それだけが教えてやれる全てだ
「え、そんな事まで分かるんですか」
「ふっふーん。どんなに磨いても生き物を切った刃物は分かりますからね。意外にこの席に座るには多様な資格が求められるんですよ?」
笑いながら受付嬢は斧をずいと押し出し、カウンターを叩く。
「では、キコリさん。木札を受け取ります」
「あ、はい」
キコリが促され木札を渡すと、受付嬢は素早く回収してチェーンで繋がった青銅のペンダントのようなものを差し出してくる。
「これは?」
「信頼度を現わす身分証みたいなものですね。それは通称青銅級冒険者の証。ピッカピカの新人さんに渡すものです」
身分証によって値引きの額とか違うんですよー、と説明する受付嬢にキコリは納得する。
この防衛都市の性質上、冒険者は幾らいても足りない。
だからこそ、こういう「身分証」によって優遇し、更に内部で昇進システムを作り差別化することによって、勤労意欲を煽るのだろう。
「よく出来てますね」
「ふふっ、分かります? なんか大人びてますね、貴方」
「えっ。そ、そうですか?」
「ええ。どんな人でもそれを見ると大抵は興奮するのに、なんか冷めてて。大人みたい」
間違えた。また前世が邪魔をした。
キコリは血の気が引くような感覚を覚えていた。
どう反応したらいいか。必死で考えて「わ、わーい」と声をあげるが、隣にいたガンツが頭に乱暴に手を置いてくる。
「変な気の遣い方するんじゃねえよ。現実的なのは俺ぁ才能だと思うがね」
「ごめんなさい。なんか触れちゃいけないとこに触れちゃったみたいですね」
ガンツと受付嬢に慰められ、キコリは顔を赤くしてしまう。
もっと上手く生きられたら。そう願い続けているが、現実はこんなにもうまく行かない。
そんな事を考えている間にも、受付嬢はカウンターの下から拡声器のようなものを取り出してキコリの後方へ向けて叫ぶ。
「とにかく、キコリさん! 貴方は新しい冒険者として認定されました! はい、皆さん拍手!」
「よっ、いらっしゃいこの世の果てへ!」
「いきなり死ぬんじゃねーぞ!」
エールか何かも分からないものと、無数の拍手。
とりあえず歓迎はされているらしい、とキコリは頭を下げ……すると拍手の音が強くなっていく。
「ま、これでお前も冒険者だ。この先は生きるか死ぬかしかねえ。しっかり生きな」
「はい。ありがとうございますガンツさん」
「……」
ガンツはキコリを見下ろすと、再びその頭をガシガシと撫でる。
「俺ぁ一からお前に色々教えてやる気はねえ。何教えたって死ぬ奴は死ぬ。お綺麗な剣を振り方をする坊ちゃんが半日たたずに死ぬ場所だ」
「……はい」
「躊躇するな。それだけが教えてやれる全てだ」
そう言うと、ガンツはキコリに手をヒラヒラと振って去っていく。
そうして、キコリの冒険者としての人生は始まったのだった。
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