5-5 文明の性質

 ――なんだ。なにか非常事態だろうか。


「シルベーヌ、分かるか?」


 サザンカ先輩がシルベーヌ先輩に訊ねる。シルベーヌ先輩は角に意識を集中した。


「証しの灯し手が五人ほど。石火矢で武装してる。明らかに普通じゃない」


 そう言ってシルベーヌ先輩はこの間買った石火矢に弾丸と火薬を込めた。クオーツ先輩が弓をとり、サザンカ先輩が杖を握りしめる。


 俺も剣をとった。


 外から悲鳴が聞こえた。誰かが大きな声で「トーキブー!」と叫ぶ。


「死なない程度に叩きのめすぞい。それでいいな?」


「もちろん。やってやる、この村のひとたちはあたしらにすごくよくしてくれた」


「世界の最果てに残った文化ですもの、守らないと」


 サザンカ先輩が夜目の神術を放った。暗いところでもモノが見える。みなで家の外に出ると、証しの灯し手たちはスキットルから酒を飲みつつ、民家に爆弾を仕掛けていた。


 氷というのはとても重たい。崩れて中の人が下敷きになったらただじゃすまないだろう。その爆弾を思いきり蹴飛ばすと、爆弾は空中で花火のように爆ぜた。


「なんだァ?」


 証しの灯し手は石火矢を俺に向けた。石火矢の銃身を握って奪い取る。証しの灯し手はびっくりした顔だ。俺は石火矢を、近くを流れている川に投げ込んだ。


「ってめ」


 そう言うと、証しの灯し手はダガーナイフを俺に振るってきた。かわして、剣の峰で思いきり背中をぶったたくと、証しの灯し手はあっけなく気絶した。根性がない。


 どうやら我々が本気であることを理解したらしく、証しの灯し手たちは家々に隠れながら石火矢を放ってくる。しかし夜目の神術が不完全らしく、はっきりとは見えていないようで、精確な狙撃とは言えない。


 サザンカ先輩がバフ神術を放ち、俺の腕がぶわっと筋肉で膨らむ。クオーツ先輩の矢が素晴らしい威力で隠れていた証しの灯し手の肩にぶっ刺さった。


 あと三人。


「へへへ――俺らぁこの村の開発を進めろって神都からよこされたもんでな。俺らに逆らうのはお国に逆らうことになるぞ、中央学府の学生さんらよ」


 下卑た声で偉そうなことを言っているのが聞こえた。


「しかしながら。中央学府は政府が間違ったことをしている場合、政府をいさめる立場にある。これが国策として間違っていると判断し、うぬらを駆逐するのも、中央学府の仕事じゃ」


 サザンカ先輩がはっきりと言い、怒りの表情で石火矢に弾を込めている証しの灯し手の後ろに縮地で移動して、思いきり後頭部を杖のてっぺんについている重たい石でぶん殴った。証しの灯し手は気を失って倒れた。あと二人。


 シルベーヌ先輩が石火矢を構えた。意外と様になっている。ぱぁん、と一撃放つと、隠れていた男の手のひらを射抜いた。悲鳴が上がる。


「く、くるなっ」


 男のうち一人が、村の娘を羽交い締めにして、頭に石火矢を押し付けていた。


 石火矢で大瓜を割る様子を昔見たことがあるが、人間の頭なんて石火矢で撃たれたら、それこそ大瓜のように木っ端みじんにはじけ飛ぶだろう。


「ち、近づいたら、この娘を撃つぞっ」


 どうすべきか。うかつに近づいて村人に犠牲者を出したら、俺たちこそ侵略者として扱われかねない。悩んでいるとその男の背後に、アテルナの顔を模した仮面をつけた村の男が、鉄の槍をもって近寄るのが見えた。


 ごっ。


 男の頭を、村人が鉄の槍でぶん殴った。刺さなくてちょっと安心した。男は目を回して倒れ込み、娘は自由の身になった。


 というわけで捕らえられた男たちを縄につないだ。ナイアトに前からいた証しの灯し手ではなかった。それは装備品の薄っぺらさからよく分かる。


 まったくもってせこい手だった。でも、彼らの「神都の文明を広める」という行為は、文明というもののもつ性質だ、とサザンカ先輩は語った。


「文明は他の文明を侵略していく性質がある。神都の文明は強大で、だからほかの文明を食いつぶしていく。エトク平原でも神都の文明が当たり前じゃったし、イェルクイの密林の人々も神都の文明に憧れておった。どんなものか知りもせずに」


