4-5 ニオルル川の石探し

 翌朝起きるともう陽が高くなっていた。歯を磨きブランチとして、そば粉のパンに焼いたソーセージを挟んだものを食べる。うまい。


 パルアトには酒場組合というものがあり、一週間に一回、まるまる一日、街中すべての酒場も昼の食堂も休みになる日があるらしい。きょうがちょうどそれだ。俺たちはリーラと、街を流れるニオルル川に向かった。


 ニオルル川ではひすいや琥珀が拾えるので、小さい子供のお小遣い稼ぎといえばニオルル川の石探しらしい。俺たちも路銀を稼ぐべく、河原をウロウロする。


「ここでは砂金は獲れぬのか?」


「砂金は、粒が小さくて探すのが難儀なのしか獲れないから、ひすいや琥珀を探す方が簡単」


 リーラはつぶやくように言うと、川っぺりの石ころを一個転がした。

 ニオルル川は鉱山からの毒でちょっと濁り気味で、魚の姿はない。


「鉱山の毒で濁ってるわね」

 シルベーヌ先輩は遠慮なくそう言う。リーラはうなずいて、

「石探しをしたらちゃんと井戸水で手を洗わなきゃだめ」と答えた。


「井戸水……って、井戸の水は地下水だから、鉱山の毒で汚れておるのではないか?」


 サザンカ先輩が首を傾げた。リーラもよく分からない顔だ。とにかく昼のだいぶ遅い時間まで、石ころをひっくり返して遊んだが、特に収穫はなかった。食わせ処リーラに戻り、蛇口から出てくる水で手を洗う。これが井戸水らしい。


 洗濯をしているリムさんに、井戸水がどういう仕組みなのか訊ねると、

「街のあちこちに上水の用水路があるでしょ。あれは雨水を集めてるの。雨水は用水路を流れるときれいになる仕組みになってて、用水路の水をくみ上げて井戸にしてるのよ」

 という答えだった。昔からここいらの川は汚くて、ずっと用水路を使っているらしい。その用水路の水を、みな「井戸水」と呼んでいるらしかった。


 話を聞いていると、店の裏手のほうから、がしゃん! と大きな音がした。


 行ってみると、路地裏になっている勝手口を出てすぐのところで、店で出している、そばのビールの瓶を反社勢力が割っていた。もちろん中身の入った新しいものだ。慌てて飛び出し、「なにしてるっ」と怒鳴る。反社勢力はどうやらすごい下っ端だったようで、慌てて逃げていったが、派手な服装から察するに反社勢力なのは間違いない。


「なんだあいつら……」いつの間にか食わせ処リーラにすごい親近感を抱いていた俺は、逃げていく反社勢力の後ろ姿をしばらく睨んだ。リムさんが出てきて、「ありゃりゃあ……」と困った顔をしている。


「なんであの反社勢力……、赤虎党っていうんでしたっけ。あいつらこの店にちょっかいかけてくるんですか?」


「……説明すると、ちょっと長くなるわよ?」


 というわけで、休肝日の夕方のまかない――そば粉のパンにチーズとにんじんの酢漬けを挟んだものと、手軽に作った澄ましスープ――を食べながら、赤虎党が執拗に「食わせ処リーラ」にちょっかいを出してくる理由を説明してもらうことになった。


 単純に、みかじめ料の問題なのかと思っていたが、問題はもっと根深いものだった。そもそも、ラルフさんとリムさんには子供はなかった。リーラは、山奥にひっそりと隠れ住んでいた、パルアトの先住民の子で、先住民と付き合いのあったラルフさんの祖父のつてで、ラルフさんとリムさんの娘になったそうだ。もちろんラルフさんの祖父はずいぶん前に亡くなっているが、しかしその先住民と懇意にしていたのは確かで、その縁で先住民がこの土地を離れるときにラルフさんたちにリーラを預けていったらしい。


 そして、その先住民を憎み追い出したのが、赤虎党なのだそうだ。赤虎党は、リーラをこの土地から追い出したいのだ。先住民は駆逐しなくてはならない、というのが赤虎党の考えで、そういうわけでラルフさんたちを目の仇にしているらしい。


