6-2 ドラゴン
登っていくと、なにやら突然平らな地面に出くわした。
ケットシーはそこでなにやら探し物をして、なにかキラキラ光るものを拾いあげると、ご機嫌で山を下っていった。なんだろう。見てみるとなにか火山性の物質の結晶のようだ。
「なんスかねこれ」
「ぱっと見ではわからんのう。儂らは地質のプロではないでな。薬品、ないし宝石として価値があるかもわからんから、とっておこう」
サザンカ先輩がそのキラキラ光る結晶を拾う。薬にでも使うんだろうか。このエポリカ火山に住む無言族とケットシーに、宝石は必要ないのではなかろうか、と俺は考える。
火口までもう一息だ。きょうは平らなところにテントを張り、休むことにした。
「もうちょっとで頂上っすね」
「そうね、こういう達成感のある登山はいいのよ。てっぺんにいってもなんもなく、また引き返して帰るだけ、みたいな登山はなにが楽しいのか分からないわ」
「シルベーヌ、知的好奇心だけで登ってるじゃん」
「同じ言葉をそっくりそのまま返すわ、クオーツ」
「おお! テントの底が温かい! これは丸くなって寝てしまうぞい!」
わちゃわちゃしつつ、それぞれ睡眠をとった。翌朝、テントは灰をかぶり、重みでややひしゃげていた。危ない危ない。撤収して上を目指す。
山肌のがけの上の、細くて不安定な道を行く。そこには強い風が吹きつけていて、灰は積もっていない。人の手で結ばれてはいないが、草は生えている。
「おお! 見よ! 青いケシが咲いておる!」
サザンカ先輩が指さした先には、青いケシが可憐な花をつけていた。サザンカ先輩はそれを根っこごと引っこ抜くと、そのままクー語の辞書に挟んだ。押し花にするつもりらしい。
次第に、空気がキリキリと焼けついたような匂いになってきた。火口が近いのだ。がけにはりつきながら、火口を目指して、俺たちはそろりそろりと進んだ。風で、灰が巻き上げられて飛んでいる様子は、雪でも見ているようだった。
雪と違うのは、火山灰は溶けない、ということだ。
足元が悪い、滑落しかねない。山の風景はどんどん荒涼としてくる。
きのうキジトラ模様のケットシーが拾っていたキラキラの結晶がたくさん落ちていた。やはり火山活動で生まれる物質のようだ。
きれいだなーと思いながら進むと、洞穴の前に出た。入って一休みしないか、とサザンカ先輩が提案する。
ここまでずっとつけてきたアテルナの仮面を外す。空気が思ったより毒っぽい。あまり長時間吸ってはいけないタイプの空気だ。それでも一同ため息をついて、水筒から水を飲んでいると、洞穴の奥でなにかが動くのが感じられた。無言族かケットシーが避難しているんだろうか。
ぎしぎし……ぎしぎし……と、金属質のものがすれる音が聞こえる。
「――まさか」シルベーヌ先輩が青ざめる。
「どしたんシルベーヌ」クオーツ先輩ののどかな質問に、シルベーヌ先輩は慌てた口調で、
「ここ、ドラゴンの巣だわ!」と叫んで答えた。
「なんで気付かんかったんじゃ! お主は索敵要員であろ!」
「あんながけっぷちすれすれ歩いてて、索敵なんかしてる余裕あるわけないじゃない!」
シルベーヌ先輩がそう怒鳴ったとき、洞穴の奥からすさまじい吠え声が聞こえた。現れたのは、巨大な翼をもった、ドラゴンの先祖――始祖竜だった。この世界と変わらない命を生きているであろう巨躯の持ち主は、うおおんと唸ると、俺らに向かって突進してきた。
「洞穴から出すな! 外に出たら手が付けられなくなる!」サザンカ先輩が冷静に言う。バフ神術で体が膨れ上がり、俺は剣を構えてドラゴンの頭をぶったたいて――がきぃんと金属のぶつかる音がして、ドラゴンにはほとんどノーダメージだった。
