第8話 初めての二人きりのランチ

 アドリアンが父親のメラール公爵と共にアンベール侯爵邸を訪問して、正式な婚約が交わされた週明けの月曜日。


 フローレンスは平然としているように見えて、内心は全く平常ではなかった。


(アドリアン様の素顔を見て気絶するなんて恥ずかし過ぎますわ……! しかも気づいたら自室のベッドだったなんて! アドリアン様に変な女だと思われていたらどうしましょう!)


 いつものように教室のドアをガラッと開け、自分の席へ向かおうとしたところでアドリアンに後ろから声をかけられる。


 フローレンスがアドリアンに婚約を申し入れして、アドリアンがそれを受け入れたことは周知の事実だったので、二人の会話に注目が集まる。



「フローレンス嬢、おはようございます」


「おはようございます、メラール様」


「あの時は急に倒れたから心配していたのですが、大丈夫ですか?」


「気づいたら夜中で驚きましたが、とりあえずは大丈夫ですわ」


「なら良いのですが……あまり無理はなさらないで下さいね。ところで、今日のお昼休みは先約はありますか?」


「いいえ、まだ誰ともお約束はしておりませんわ」


「では今日のお昼はご一緒してもよろしいですか?」


「わかりましたわ。では、またお昼に」


 二人はそう言って別れ、各々自分の席へ着席した。


 フローレンスの方は周りの生徒に囲まれて質問責めにされかけたが、すぐ教師が授業をする為に教室に入室してきたので、難を逃れた。



 いつものように特に何か特別なことはないままあっと言う間に午前中の授業が全て終わり、お昼休みの時間になった。


「フローレンス嬢、さぁ行きましょう。お昼ご飯は弁当を持ってきていますか? それともカフェテリアで何か注文して食べる予定で、何も持ってきていないですか?」


「今日はお弁当を持参しておりますので、カフェテリアの予定ではありませんわ」


「私も弁当を持ってきているから、外で食べましょう」



 二人は教室を出て、外へ向かう。


 天気が良い時は校庭のベンチや、正面玄関の噴水の近くのベンチ、庭園のベンチ、中庭のベンチなどで、持参した弁当を食べる生徒は少なくない。


 どこのベンチも樹木や花壇などが必ず目に入るような場所にあり、景観が良いという点でも人気がある。



 庭園は校舎からは他のベンチがある場所に比べて結構遠い為、利用者は少ない。


 そんな理由で二人は庭園に行くことにいた。



「メラール様と二人でランチは初めてですわね」


「そうですね。昼休みの時間に生徒会室でランチを摂りながら話し合いをしたことはありますが、あの時は生徒会メンバー全員いましたしね」


「メラール様には婚約者がいらっしゃることは知っておりましたので、私と二人でランチをしたことがなくて当然ですわよね」


「生徒会の仕事絡みでは二人で行動することは多かったですが、あれは職務でしたから」


「メラール様がどう思っていたかは存じませんが、私とメラール様が二人で一セットみたいな見られ方をされていたこと。私は内心嬉しかったですわ。それはそうと、メラール様。朝は言えませんでしたが、お顔を見るなり気絶してしまい、失礼致しました。あまりの美しさに驚いてしまって……」


「私も急にいつもの格好ではない格好で訪問してしまいましたので、驚かせましたね。家族以外で美しいなんて私に言ったのはフローレンス嬢だけですよ」


「私だけ? メラール様はいつからそのお姿で過ごされているのですか?」


「昔、ユージェニー王女殿下の婚約者を決める茶会で王城に行って以降ですから、かれこれもう11年前くらいからですかね。あの時王女殿下をはじめ、茶会に来ていた令息二人にも”色違いの目が気持ち悪い”と言われたことがトラウマになってしまいまして」


「では、ユージェニー王女殿下はあのお顔をご存知ないも同然ということですか?」


「殿下に気持ち悪いと言われた以降は殿下には素の顔は見せていませんよ。大きくなってからの感性と子供の頃の感性は違いますから、今見せたらもしかしたら綺麗だと言い出すかもしれないし、子供の頃と同じく気持ち悪いと言われるかもしれない。それはわかりません」


「メラール様。これからも出来る限りそのままでいて下さいませ。私、ライバルが増えるのは嫌ですわ」


「今のところ特にこの格好で不便なことや嫌な思いはしていないからこのままで過ごしますよ。フローレンス嬢だけ知っていたらいいのです」


「私は嬉しいですが、私の願いを聞くことでメラール様が嫌な思いをするのは不本意ですので、その時は我慢しないで下さいませ」



 こうして二人は初めて一緒にお昼休みを一緒に過ごした。

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