今更ですけど

そうしてキコリが連れ込まれた……もといやってきたのは、ニールゲンの比較的中央に近い場所にあるアリアの家だった。

 2階建ての小さな家ではあるが、あまり狭くは感じない。

 家具も非常にバランスよくまとまっていて……気になるのは、今いる大部屋の隅に武具が飾ってあることくらいだろうか?


「さ、いらっしゃいキコリ。此処が私の家ですよ」

「今更ですけど、いいんですか? 俺みたいなの入れちゃって」

「うん? どういう意味で言ってます?」

「普通に考えて何処の誰かも分からない男を家に入れちゃいけないと思うんですが」

「キコリに私を押し倒せる度胸と実力があるなら是非見せてほしいものですけど」

「おっ、押し倒……!?」

「それで赤くなってるうちは無理ですねえ」


 女の人ってこんな感じだっけ、とキコリは村の女性や前世の女性も含め考え始める。

 今世では嫌われていたのであまり分からない。前世は……あまり思い出したくはない。

 それを思い出すこと自体が、キコリの中でタブーになりつつある。

 それで少し冷静になったキコリに気付いたかアリアが「ふーん」と呟く。


「まあ、お風呂も貸してあげるんでゆっくりしていってください。寝巻も私の昔のやつ貸してあげますし」

「え、いや。そこまでは」

「ぶっちゃけ、そのボロ服洗っておきたいんですよね。冒険者ってのは荒仕事ではありますけど、普段から汚くていいってわけでもないんですよ?」

「……でも、常に汚れますよね?」

「はい。でもそれは仕事じゃない時に汚くていい理由にはなりません。そのラインを越えた人間は、何処までもズブズブと落ちていくだけになります。それとも、生きてるだけの人になりたいんですか?」

「……いえ」

「そういうことです。はい、さっさと脱いでお風呂に入る! まあ、湯は沸かしてませんけど魔石はありますから!」

「え、ちょ、わあ!」


 上半身の服を脱がされた辺りで脱衣所に駆け込むと、キコリは思わず息を吐く。

 そして……鏡に映る自分が、笑っていることに気付き口元に驚いたように触れる。

 笑っていた。何故? 決まっている。楽しいからだ。

 人間らしいやりとりが、とても楽しい。此処にはまだ、自分を悪魔憑きだと蔑む人はいない。

 だからこそ、前世がどうのこうのという話は間違っても出してはいけない。


「着替え置いときますよー」

「わあ!?」


 普通に脱衣所の扉を開けて顔を覗かせるアリアにキコリは驚くが、アリアは楽しそうに笑うだけで。


「……あの、アリアさん」

「はい?」

「ありがとう、ございます」

「いえいえ」


 救われている。だからこそ、キコリはその温かさが……とても怖かった。

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