魔石、だっけ

 平原を越え、森へとキコリは入っていく。

 視界の悪い、道など整備されてはいない森の中。

 周囲を注意深く観察し、何もいない事を確かめながら進んでいく。

 油断すれば死ぬ。その思考は、キコリの中からニベ草の事を完全に消し飛ばす。

 ゆっくりと、ゆっくりと歩いて。

 左側……木々の向こうに、ついにゴブリンの姿を発見する。


「ゴブリン……」


 緑色の肌、尖った耳。明らかに人ではないその姿。

 手に持っているのは……こん棒だろうか?

 向こうはこちらを向いていない。ならば、チャンスだ。

 そう考え、キコリは斧を構え一歩ずつ、一歩ずつゴブリンから目を離さないようにして歩く。

 近づいて、近づいて……しかし、もう少しという距離まで近づいた時、ゴブリンが突如振り返る。


「ギイイイイイイイイ!」

(気付かれた!? だが、この距離なら!)


 斧を振りかぶり、キコリは走る。

 気付かれた以上、もう遠慮する必要は何1つない。

 全力で斧を振って……しかし、ゴブリンの振り上げたこん棒にはじき返される、


「ぐっ……!?」


 ビリビリと震える手。たかが木製のこん棒に鉄の斧がはじき返された。

 しかしそれはある意味で当然ではある。

 薪を切っているのとは違うのだ。薪ですら失敗すれば一撃で叩き割れないというのに、それが敵の振るうこん棒であれば尚更だ。


「ギイイイイイイイイイ!」

「がふっ」


 ならばもう一撃とキコリが斧を振るその前に、キコリの腹にこん棒の「突き」が叩き込まれる。

 鎧など着けていないキコリには、そのダメージはダイレクトに伝わって。

 よろけそうなキコリに、ゴブリンの更なる一撃が叩き込まれる。

 滅多打ち。そうとしか言いようがないゴブリンの攻撃の連打に、キコリの意識が飛びそうになる。

 痛い、強い。油断など一切していなかったのに、こんなに強い。

 そして……自分は、弱い。

 それをどうしようもなく自覚して……キコリは、思わず笑った。


「……ハハッ」

「ギイ!?」


 苦し紛れの如く振られた斧の一閃が、防御を完全に忘れていたゴブリンを浅く薙ぐ。

 しかし、それはゴブリンに攻撃の手を止めさせるには十分で。

 キコリはボロボロの身体をなんとか気合で立たせながら、斧をしっかりと握り直す。


「こんな所で死んでたまるかよ。俺は……俺は……」

「ギイイイイイ……」

「お前を殺すんだ!」

「ギイイイイ!」


 先程のゴブリンのように振り上げた斧が、ゴブリンの振り下ろしたこん棒を弾く。

 弾いて……僅かではあるが後方へと弾き飛ばす。


「ギ!?」

「あああああああああああああああああああああああ!」


 叫ぶ。薪を割るかのように、ゴブリンの頭に斧を全力で振り下ろす。

 ガヅン、と。固い何かを叩き割る音がして、ゴブリンは絶命する。

 力なく倒れるゴブリンの死骸を見下ろしながら……キコリは再び「ハハッ」と笑う。


「魔石、だっけ。どうやって取り出すんだよ、斧でさあ……」


 それでもやるしかない。

 初勝利の味は……口の中に滲む、血の味だった。

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