 それらの出来事はリーラがまだ言葉も話さない赤ん坊のころのことで、リーラは自分をラルフさんとリムさんの娘だと信じている。なおいまリーラは部屋で本を読んでいる。


 リーラにはこのことは教えないつもりだ、とラルフさんは言った。


「赤虎党って、どれくらいの規模なんすか?」と、クオーツ先輩がぞんざいに訊ねた。


「親分から一番下のチンピラまで、合わせて五十人くらい……」と、リムさん。


「……そんくらいならなんとかできるかも」クオーツ先輩が無責任なことを言いだす。シルベーヌ先輩も無責任にうなずいている。サザンカ先輩もしかり、である。


「ちょ、無責任にも程があるっすよ。相手はガチの反社勢力ですよ!」

 俺が悲鳴混じりにそう言うと、サザンカ先輩は目をぱちぱちして、

「しかし儂らは旅人じゃ。この土地に長くいる人間にはできないことができる」と答えた。


 はあ……まあ巨大ウーズだの大雷魚だのサ・ギ・ヤ・ヤーヤールだの、得体のしれないものを次々やっつけて、ちょっと自信がついているのは確かな話である。それに人間が自然より手ごわいわけがないというのは確かなことだ。


「儂らは中央学府の学生であろ。それなれば、それなりのやり方で、正義を貫くことができる」


「いやまあそうですが……」


 そういうやりとりをしていると、窓が突然割れた。石を投げ込まれたのだ。壁に立てかけてある剣を取る。クオーツ先輩が弓を取る。サザンカ先輩は杖を握りしめる。シルベーヌ先輩が、石を投げてきた人間に意識を集中する。


「――見えた。反社勢力で間違いないわ!」


 みんなで店を飛び出すと、さっきビール瓶を割っていた反社勢力が逃げていくところだった。みなで追いかける。まさか追いかけてくるとは思わなかったらしく、反社勢力は派手に転んだ。そこを捕まえて腕を掴み、関節を極める。あっさり気絶した。


「シルベーヌ! こやつの来た道はわかるか?」


「ええ。ここをまっすぐ行った、大きな娼館の二階。そこには反社勢力が詰めてるわ!」


 そういうわけで、夕暮れの街を駆け抜ける。娼館はとても大きな建物で、休肝日には関係ないらしく、ド派手な化粧のトップレスの女が入り口でニコニコしていた。おもわず、そのボリューム満点の胸のあたりをまじまじと見てしまって、後ろからシルベーヌ先輩に蹴飛ばされた。


 入り口から気絶した反社勢力を放り込んでやると、あられもないいでたちの女たちがざわついた。金歯をいれた、昔はさぞかし美人だったろうな、という大年増が、

「あんたら赤虎党に逆らうのかい」

 と、そう言って煙草の煙を吐き出した。俺たちは、「世話になった人たちが、苦しんでいるので」と答えた。大年増は白髪交じりの髪をいじりながら、

「――じゃあ止めるだけ野暮ってもんだね」と、階段を指さした。


 どうやらこの娼館のベッドは、営業していない時間だけ反社勢力の寝床になっているらしい。階段を上がると、ぎちぎちの狭い部屋にベッドを置いただけの部屋がいくつもあり、戸は開け放たれていて、反社勢力のいびきがごーごー聞こえていた。


 さすがに五十人全員はいない。一人一人、サザンカ先輩の「ロック」の神術で縛り上げていく。そこにいたのはおよそ二十人。残り三十人はどこだろう。ロックの神術をかけられたことに気付いて目を覚ました何人かが、悪態をつきながら俺たちを睨んでいる。


「あなたたち割と下っ端よね。頭目はどこか調べさせてもらうわ」


 シルベーヌ先輩が、一番立派ななりをした反社勢力に角を触れた。しばらく角から情報を吸い上げると「豪商のところでお酒をご馳走になってるみたいね。行きましょう。頭目を捕まえてしまえば、こういう組織は瓦解するわ」と答えて歩き出した。

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