4-3 反社勢力とフォガ

「……サザンカ、食いしん坊が過ぎるわね」と、シルベーヌ先輩が呟く。


 とぼとぼとついていくと、ラルフさんとリムさんが料理の方針でもめていた。


 せっかく獲れたてのおいしいグイウなのだから、刺身にして油と香辛料で和えて、卵黄を落として食べるのがいちばんおいしいと言い張るラルフさんに対し、グイウは食あたりするとひどいから、初心者にはよく煮たシチューがいいとリムさんは主張する。


「みんなはどっちがいい?」と、怖い顔のリムさんに訊かれた。


「あー……それだけ分量があるなら、どっちも作ったらいいんじゃないですか?」

 俺が答えて言うと、ラルフさんとリムさんはショックを受けた顔をした。いや普通最初にそれ考えるでしょ。


 というわけできょうの夕飯はグイウの油和えとグイウのシチューで決定した。添えてあるのはそば粉のパンだ。昔からこの土地ではそば粉のパンが普通で、どれくらい普通かというとエトク平原の米やイェルクイの密林のフジャア・トルと同じくらい普通で、開拓民がイシュトマから押しかけた七十年前から、この土地にもともといた人間はそば粉のパンを食べていたそうだ。


 駆逐されてしまった原住民は、どういう人たちだったのだろう。


 無言族やケットシーなどの、そもそも言語の通じない相手が多かったらしい、という話はラルフさんから聞いていたが、そのほかにも先住民は当然いただろうし、それを開発に邪魔だという理由で追いだしたり、あるいはもっとひどいことをしたのだと思うとぞわりとする。


 しかし俺たちが中央学府、あるいは旅路で「多様性」の必要さを学んだ人間だからひどいと思うのであって、ここに開拓民としてやってきた人たちからしたら、自分たちの仕事を邪魔してくる迷惑な連中という認識になるのもやむなし、なのかもしれない。


「さーてそろそろシチューを仕込まないと」リムさんはグイウをごつい包丁で切り始めた。グイウは繊維質の肉で、切りわけるのに結構力が必要なようだ。半分はシチュー、残り半分は油和えにするらしい。その横でラルフさんは油和えのために香辛料を混ぜている。イェルクイの密林で見た香辛料とは別のもので、どろっとした液状の香辛料だ。グイウの胃からとったオキアミに、トウガラシをぶち込んで発酵させたものらしい。おいしいんだろうか。


 どろっとした香辛料に、植物の種から取った油をたっぷり加えて、薄い千切りにしたグイウに和える。最初は気味の悪かった香辛料も、次第にヨダレの出る匂いに感じてくる。


 それに卵黄を落として、塩をぱらぱらとかけて、グイウの油和えのできあがり。


 シチューのほうは具がグイウとニンジンだけなのだが、これがパルアト流らしい。煮込むうちにグイウは繊維からほぐれてホクホクになっていく。


 夕方からの酒場の営業のまえに、グイウの油和えとグイウのシチューをご馳走になる。グイウは独特な味のする肉だが、油和えのほうは香辛料とうまくマッチしていて、独特な味もスパイスのように感じる。シチューのほうはよく煮えたグイウが口の中でほぐれて、うま味が口いっぱいに広がる。実においしい。


「うまいっすね、グイウ」


 俺が笑うとリムさんとラルフさんも笑った。やっぱりご当地の料理を褒められると、地方の人間としては変に嬉しいものなのだろう。俺もエトク平原の米を褒められると嬉しいからだ。おそらく、トト・バを褒められたベリルやザナさんも同じ気持ちだったのだろう。


 先輩方の様子を見ると、シルベーヌ先輩はおっかなびっくり油和えをつついて、でも口に入れておいしそうな顔をしているし、クオーツ先輩も卵黄を崩してトロトロになった油和えを食べている。サザンカ先輩はシチューにそば粉のパンを浸して食べるのに夢中だ。


 さて、早めの夕飯を食べ終えたところで、約束のアルバイトを始めることにした。きのうあまりにおっかなびっくりで料理していたシルベーヌ先輩はホールスタッフ。意外と料理が得意なクオーツ先輩はキッチン。つまみ食いをしがちなサザンカ先輩は俺と一緒に呼び込みの仕事だ。


「うう……さむ……」


 サザンカ先輩はふさふさの耳をぱたぱたしている。パルアトは寒い。どうやら世界でいちばん暑いイェルクイの密林を抜けてしまうと、荒野になって寒い気候の土地のようだ。


「――きれいな街っすねえ」


 パルアトは栄えているのがよく分かる街だ。坂道に沿って作られた街は、上のほうには大きなお屋敷――おそらく金鉱や香料で儲けた成金の家だろう――が立ち並び、グイウの油で点されている街灯がまぶしい。いままでドのつく僻地ばかり旅していたので、こういう街に寄ることは想像しなかった。


 金鉱の労働者たちが、仕事を終えて酒を飲みに繁華街に集まり始めた。食わせ処リーラに一人でも多く入るように客引きをする。同じように客引きのアルバイトをしている人はたくさんいて、見ると神都でも見かける制服を着たチェーンの居酒屋の店員もいる。女の子がお酌してくれる酒場の、けばけばしい化粧をした女の子たちも客引きに必死だ。


 客引きのアルバイトをしていると、突然近くの酒場の客引きに睨まれた。見ているとじりじりとそいつはやってきて、俺の服の衿をがっと掴むと、

「おめーどこから来た、見ない顔だな。ここいらはうちの組長さんのシマだ。だれに断って客引きしてる」

 と言われた。わお、反社勢力。


「いえ、その、中央学府からです。アルバイトは財布をすられて仕方なく」


「中央学府だぁあ~? 頭でっかちがなんでここにいんだよ」


 学歴コンプレックスでもあるのだろうか、反社勢力はいきなり殴ってきた。さすがに本業だけあってそこそこ痛い。


「のう。儂らは中央学府で、もろもろ呪いのかけ方を研究しておってな。頭髪がいきなり寂しくなる呪いとか、股間の元気をなくす呪いとか、いろいろ……おぬしらの活動に支障が出るような呪いを、知っておるんじゃが」


「脅すだけ脅してろよ。どうせ辞書ひかないと神術一発撃てないんだろ」


「ふむ。それでは儂らも実力行使させてもらう」


 サザンカ先輩は指をