6-3 死なずの鳥
神術の普及で、『眷族』は恐ろしいものではなくなった。いまこのように、ドラゴン相手にも一方的に戦えるようになった。しかし、人類はそれで、傲慢になりやしないだろうか?
もしかしたらこのドラゴンは、このエポリカ火山の番人だったのかもしれない。「死なずの鳥」をとらえようとする愚かな人間を、追い返そうとしていたのかもしれない。そんなことを文学的に考えて変に感傷に浸っていると、防御の神術をほどいて、サザンカ先輩がドラゴンの調査を始めた。
「神々の時代からの命を、このように奪われるとは思わんかったじゃろうな」
サザンカ先輩は慈しむようにドラゴンの角を撫でる。
「いままで誰もエポリカ火山に登ろうとしなかっただろうからね」と、クオーツ先輩。
「エポリカ火山、住んでるのも無言族とケットシーだから、口伝で伝えられることもなかったのよね。だれにも知られないまま、ここに住んでたんだわ、このドラゴンは」
シルベーヌ先輩がそうしみじみと言い、きょうはこのドラゴンの洞穴でストップしよう、ということになった。空気の比較的きれいな奥のほうに向かい、テントを立てる。
「怪我はしておらんか?」
「背中が痛いっす」服をめくってみると、俺は身体じゅうあざだらけになっていた。
回復の神術をかけてもらい、すっかり元気になったところで、俺たちは寝て休むことにした。
次の朝は地震で目覚めた。朝四時。日の出よりすこし早い。俺たちはドラゴンの亡きがらに別れを告げ、日の出の時間に登山を開始した。
火口まで残すところあとわずか。そのわずかの道がとにかく険しい。
「これで死なずの鳥がいなかったら登り損だわ」と、シルベーヌ先輩がぼやく。とにかくがけをそろりそろりと進む。
エポリカ火山の火口はほぼ山頂にある。てっぺんから、なにが見えるのか、俺はとてもワクワクしていた。俺としては、死なずの鳥なんてもうどうでもよかった。ここまでの冒険が、もうじゅうぶん楽しかったからだ。
死ぬかと思ったことは数え切れないし、なんでこんな危ない目に、とずっと思っていた。しかしながら、この冒険はとても楽しかった。珍しいものを食べ、珍しい暮らしを体験し、俺の頭の中の地図は大きく広がった。
そんなことを考えて、(これ、走馬灯が見えるってやつでは)と思ってしまう。恐ろしいことだ。
ざっ、と、灰交じりの砂利を踏み、俺たちはエポリカ火山の山頂に立った。
ついに、中央学府探検部の冒険は、終着地点にたどり着いたのだ。
火口より、山の反対側すぐに繋がる大瀑布が目に入った。
これが世界の果てだ。ここから先に世界はない。流れ落ちる水はどこにいくのか、知っている人間はどこにもいない。世界の果てを見るなんて、中央学府に入学が決まったときにはぜんぜん想像もしなかったことだった。
もし俺が、ほかの学生のような将来の目標を持っていたら、見られなかったものだ。
俺は、探検部に入ってよかったと、青く光る海の最果てを見て思った。
「――これは世界が広がっておる、という仮説が正しかろうの」
「なんですそれ」俺がサザンカ先輩に訊ねると、サザンカ先輩は、
「パルアトで金が採れるじゃろ、ナイアトやニルアトでも鉱山資源は豊富じゃ。それはこのエポリカ火山が世界の果てに向かって動いておるからじゃ。かつてはパルアトの上にあったんじゃな。そこから次第にずれるにしたがって、鉱脈ができた」
「鉱脈ですか」
「そうじゃ。しかしながら、これより先にエポリカ火山の移動できる海はなかろ。エポリカ火山は、このまま世界の果てに落っこちるのでなく、世界を広げるんじゃあなかろーか、と、儂は考えておる」
「でもサザンカ、この世界が生まれてたった四百年しか経ってねーべ。それなのに、大地の移動っていうか、そういうことで世界が大きく成長してるってありえるん?」
