4-6 大乱闘

 娼館を出て坂道を登り、豪商の館に向かう。シルベーヌ先輩が探知したその豪商の館は、立ち並ぶ豪商の館の中でもとびきり大きくて、ものすごくごつい番犬が何匹か飼われていて、門番がふたり、当たり前みたいに立っていた。


「ここに赤虎党の頭目が来てるんじゃない?」と、シルベーヌ先輩が門番に訊ねた。門番は表情をぴりりと緊張させ、しばらく小声で喋ってから、「――どうする気で」と訊ねてきた。


「捕まえて警察……自治冒険者組合に突き出すの」


 シルベーヌ先輩は包み隠さずずばりとそう言う。門番二人は表情を変えて、

「赤虎党を、やっつけてくれるんですか」と、泣きだしそうな顔をした。どうやらこの館の主人は赤虎党とズブズブの商売をしているらしく、門番たちも激務の生活をしているらしい。というか、このパルアトの街に暮らすたいがいの人が、赤虎党を憎んでいるようだ。


 というわけであっさり通してもらえた。中にもヤクザが何人か警備するように立っていたが、サザンカ先輩の神術であっさり縛ることができた。これで二十八人。


 奥に進むと分厚い絨毯のひかれた、豪華なシャンデリアのある部屋に出た。そこでは、肥った豪商と、いかにも反社勢力を匂わせる豪華な装束で顔に傷のある男が、グイウから採れるオキアミを発酵させた珍味を肴に、酒を酌み交わしていた。


「――なんだ? 誰だこいつらは」


 先に反社勢力が俺たちに気付いた。俺たちの目的を一瞬で見抜くと、石火矢を構えた。火薬の力で鉛玉を打ち出す兵器。構えている間に距離を詰め、肩から腰にかけて思いきり峰打ちを喰らわせる。


「ウグッ」反社勢力が声を上げて転んだ。サザンカ先輩が神術で縛ろうとするが、商人のほうが神術を打ち消す神術を打ち出してくる。こりゃあまずい。


 クオーツ先輩が弓を引いた。矢は商人のかぶっている見るからに分かりやすいカツラを射抜いて壁に縫い留めた。商人は腰を抜かしてへたり込んだ。


「自治冒険者組合が働かないから悪いことしたっていいと思ってる人間は、結局悪いことをした結果それに引きずり込まれて自滅するんすよ」


 俺はそう言い、反社勢力の頭目の衿を掴んで持ち上げた。気絶している。親分なので、体を動かすことを怠っているのだ。石火矢を取り上げる。


 サザンカ先輩が神術で反社勢力の頭目と商人を縛り上げた。商人のほうはもう戦意を喪失している。そいつらを担ぐ。すごく重たい。そのまま館を出て、自治冒険者組合の詰め所に連れていくことにした。シルベーヌ先輩が角で反社勢力の頭目に触れて、


「残りは……アジトみたいなところにいるわね。自治冒険者組合に突き出したらそっちにも行ってみましょう」と呟いた。


 自治冒険者組合の詰め所では、剣を腰に下げた男と、ビキニアーマーの女戦士が、笑いながら酒を飲んでいた。せっかく酒場組合が休肝日をしているのに、こいつらは肝臓を休める気がないらしい。


「赤虎党の頭目、捕まえたんで連れてきました」


「は?」と、ビキニアーマーの女戦士。赤虎党の頭目を突き出すと、目をぱちぱちして、


「いや、確かにヤクザで街中困ってたけど……あんたら、食わせ処リーラの新人バイトだろ。なんでそんなのが赤虎党の親分を捕まえてくるのさ」とあきれ顔だ。


「儂らは中央学府探検部じゃ。路銀が尽きて、働かせてくれた食わせ処リーラの人たちが赤虎党に困らされておっての、まあ一宿一飯の恩義というやつじゃな」


 一宿一飯どころじゃなくお世話になってるのだが、まあともかく赤虎党の頭目を捕まえたのは、自治冒険者組合としてもありがたいところだったらしい。


 残りの反社勢力をやっつけるべく詰め所を出る。詰め所から歩いて十分かからないところにあるオフィスに見せかけた建物が、赤虎党のアジトのようだ。実際、一階には商店が入っている。階段を登り、事務所のドアをばんと開けると、反社勢力のみなさんが武器を磨いたり、ピカピカの革靴に靴墨を塗ったりしていた。


