そういえば貴方のお名前って

「では早速ですが、これをどうぞ」


 受付嬢に渡された紙を受け取り、キコリはじっと見る。

 何かの草らしき絵と、恐らくは説明であろう文章が書かれている。


「えっと……ごめんなさい、文字が読めないんです」

「あら。では説明しますね」


 言うと、受付嬢は全く同じ紙を取り出す。

 そう、全く同じだ。


「ふふふ、ビックリしました? 全部じゃないですけど、木版を使うことである程度の簡略化と内容の維持を両立してるんです」


 印刷だ、と言いかけてキコリは言葉を飲み込む。

 そんな事を言ってはいけない。だからこそ、キコリは言葉を選ぶ。


「お、驚きました。そんな事が出来るんですね」

「そうですよー。で、内容なんですが、薬草の採集です」


 簡易的な傷薬の材料になるニベ草。それの採集依頼なのだと受付嬢は説明してくれる。


「ポーションを使うまでもない切り傷とか、あとは手荒れとかにも効果があって、職業問わず常に需要がある薬草なんですよ」

「へえ……」

「報酬は1株につき100イエン。10株集めれば冒険者ギルドと提携してる中で一番安い宿に泊まれますよ!」


 一番安い宿というからには、本当に寝れるだけの宿だろうな、とキコリは思う。

 食事別とか、雑魚寝とか、まあ……そういう類だろう。


「分かりました。それと、あの……もっと稼ごうと思ったら、どうすればいいですか?」

「それは勿論、もっと単価の良いモノの採集とか、あとは討伐ですね。特に討伐は冒険者の存在意義とも言えますし」

「討伐……」

「ゴブリンくらいだと魔石しか使い道はありませんけど、ある程度以上のモンスターだと素材がお金になったりしますから」


 そこまで言って「あ、そうだ」と思い出したように受付嬢は手を叩く。


「魔石っていうのはですね、モンスターの中に生成される魔力結晶です。色んなものに使えるので、何処に行ってもお金代わりになる素敵なものでもあります」


 心臓近くにありますよ、と言う受付嬢にキコリは頷く。

 魔石。それを手に入れることが出来たなら、もっと生活に余裕が出来るだろう。


「とはいえ、ゴブリンを狙って殺される新人は山のようにいます。あんまり無茶したらダメですからね!」

「はい、分かりました」


 とはいえ、やらざるを得ないだろうなとキコリは思う。

 今日やらなくても明日、明日やらなくても明後日。

 必ず通らなければならない道だ。

 モンスターを殺さなければ、この道で生きていく事は出来ない。


「色々とありがとうございます」

「いーえ、行ってらっしゃいませ!」


 頭を下げて、そこでふとキコリは気付く。


「あの、そういえば貴方のお名前って」

「ふふっ」


 そんなキコリの質問に、受付嬢は笑う。


「生きて帰ってきたら、教えてあげます」


 それは彼女なりの激励なのか。

 それとも、死ぬ奴に教える名前はないということなのか。

 今のキコリには、判断はつかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る