第11話 ウソ泣き
「さあ、この子を止めてちょうだいな」
おばあちゃんは、難解かつ難題な要求をさらりと口にした。――まるで、ちょっと消しゴム貸してくらいの感じで。
「とっ、止めるって⁈ 意味分かんないし! あっ、ゴメンなさい。言ってることは解るよ。状況もよーく分かってる。えーっと、なんて言えばいいのかな」
今まで使ってこなかった脳細胞のシプナスをフル稼働させるが、適切な語彙がアウトプットされてこない。切迫した状況がさらに焦燥感を増幅させる。
おばあちゃんは、小首をかしげて言葉の続きを待っている。――って、アンタそんな余裕ねーだろ!
しまった! 頭の片隅が意図せず突っ込みを入れてしまい、残された僅かな時間を浪費してしまった。もう、そんな余裕すらないなのに。
もどかしさと苛立ちから、地団駄を踏みたくなる。
「つ、つまり、あたしは何をすればいいの⁈」
「――こうするのよ!」
突然、背後から声がした。
と同時に、
突然の事態に状況を理解できず
こんな状況でもスカートを押さえているあたりに、辛うじて女子高生としての片鱗がうかがえた。
つまみ上げられたまま、
「
「えっ⁈ なに? どういうこと?」
「取り
「あっ、そっか! うん、分かった!」
あの時、夕子はどうやっていただろう。思い出せ。――そうだ、確か夕子は男性の背中にハグをしていた。
「えーい! もうヤケだ!」
半ば捨て鉢になりながら、ギュッと目をつぶって
目を閉じているはずなのに外の景色が見えてきた。頭に映像が入ってくる感じだ。――いつもの見慣れたホームが見える。ただ、いつもと状況が決定的に異なるのは、覆いつくさんばかりに巨大な電車の真正面が、すぐそこまで迫ってきていることだ。
そうか。これは、
つんざくような電車のブレーキ音が駅の構内に響き渡った。ホームにいた人々が一斉に耳を抑える。
急停止した電車から車掌が慌てて窓を開け、こちらを振り向き首にぶら下げていた警笛を鳴らした。ホームにいた駅員たちが駆け寄ってくる。
電車内では、突然の急ブレーキに乗客たちが激しくよろめいた。あちこちで悲鳴が聞こえる。電車が止まると、乗客たちは何事かとあたりを見渡す。――乗客の一人、つり革につかまっているおばさんが絶句して目を丸くしている。彼女の視線の先、というより電車の窓ガラス一枚隔てたすぐそこに、
――どうやら間に合った。とっさのことで、なにをどうしたかはっきりと覚えていないが、
覚えているのは、ずっと鼻先をかすめ続ける電車の側面が猛烈に怖かったことだ。
ふと気が付くと、おばあちゃんが笑顔でこちらにグッドジョブのサインを送っている。
「――へへっ、ちょろいもんだぜ」
楽勝と言わんばかりに、
「おつかれさまでした」
おばあちゃんもグータッチに付き合ってくれた。
グータッチを交わし互いの瞳が交わった瞬間、ふいに全身から力が抜けてしまい、
どうやら、腰が抜けてしまったようだ。
いつの間にか涙が頬を伝っている。――いや、どんどん流れてくる。
「怖かったのよねぇ、怖かったわよねぇ。――ごめんなさいね。こんなにも怖い思いをさせてしまって」
おばあちゃんは、両膝をついて
「うっ・・・・・・うぐっ・・・・・・ふえーん! うん。怖かった! 怖かったよー!」
背中から伝わってくるその手の優しさを感じ取った瞬間、ずっと張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れてしまった。――幼児のように泣きじゃくる。
伝えたいことがたくさんある。すべて分かってほしい。――頭の中で様々な言葉や色んな感情が入り混じって濁流のように押し寄せる。しかし、涙が止まらず、なにも言葉にすることができない。
それでも、おばあちゃんは
おばあちゃんは、
心ゆくまで泣くことができたので、そろそろ泣き止んで顔を上げようと思ったが、やっぱりやめた。――急におばあちゃんに甘えていられるこの
ウソ泣きは疲れるので、おばあちゃんの胸に顔を埋め、肩を震わせ泣いているふりをする。
埋めたその顔の口角が上がっていることを悟られないよう祈りながら・・・・・・。
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