バフがかかってこれ。
俺は一気に怖くなった。剣を顔の前で盾のように構えて、一歩後ずさる。
「ビビんな! ゼレミヤ、あんたが頼りなんだかんね!」
クオーツ先輩が火炎神術を放つ。炎がすごい勢いでドラゴンに殺到する。ドラゴンは「ぐおおおおお」と唸ると、火炎を吐き出した。クオーツ先輩の火炎神術より強烈なやつだ。サザンカ先輩がすかさず反射神術を放ち、火炎は押し戻されたが、それでもドラゴンにはノーダメージ。
「シルベーヌ! 弱点はわかるか!」
「ちょっと待ってよ! ――いわゆる逆鱗ってやつしかないわね。目も金属だから矢は刺さらない」
「逆鱗……」
噂には聞いたことがある。どんなドラゴンでも顎に一枚向きの違う鱗があり、それを剣で一突きすれば、どんなドラゴンでも致命傷になると。
「よおし! こっちだ!」
クオーツ先輩が弓に矢をつがえ、洞窟の天井を狙って光の神術をまとわせ射かける。ドラゴンはそれを頭で追い、顎の下に隙ができた。そこに飛び込み、俺は剣を全力でドラゴンの喉に打ち込んだ。
「ぎょおおおおおおおおおお」
仕留めたか。
そう思った瞬間、ドラゴンはびたんびたんと体を這わせて、俺を振り払った。振り払われて、思いきり背中を洞窟の中にぶつけた。間違いなく逆鱗を撃ちぬいたはずだ。しかしドラゴンはまだ暴れて――俺は剣を取られてしまった。
「うおおおー大ピンチじゃああ!」
サザンカ先輩がドラゴンの足止めをするために時空神術を放つ。ドラゴンだけ動きが少し鈍る。その隙に剣を回収し、もう一度逆鱗を狙って突き刺す。
「ごおおおおおおおお! ごおおおお!」
ドラゴンは炎を吐いて暴れ回っている。その炎を、サザンカ先輩が神術でせき止める。ドラゴンは弱ってすらいない。逆鱗を撃ちぬいたはずなのに!
「どういうことだシルベーヌ!」サザンカ先輩が怒鳴る。
「わたしの責任じゃないわよ! このドラゴン、あまりに長い時間を生きてきたから、そのぶんの体力があって、逆鱗を刺されただけのダメージじゃ倒しきれないのよ!」
「じゃあどうしろと!」俺が叫ぶ。シルベーヌ先輩は、
「鱗をはがして内蔵を狙って剣を刺すとか――そういう手しかないわ!」
と答えた。
なるほど、それは確かにダメージになりそうだ。俺は剣を構えて、ドラゴンの背中によじ登った。内臓の多そうなところを狙って、鱗と鱗の隙間に剣を差し込み、てこの原理でべこりと鱗をはぐ。そこから剣を思いきり突き刺す!
「ごおおおおお!」
ドラゴンの叫び。クオーツ先輩が弓を引く。目玉を狙っているのだ。金属とはいえ繊細な器官であろう目玉を狙うのは理にかなっていると思う。かっ、とドラゴンの左目に矢の一撃が浴びせられた。目玉が凹み、ドラゴンはのたうち回った。
「尻尾の鱗が薄いわ!」と、シルベーヌ先輩。俺は背中から飛び降り転がって、尻尾を思いきり断ち切った。真っ赤な血が迸り出る。それだけでも相当なダメージであろう。
「もうじゅうぶんダメージは浴びせた……力尽きるのを待つしかないと思う」
シルベーヌ先輩がそう言ったとおり、ドラゴンはよたよたと洞穴を出ようとする。全員洞穴を出て、サザンカ先輩が洞穴の入り口に封印の神術をかけた。ドラゴンの体当たりで、封印の神術にはびし、びし、とヒビが入るが、ドラゴンは少しすると動かなくなり、がくりと力尽きた。
「かっこよかったよ、ゼレミヤ!」
クオーツ先輩が俺の背中をばんと叩く。
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