第2話 婚約者がいない事情
ダンスパーティーが終了して、アンベール侯爵邸に帰宅したフローレンスは、自分の父であるセドリックの執務室へ向かう。
そしてドアをノックをして入室許可が出たので、入室する。
「お父様、失礼します」
「フローレンスがわざわざここまで来るなんてどうしたんだ?」
「実は今日のダンスパーティーでアドリアン様に婚約を申し入れて、彼は受け入れて下さいました。彼は我が家に挨拶と婚約の書類の記入の為に我が家を訪問すると仰っていましたので、近日中に彼の訪問があると思いますわ。なので、その時はお父様もお母様もお願いしますわね」
「わかった。しかし、フローレンスが言う”アドリアン様”はメラール公爵家の長男で合ってるよな? 彼は確かユージェニー王女殿下の婚約者ではないのか?」
「それが今日のダンスパーティーで、王女殿下が公衆の面前でアドリアン様に婚約破棄を突き付けたのです。そして彼はその婚約破棄を承諾しておりました。なので、他の令嬢が名乗り出る前にさっさと申し入れたのです。ちなみに王女殿下はアドリアン様と婚約破棄して、クレメント・グラミリアンという男爵令息と新たに婚約破棄するようですわよ」
「メラール公爵家の長男から男爵令息に乗り換え、か……。メラール公爵家を敵に回すなんて馬鹿なことをしたもんだな。しかも公衆の面前だからなかったことには出来なかろう」
「婚約破棄の理由はアドリアン様の見た目が自分の婚約者には相応しくないというような理由でしたわ。私はアドリアン様の見た目は気にならないのですが、王女殿下はそうではなかったようですわね。あの人は見た目ではなく、内面が良いのに」
「まぁ何はともあれ、フローレンスの婚約がやっと決まりそうで良かった。フローレンスには少々申し訳ない思いをさせてしまったから。レティには私から言っておく」
レティとはセドリックの妻で、フローレンスの母である。
セドリックはレティと愛称で呼んでいるが、正式な名前はレティシアだ。
「お願いしますわ。では、私はこれで」
フローレンスは父の執務室から退室して、自室でゆっくりお茶でもすることにした。
メイドに紅茶と茶菓子の用意を頼み、待つ。
それから少し時間が経ち、メイドが紅茶と茶菓子を届けてくれたので受け取る。
ポットからカップに紅茶を淹れ、紅茶を飲みながら今日のことを少し振り返る。
フローレンスは長年アンベール侯爵家の一人娘だった。
だったというのは文字通り過去の出来事で今はそうではない。
セドリックとレティシアの間にはフローレンスが生まれて以降、子供が生まれなかった。
だから次代の侯爵家はもうフローレンスが婿を取り、侯爵家当主になることになった。
そうと決まれば、婚約者も伯爵家の二男に声をかけ無事決まる。
だが、四年前、アンベール侯爵家には男の子が生まれた。
後継ぎは基本男子相続で、男子がいない場合のみ女子相続が認められる。
故にフローレンスが次期当主という話はなくなり、婚約者との婚約も話し合いで穏便に解消となった。
婚約者がいなくなったフローレンスは嫁入りでの婚約相手を探し始めるが、縁談は条件の良い人ほど先に決まってしまうので、今、婚約出来る人は条件だけで見ると本人の素行に問題があったり、家の財政状況が悪かったり、親族に問題のある者がいたり……と訳ありな者がほとんどだった。
外国の貴族も視野に入れつつ探したが、結局決まらないままだった。
そこにきて昨日の婚約破棄だ。
まさか王女殿下が何の瑕疵もないメラール公爵家の長男を手放してくれるだなんて。
フローレンスにはまさに降って湧いた幸運だった。
しかもフローレンスは密かにアドリアンに好意を寄せていた。
生徒会仲間として過ごす内に彼が好きになっていったのだ。
しかし、いくら好きになったと言っても相手は王女殿下の婚約者。
王女殿下から彼を略奪したらどうなるのかなんてわかり切っていたし、王家から睨まれれ侯爵家を窮地に陥れる訳にもいかないから、心の内だけに留めていた。
巷で流行っている恋愛小説の登場人物とは違って、フローレンスはちゃんと現実をみていた。
でも、王女殿下が自分から手放したのだから遠慮したり諦めたりする必要性はどこにもない。
好きな人と婚約するチャンスをみすみす逃したりはしたくない。
だからこそ、彼が受け入れるかどうかは賭けだったが、公衆の面前でも勇気を振り絞って婚約を申し入れたのだ。
フローレンスのどこがお眼鏡にかなったのかわからないが、受け入れてもらえてホッとした。
フローレンスはアドリアンとの正式な婚約が結ばれるのを心待ちにしていた。
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