もしもの男

 男には特別な能力があった。それは、確率の低いくじに必ず当たるというものだ。男はこの能力に気が付いてから、次々と宝くじを買い億万長者になった。だがこの能力には条件がある。それは、くじを引くときに「もしも当たったら」と考えることだ。

 反対に、当たる確率の方が高いくじには絶対に当たらない。「それなら当たりそうだ」と無意識に考えてしまうからだ。例えば商店街のくじ引きでは、5等の洗剤くらいなら当たりそうだなどと考えてしまい、結局大ハズレして参加賞の駄菓子しか貰えなくなってしまう。


 男は今日、新造された大型客船のオープニングクルーズに乗船する。この船のウリは豪華絢爛であることだけではない。安全性が高く、もしものことがあっても絶対に沈まないというのがキャッチコピーだった。もちろんこの貴重なチケットも、とてつもない倍率の抽選で当たったものだ。

 船が出発してから2日後、海は嵐でひどく荒れていた。少し前にはなにかが割れるような大きな音もした。不安を感じだした乗客が、大丈夫かとクルーに何度も問い詰めていた。それを見て男も動揺した。

「もしも、船が沈んだら」

男の脳裏に不安が過ぎる。そのとき、船内に放送が流れた。

「船長から乗客の皆様にお伝えします。万に一つの事態が生じました。本船は嵐により船体に亀裂が生じ、浸水しております。間もなく沈没するでしょう」

船内がざわめく。船長は放送を続ける。

「これより救命ボートでの脱出を開始します。しかし、ボートも嵐で流されてしまい一部しか残っておらず、全員をご案内することができません」


「そこで、心苦しいのですが、皆様にはくじを引いていただきます。乗船できる確率は三分の一です」 

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