 サザンカ先輩はため息をつく。ただの食欲魔人だと思っていたが、理路整然と語る様子はいかにも中央学府創立メンバーといった印象を受ける。


「で、こいつらどうします?」と、俺。つながれた証しの灯し手たちはみんな黙っている。


「うーむ。またナイアトまで歩いていってこいつらを引き渡すのも面倒じゃのう」


「どのみち帰りにまた寄ってここからナイアトまで歩くわけだし、村の人にあずかってもらったら?」と、シルベーヌ先輩がそう言い、それで決定、と相成った。


 翌朝、この証しの灯し手たちを入れておく牢屋の建設が始まった。川から氷を切り出してきて、どかどかと積む。積み上げた氷は絶妙なバランスでドーム状になり、男たちはそこに閉じ込められることになった。


「よーし。帰りにこいつらを連れてナイアトに送っていく――およ?」


 サザンカ先輩の手に、小鳥が止まった。足首には手紙がくくられている。それを開くと、

「新参の連中がニルアトの制圧に向かった。止めても聞かなかったので仕方なく行かせたが、来たら止めてほしい」と、ナイアトの証しの灯し手たちからの連絡だった。


 サザンカ先輩が、無事やっつけた、と返事を書いて小鳥を飛ばした。


 そうこうしている間に、ニルアトの村人は家々からアテルナの毛皮や鉄の槍など、この村で宝物とされているものを続々と俺たちに渡そうと集まってきた。


「わ、わあ、こんなにたくさん、受け取れん」


「長老。俺たちは当たり前のことをしただけで、宝物を受け取るようなことはなにもしていません」


 俺が村長にそう言うと、村長は聞き取りづらい言葉で村人になにか呼びかけた。


 村人たちは、宝物を手に、家に戻っていく。


「いまなんと?」とシルベーヌ先輩が訊ねると、

「この客人は旅人で、荷物をたくさん持てないと言った」と返ってきた。まさにその通りである。なんせこれから、火を噴くエポリカ火山に登るのだから。


 村人たちは次々といろいろなかさばらないものを持ってきた。アテルナの干し肉だとか、ウルムフの枝を仕込んだ仮面だとか。ウルムフの枝を仕込んだ仮面は、エポリカ火山に登る時瘴気を吸い込みにくくする道具らしい。


「村の勇士、エポリカから生きて帰ったもの、みな仮面つけていた。持っていけ」


 長老がそう言ってくれるので、全員そのアテルナの顔の仮面を持っていくことになった。この仮面は、戦いのときにも用いられるものらしく、証しの灯し手と戦った晩に最後の一人を倒した村の若者がつけていたものと同じだ。


「私は、証しの灯し手に言葉教わった。仲間はみな逆らって、殺された。生き残って長老をしている。学があるのは自分たちを助ける」


 長老は、村人たちの前でそう俺たちに言った。村人にはよく分からない言葉だろうと思われるが、その言葉には覚悟があった。


「中央学府、学問の山頂。エポリカに登るのと同じくらいの勇士でなければできない」


 褒められてむずがゆくなってしまった。長老はモフモフの体からモフモフの腕を伸ばして、俺たちに握手を求めた。それは間違いなく神都の文化のそれだ。


「神都の文化、我々は受け入れられない。でも、神都であなたがたが学ぶことは、世界を変える。どうか、ウケーの加護があるよう」


「ありがとうございます」


 俺たちは長老に頭を下げた。ニルアトからエポリカ火山までは、船で川を下って、さらに沖をしばらく進まねばならない。長老が、村の若者に船を用意させた。ありがたく乗り込む。


 村の人々が川べりを走りながら、「イグリ!」「イグリ!」と叫んでくる。


「別れの挨拶じゃないかしら」と、シルベーヌ先輩が言うので、俺も「イグリ!」と言って手を振る。みんなそれにこたえて「イグリ!」と叫ぶ。


「……別れの挨拶っていってもいろいろあるべ。さよならバイバイの挨拶とか、どうぞ安らかにの挨拶とか」クオーツ先輩が縁起でもないことを言いだした。俺は、

「イグリ、って言ってそれに返すんだから、どうぞ安らかに、ではないんじゃないすか」


 と頭をかきながら答える。サザンカ先輩をちらっと見ると、すでに船酔いで朝食べたウルムフとアテルナを海の底に流し込んでいた。


 俺たちは、世界の果てに向かう。目の前に、驚くほど巨大な、エポリカ火山の山体が迫ってくる。エポリカ火山は炎と煙を上げ、その威容を誇っていた。


「いよいよだなあ」俺は呑気に、そうつぶやいた。

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