの意識は途切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る