俺にはきっと

 角兎。その呼び名の通りに鋭い角を持ち、弾丸のような速度で跳び敵を突き殺すモンスターだ。

 人間の身体など簡単に貫く角はいともたやすく相手に致命傷を与える。

 的が小さいから、ある意味ではゴブリンよりも厄介なモンスターとも言われている。

 そんなモンスターを見据え、キコリは斧と丸盾を構える。

 先程の蹴りで多少弱ったようにも見えるが、油断はできない。

 互いに距離を測り……キコリは走る。

 突然「跳んで」きてもいいように、斧を上段から振り下ろして。

 しかし、角兎は急速に方向転換し「横」へ跳ぶ。


「くっ!?」


 逃げられた。そう判断したその瞬間、キコリの側面に回った角兎は斧を振り下ろし態勢の崩れたキコリ目掛けて跳ぶ。


「う、あああああああ!」


 拙い。拙い。死ぬ。殺される。

 必死の判断で突き出した丸盾に角兎がぶち当たり、凄まじい音が鳴り響く。

 ドサリ、と。衝撃の反動で気絶した角兎に、キコリは飛び掛かるようにして斧を振り下ろす。

 それで、終わり。間違いなく仕留めた角兎を前に、キコリは荒い息を吐く。

 人の身体は貫けても、総鉄製の丸盾は貫けない。ただそれだけの事が生死を分けた。

 そして、キコリは油断など一切していなかった。自分に出来る最善をしていたはずだ。

 なのに死にかけた。

 才能が無い、と。そんなアリアの言葉が重く圧し掛かる。


「ああ、そうだ。俺にはきっと、嫌になるくらい才能が無い……」


 ピカピカの防具をつけて一人前気分になったところで、何も変わってはいないのだ。

 それでも、やらなければならない。生きなければならない。

 角兎の魔石を回収して、キコリは立ち上がる。


「やってやる。やってやるんだ。俺には、これしか道が無いんだ……!」


 その為なら、その為なら何だって出来る。

 自分の命くらい、賭けてやる。

 だから来いと。俺に殺されに来いとキコリは息を吸い込む。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 そして叫ぶ。

 ウォークライ。未熟な殺意を籠めながら、それでもキコリは叫ぶ。吠える。

 その心の在り方を、戦士のそれへと切り替える。


「ギイイイイイ!」

「ギイエアアアアアア!」

「おおおおおおおお!」


 吠える。現れたゴブリンへと負けじと吠え、キコリはゴブリン達へと襲い掛かる。

 斧を振り下ろし、最初のゴブリンを切り裂いて。

 腰のナイフを抜き放ち次のゴブリンへと投げる。


「ギッ……」

「流石に覚えたってんだよ!」


 背後の草むらを揺らし飛び掛かってくる角兎を、キコリは斧で叩き割る。

 真っすぐ跳んでくる事が分かっているなら、キコリにだって対処できる。


「ギイイイイイイ!」


 ナイフが刺さったゴブリンがそれでも襲ってきて。

 キコリの斧が、その顔面に突き刺さる。


「ああ……神官様に貰えたのが、斧で良かった」


 ゆっくりと、キコリはそう呟く。


「たぶん剣だったら、こうは上手く使えなかったよな」


 それは、ただの感想に過ぎない呟き。

 けれど。キコリが自分のスタイルを確定させた、その瞬間でもあった。

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