「儂ら人族が生まれてくる以前から、この世界は存在しておったのではないか?」
「……ふむ。人族が生まれてくる以前からこの世界はあった――ありえる」
なにやら難しい話が始まってしまった。しかし俺も中央学府の学生である、難しい話と思わず聞いてみようと考える。
「そもそも人族が自分たちの記録で四百年前にこの世界が生まれた、という認識を持っておったわけじゃろ。それ以前からこの世界はあったはずじゃ」
「――人族を作る前に、『不完全なる創造者』は箱庭の世界から作った、ってことね」
シルベーヌ先輩が頷く。
確かに、この世界の果てを見てしまうと、世界を作ったという「不完全なる創造者」に思いがいく。「不完全なる創造者」は、なにかお手本の世界を見て、この世界を作ったのかもしれない。そのお手本の世界も、次第に広がるものだったのかもしれない。
子供のような神様が、気まぐれに粘土をこねるように世界をこねて作り、世界は生まれたのかもしれない。子供のような神様に、ときおり世界のお手本を見せる大人の神様がいたりして。
……やっぱり俺、文学部に入るべきだったか。
エポリカ火山の山頂から、世界の果てを見て、俺たちは自分たちの歩いた距離を知った。
それは、まさに大冒険と言えた。その結論が、いま出ようとしている。
「――じゃあ、死なずの鳥を、拝みますか」と、俺は言った。
みんなで、火口のほうを振り返る。
火口には深く灰が積もっていて、炎が上がっている感じではなかった。むしろ静かなほど。大地が息をするその火口を覗き込み、死なずの鳥が飛んでこないかと目を凝らす。
「ここの火山の溶岩は、固くもなければやわらかくもないのね」と、シルベーヌ先輩が言う。ああ、高等学校で習ったっけ。火山の溶岩が柔らかいと低くて裾野の広い山ができて、固いと断崖絶壁の山ができる。断崖絶壁でも大きな島でもないこのエポリカ火山は、溶岩がほどほどの固さなのだろう。
ふいに、灰がもこ、と動いた。中でなにかが光っている。――死なずの鳥か。クオーツ先輩が弓を構えて、死なずの鳥を狙う。いや、矢が刺さっても相手は「死なずの鳥」だ、死なないだろうし捕まえることも難しかろう。
こぉ――と光があふれて、灰の中から光が羽ばたき出た。
それは最初はただの光の弾だった。空中で、大きく翼を広げると、天の高いところに、それは登っていった。
俺は、その神々しさに圧倒された。正直な話、ただ火山性ガスに引火しただけじゃないかとか、火山灰の摩擦で発生した雷を見間違えただけじゃないかとか、そんなふうに考えていたのだが、しかしながらそれは間違いなく鳥だった。燃え盛る翼を広げて、天へと登っていく、雄々しくて美しい鳥だった。
旧時代の文献に、死なずの鳥――火の鳥は人間のみならず、すべての命を自由に操り、転生させ、世界のすべてを流転させていたという記述がある。まさに、俺たちはその生き物を見たのだ。いや、ただの生き物でなく、宇宙のかなたから飛来した神を。
「……すごいものを見た」サザンカ先輩がつぶやく。
「これだけで寿命伸びるまであるっしょ」と、弓を力なく握ったクオーツ先輩。
「すごかったわね」と、シルベーヌ先輩。
「……どうする? 下山するか?」
サザンカ先輩がそう言うと、クオーツ先輩が「それでも構わない」と答え、シルベーヌ先輩も、「それでいいわ」と答えた。俺も頷いた。
下山の道は、登りよりつらいのではなかろうか、と俺は思った。前につんのめってしまうからだ。慎重に山道を下り、きのうのドラゴンの洞穴で夜を過ごすことにした。
ドラゴンは鱗がすべて落ちて骨だけになっていた。記念にうろこを一枚持ち帰ることにして、そこにテントを張った。疲れていたのでぐっすり眠ることができた。
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