お名前なんでしたっけ

 ポタリ、ポタリと血が階段に落ちる。

 換金したばかりの2000イエンを持って、冒険者ギルドの地下へ。

 すでに薄れ始めた意識は、死への道程か。

 カウンターに辿り着くと、先程会った受付嬢よりはずっと人間的な反応を職員が見せる。

 受付嬢は、とても……とても冷静な、いつも通りの対応だった。


「ポーションを」

「2000イエン」

「確か、1000」

「すぐ効くのを出します。無いなら1000の出します」


 迷っている暇はない。2000イエンと引き換えに受け取ったポーションを震える手で開けようとして、職員に奪われる。


「口開けて」


 開いた口にポーションを突っ込まれ、口を閉じさせられる。

 ゴクン、と。飲み込んだポーションがしみ込んでいくと同時に身体の痛みが消え、温度が戻っていくのが分かる。


「……よし、大丈夫ですね」

「ありがとうございます。でも1000イエンので良かったんですが」

「ふざけないでください。あんな瀕死に近い状態を1000イエンので治そうとしたら4本要りますよ?」

「そうなんですか?」

「安いのにはそれなりの理由があります。同様に高いのにもそれなりの理由があるんです」


 言われてみると、そうかもしれない。

 安物をいくら積んでも、高くて良いモノには敵わない。それは当然の理屈だ。


「……納得しました」

「そうですか? なら良かった。それで?」

「え?」

「何やって死にかけたんですか? 昨日持ってないこん棒とナイフ提げてるところから見るに、ゴブリンですか」

「はい、まあ。囮に釣られて待ち伏せされました」

「なるほどねえ……」


 職員はカウンターに肘をつくと、溜息をつく。


「殺し合いやってんですから。油断するとそうなるんですよ」

「実感しました。昨日上手くいったものだから……ゴブリンを舐めてました」

「いやー……上手くいったとは言い難い惨状だったと思いますけど……まあ、いいです」


 咳払いすると、職員は陳列商品を指さす。


「その経験を踏まえて、何か防具でも買っておきます?」

「……流石に予算が。今日泊まる金もないです。稼がないと」

「うーわ、泥沼。今から死ぬ人の台詞上位に入りそう」

「……追剥ぎに剥がれてる暇はないんです」

「かもしれませんけどねー……」


 職員は溜息をつくと、キコリの手の丸盾を指さす。


「それ、どうでした?」

「あ、これのおかげで生き残りました。そうだ……それのお礼も言わなきゃ。ありがとうございます」


 キコリの言葉に職員は再度溜息をつき……「お名前なんでしたっけ?」と聞いてくる。


「キコリです」

「ふざけた名前ですねえ……はあー……私はアリアです」

「あ、はい」

「外で待っててください。もうすぐ、勤務時間終わるんで」

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