5-4 始まりの人ウケー

 長老の家に泊めてもらい、俺たちは長老からいろいろな話を聞くことにした。エポリカ火山の「死なずの鳥」だとか、ここいらの神話だとか。


 最初の質問の、「死なずの鳥」について、長老はすこし口ごもったあと、

「死なずの鳥、見に行くのはおろか」

 と言ってばっさり切り捨てた。なぜ、とシルベーヌ先輩が訊ねると、

「エポリカ、死の山。瘴気わく、火噴き出す、無言族とケットシー襲ってくる。村の勇士何人も死んだ」と答えた。


「村の勇士、なぜエポリカ火山にいった」シルベーヌ先輩が訊ねる。


「死なずの鳥、捕まえて、病気の年寄りに血を飲ますため」


 やはり死なずの鳥の血には不老不死の効果があるのか。そう思っていると、

「不老不死、愚か。人は死ぬ。死ぬから生きている。ウケーも死んだ」

 ウケー? 一同顔を見合わせる。


「ああ、ウケー。すごく大きな人。始まりの人。ウケーが死んで、ウケーの心から金がとれる」


 おっと、思いがけないところから神話の話になった。巨人の神話だ。


 どうやら世界――長老をはじめとして、ニルアトの人々にとっての世界は、アトルル地方の外側は含まれていない――は、巨人が死んだあとにできたもののようだ。その、ウケーと呼ばれる巨人の血管が川になり、筋や骨は鉱脈になり、そして心臓こそ、金鉱であるらしい。


「ニルアト、ウケーのはらわた。はらわたから鉄とれる、村の勇士、鉄の槍もってエポリカに登った。鉄の槍でも、瘴気や火には勝てない」


 まあそりゃそうだ。どんなに武装したって瘴気や火には勝てない。


「ムーキ、どうして神都のことば話せる?」


「トーキ、ああ、客人捕まえて、なんでも喋らせた」


 トーキというのは長老が言いなおしたとおり、客人、という意味だろう。どうやらこの長老は相当な変人のようだ。とにかく、もうすっかり暗いので、休もうということになった。アテルナの毛皮に包まり横になる。スベスベしているようで意外と暖かい。


 次の日起きると、長老はもてなしの料理を作っていた。なにやら木の枝とアテルナの肉と、ウルムフをグツグツ煮込んでいる。


「その木は?」と、俺が訊ねると、

「ウルムフの枝。匂いがある」という答えだった。


 探検部がみんな起きて、もてなしの朝食を食べる。アテルナの肉は寒いところで熟成したもののようで、充実した味わいがあり、ウルムフの枝からはほんのりとさわやかな香りがある。粒のまま投入されたウルムフが口のなかではじける食感も不思議で、なんともおいしい。


「トーキ、ヌーでもてなす。みんなよろこぶ」


 ヌーというのはこの料理の名前だろうか。まあ、どこの村に行ってもすごいご馳走が出てくるのでそれにちょっと慣れてしまったわけだが、最果ての地ニルアトのご馳走はとてもシンプルな煮物だった。飾りけがなくて、素朴で、なんとも好ましく思える。


「ウルムフ、採りにいく。ついてくるか」


「ぜひ!」と、食欲全開のサザンカ先輩。


 というわけで、その日はウルムフの採取に同行した。畑があるわけではなく、荒れ地に生えている背の低い木を揺さぶって、落ちてくるウルムフを拾うスタイルだ。


 一粒、生のウルムフを口に放り込む。べたっとした脂の味だ。火を通さないとおいしくないらしい。


「ムーキ・トーキブー・ヌー?」


 村の若い娘が、首をかしげて手を上げて、心配そうな顔で長老にそう声をかけた。若い娘、と判断したのは、髪をきれいにすいて編み込みをしたり、頬に赤土で化粧をしたりしているからだ。


「トーキブー・ギ。トーキ」と、長老は返事をした。若い娘は恥ずかしい顔――恥ずかしい顔も世界共通というのは不思議な感じだ――をして、「ムグム」と答えた。


 トーキ、というのが客人、であるなら、それにブーをつければ「招かれざる客」とか、いっそ「侵略者」とかそういう意味だろうか。長老が俺たちをもてなしたことを、あの若い娘は心配したのかもしれない。そして、長老は俺たちが侵略者でないと説明してくれたのだろう。


 俺たちはその娘に向かってぱっと手を上げた。これがニルアト流の挨拶のようだからだ。娘はにこりと微笑むと、同じ挨拶を返してくれた。


 ウルムフをカゴにひとつ集めて、俺たちは長老の案内で村を見て回ることにした。寒々とした土地にある村だが、大きな露天掘りの鉱山があって、そこからは鉄が採れているようだ。田舎、というか辺境の村だが、ちゃんと溶鉱炉が置かれていて、そこで鉄を精錬している。見た感じでは、神都文化圏の溶鉱炉と何ら変わらない。


「証しの灯し手、溶鉱炉の作り方教えた。われわれ、溶鉱炉を作った」


 溶鉱炉から真っ赤に溶けた鉄が流れてくる。


「溶鉱炉、ずっと証しの灯し手にとられた。いま、追い出して自分たちのために、使っている」


 真っ赤に溶けた鉄を、男たちは鋳型に流し込んでいく。


 この技術自体は、証しの灯し手が持ち込んだもので、その当時ニルアトの村人たちは証しの灯し手たちに労働力として使われていたらしい。それで、外からやってくる人々を警戒し、攻撃してくるのだ。


「鉄は強い。鉄の槍はアテルナの頭砕く。証しの灯し手の頭砕く」


 この村の人たちは、鉄を手に入れて、傲慢な支配者から逃れたのだ。ということは、長老が「客人に喋らせた」というのは、俺たちみたいにただここを訪れる人に喋らせた、というより、むしろ証しの灯し手の言葉から覚えた、ということなのかもしれない。


 それを訊ねようと口を開こうとして、シルベーヌ先輩に止められた。誰でも訊かれたくないことの一つ二つある、という顔をしていた。


 もし証しの灯し手から言葉を教わったことを最初から言いたいなら、最初からそう言っただろう。しかしながら長老は「客人に喋らせた」と言った。言いたくなかったのだ。


「アトとルル、ここが最後。ほかの土地、みな証しの灯し手にとられた。アトとルル、守らなくては」


 ここが、アトルル地方最後の先住民の土地なのだ、ということだろうか。


 その言葉には重い決意が込められていた。


 その日も長老の家でもてなされた。村から若い娘が何人かやってきて、料理を給仕してくれた。しかしこの村にはそもそも「酒」という文化はないらしい。それについてシルベーヌ先輩に小声で訊ねると、

「新大陸、東方の新しい土地――にも、お酒の文化はもともとなくて、そこに神大陸の人間がお酒を持ち込んだ結果、先住民がみんなアルコール依存になってしまったって聞いたことがある。むやみに中央の文化をあちこちに持ち込むべきじゃないわ」

 と、肩をすくめた。


 なるほど、ここはアトルル地方最後の先住民の土地だ。酒の文化がもともとないなら持ち込んではいけない。それを考えないのが証しの灯し手で、考えるのが我々中央学府探検部なのであろう。


 ていねいにもてなされて、みんなニコニコの顔になってから、娘たちは帰っていった。じゃあそろそろ寝るか、と寝支度を始めたとき、外から石火矢の音がした。

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