「おぬしらの頭目は捕らえた。大人しく縛につけ」


 ばん! と、石火矢が火を噴く。俺の頬をかすめて壁に突き刺さる。俺は体をひるがえして、撃ってきたやつに渾身の蹴りを喰らわせた。石火矢を取り落としたが、しかし本職の反社勢力なので簡単にはやられてくれない。


 大乱闘になった。サザンカ先輩の神術でロックをかけたり、クオーツ先輩が火炎神術をぶっ放して木造の事務所を燃やしかけたのを反社勢力がじゅうたんをバサバサして消したり――とにかく、混乱した事態になってしまった。


 騒ぎを聞きつけた冒険者が次々入ってくる。冒険者というのは「証しの灯し手」に登録されていない、財宝探しやモンスター退治を生業とする人たちである。大乱闘だ。まさに大乱闘だ。


 一時間ほど無我夢中で暴れ回って、反社勢力の大半をのした。逃げだしたのもいくらかいるようだったが、まあ、頭目を失った反社勢力にできることなんて大してないだろう。


 続々逮捕されていく反社勢力。その、中央学府探検部の手柄を取材しに、新聞記者がやってきた。俺たちはありのままに事実を語った。


 そんなことをしているうちに、夜が明けてしまった。空がまぶしい。


 食わせ処リーラに戻る。朝だというのに、近所の酒場のひとたちが集まって、酒を酌み交わしていた。


「おお! お前らも飲め飲め! 赤虎党壊滅の祝い酒だ!」


 知らない人にそう言われてフォガを勧められる。クオーツ先輩は遠慮なくフォガを受け取り、うまそうに飲んでいる。シルベーヌ先輩は少し迷ってフォガをとった。サザンカ先輩はしばらく悩んで、そばのビールをとった。もちろんそばのビールのほうがアルコール度数は低いので、どうせならたくさん飲みたい、ということなのだろう。俺はフォガを飲むことにした。


「かんぱーい!」


 みんなで乾杯する。その日、パルアトの街ではいたるところで昼から酒盛りをする人が見受けられた。へべれけになって、布団にばったりと倒れ込んで翌日、ひどい頭痛を催しながら目を覚まして、水をゴキュゴキュと飲んだ。


「ここにとどまる理由もないし、そろそろ出るかの?」と、ものすごいザル体質らしくピンピンしているサザンカ先輩。シルベーヌ先輩が二日酔いのげっそり顔で、

「それもいいんじゃない? ……頭痛が収まれば、だけど」と応じた。


「こっから次の目的地……ナイアトか。ナイアトまでってなにで行くん? 船?」

 クオーツ先輩はそう言い、また水を黒々とした喉を動かして飲む。


「船かあ……地味に嫌じゃな」サザンカ先輩が顔をしかめる。


「きみら次はナイアトにいくのかい? あの土地は本気で不毛の地だよ……そうか、エポリカ火山に行くってなればナイアトにいくしかないのか」と、ラルフさん。


 窓から外を見る。ずっと遠くに、妙に色の濃い雲が浮いて見えた。あれが、俺たちの目的地であるエポリカ火山の噴煙らしい。


 荷物をまとめ、出る支度をしていると、リーラがとことこと近寄ってきた。


「『アト』は村。『ルル』は川」不思議なことを言うと、リーラはにこりと笑った。

「アトの守りとルルの導きがありますよう」


 ――俺は、そのフレーズを聞いたとき、リーラは実は自分の正体を知っているのではないか、とうっすら思った。それを聞いていたリムさんがリーラの頭を撫でて、

「――アトルル古詩ね……」と呟いた。アトルル古詩? と訊ねると、

「アトルル地方で古くから伝えられる誌よ。本場はナイアト。赤虎党が手習い場に弾圧をかけて、アトルル古詩を消そうとしたけど、結局人間は伝えることをやめないのね」とのことだった。


 そうか、別にリーラの正体には関係ないのか。


 俺たちは食わせ処リーラのアルバイト代で装備や糧食を整え、金鉱で栄えるパルアトの街を後にした。これから先は、ひたすらに不毛の地が広がっていると思われる。川沿いにある港から、船に乗り込み、ナイアトを目指した。


 次はどんなものがあるんだろう。ワクワクが止まらなかった。

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