第5話 あたしの来世を教えて!

 朝の通勤でごった返す駅のホームに一枚の画用紙が広げられている。


 その画用紙を向かい合わせに、二人の女性がしゃがんで画用紙を眺めている。


 一人は、白のスカーフタイフレア袖ブラウスに空色のプリーツスカートのオフィスカジュアルな装いの女性で、清楚な顔立ちは深窓の令嬢を彷彿させる。


 もう一人は、ベージュのブレザーにルーズソックスを履いた小麦色の肌の女子高生で、しゃがんでいても、そわそわと身体を動かす様から、じっとしているのが苦手なタイプらしい。


 せわしなく動く人混みは、その画用紙の存在に気づかず平然と踏み歩いてゆくが、二人の女性はそれを気に留める様子もない。

 また、駅のホームにしゃがみこんでいる二人を注意する駅員もいない。


 というより、彼女たちの姿は誰にもえてない。そして、誰からも触れられることはない。——だって彼女たちは、この駅の地縛霊なのだから。


 その画用紙の中心には、『あいうえお・・・』と書き連ねた五十音表と、五十音表の下部には1から0までの数字が書き並べられている。

 そして、五十音表の上部中央には、赤い鳥居が描かれており、その鳥居の左右に挟むようにして『はい』と『いいえ』の文字が記されている。


「これ書いた人誰なんだろうね? 小学生の字みたい。ひょっとして、書いたのあなた?」

 オフィスカジュアルな装いの女性が、画用紙に指を乗せたまま悪戯っぽく笑った。


「あたしじゃねーよ、これは昔からあったの! ガチムカTK(訳:マジむかつく)。これでも、あたしは硬筆検定1級なんだよ、幼稚園の時だけど・・・・・・。」

 小麦色の肌の女子高生、秋山 穂香ほのかは向かい側のOL、朝比奈 夕子ゆうこの煽るような発言に怒りを覚えたが、画用紙に書かれた字が本当に穂香ほのかと同レベルであり、言い返す声がすぼんでしまう。


 指は、夕子と同じく画用紙の上に乗せたままだ。そして、二人の指先は一枚の五円玉の上に添えられている。


 どうやら、この二人の地縛霊はコックリさんに興じているようだ。


 コックリ(狐狗狸)さんとは、昭和の時代に学生達の間で流行した狐の霊を呼び出して行われる占い方法だ。

 占いの参加者は紙の上に置かれた硬貨に指を添え、コックリさんに訊ねたいことを訊ねると、自然と指に添えられた硬貨が動き出し、コックリさんから応えが得られるという超常現象である。

 無論、硬貨に指を添えている誰かが、意図的に硬貨を動かしているとの説が、世論の圧倒的多数を占めていることは言うまでもない。


「コックリさん、コックリさん。――私は、あのブルードゥシャネルの男性にまた会えますか?」

 初めて恋をしました。といった表情で、夕子はコックリさんに訊ねる。


 先日、一方的に一目惚れしてしまった男性への未練をまだ断ち切れていないようだ。

 すると、二人が人差し指で押さえている五円玉は、ゆっくりと『はい』の方へ動き始めた。


「おおっー!」

 穂香ほのかは感嘆の声を上げ、瞳を輝かせる。――どうして、五円玉は独りでに動くのだろう。――何故、あたしたちは、この五円玉だけは触れることができるのだろう。説明のつかない不可思議な現象を目の当たりにして、自然と胸が高まる。


「じゃ・・・・・・じゃあ! 次、あ、あたしね。コックリさん、コックリさん。――あたしの来世は、可愛い女の子ですか?」


 ニコニコしながら『はい』を期待して五円玉に指を乗せていると、『いいえ』の方に引っ張ろうとしている夕子の指の圧力を感じた。すかさず、人差し指の第一関節が反りかえるくらい五円玉を強く押し付けて動きを制止する。


(っ!・・・・・・にゃろ! ・・・・・・。そーだよ、こいつは、そーいうやつなんだよ!)何食わぬ顔で、画用紙に目を落している夕子に、穂香ほのかは強い憤りを感じた。


「・・・・・・ったく! このやろっ・・・・・・!」

 うめき声が漏れる。


 夕子が五円玉への圧力をさらに強めてきた。よっぽど『いいえ』に運ばせたいらしい。――相変わらずのすまし顔だが、彼女の透き通るように白い手の甲からは青白い血管が隆起し、五円玉を押し付ける指先がプルプルと震えている。


(こいつ・・・・・・悪魔だ)二人しかいない状況下で、私は何も知りません。みたいな表情で、堂々としらを通しきる夕子のメンタルに、穂香ほのかは憤りを超えて戦慄を覚える。


◇   ◇   ◇


「ぶはぁー。コックリさんって、こんなに体力を消耗するの? ホントにこれ文科系の遊び?」

 穂香ほのかは目の前にいる限りなく黒に近い容疑者のおかげで、酷使を強要された人差し指とその腕を振り回しコリをほぐす。


穂香ほのかが、身分不相応なお願いをするからじゃない」

 人差し指に残った五円玉の跡をさすりながら、しれっとしている。

 それから、急にプッと吹き出し笑い始めた。


「それにしても穂香ほのか。あなたの言う来世の可愛い女の子の姿、ちょっとイタクない?」

 笑い過ぎて、うっすらと浮かび上がった涙を拭う。


「何がだよ⁈」

 夢をバカにされたような気がして口調が荒くなる。


「だってさー。あなた、来世は真面目で読書好きで、黒ぶち眼鏡と青いリボンが似合う女の子になりたいんでしょ。今時、そんな子いる?」

 夕子の整った眉が寄せられる。


「リボン可愛いじゃん! そりゃあ、最近見ない気がするけどさ。けど、流行って繰り返されるもんなんだよ。うん! 絶対そーだよ!」 

 理屈抜きにリボンへのこだわりが強いため、根拠もなく言い切った。


「流行は繰り返すねぇ・・・・・・。」

 小麦色の肌に、膝上までまくり上げたスカートとルーズソックス。

 リボンはさておき、どんなに時代が流れようと、今の彼女の装いがトレンドとして再来することはないだろう。

 眼前で、流行の再来を力強く訴える彼女の姿を見ていると胸がシクシクと痛む。


 人として、言ってはならない言葉がある。――それが今、夕子の魂の奥深くに刻み込まれた。

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