みじかいはなし

雨春

とんぼ

 早朝、空港に向かうバスの中、隣の席の彼女は眠っていた。窓の外では鱗雲の空に蜻蛉が飛んでいる。運転手が到着をアナウンスすると、彼女はふと目を覚ました。僕らは他の乗客が降りるのを待ち、最後にバスを降りた。預けていたキャリーケースを受け取っている間、彼女は少し離れたところで待っていた。


「お待たせ、行こうか」


 チェックインを済まし荷物を預けた僕らは、搭乗までの時間を空港のカフェで待つことにした。カフェからは飛び立つ飛行機が見えた。ぽつりぽつりと間隔をあけ、飛び立っていく。僕はぼうっとそれを眺めていた。


 突然、目の前に指が突き出され、くるくると回りだした。僕は訳も分からず、半時計周りのそれを見つめた。しばらくそうしていると、その指は突然僕の鼻をそっと摘んだ。


「捕まえた」


 くすくすと笑いながら彼女は言った。

 僕は呆気に取られながら、その笑顔に見惚れていた。

「ほら、いつまでぼうっとしてるの。もう時間でしょう」


彼女は摘んだ手を離し、柔らかな声で言った。


「いってらっしゃい」

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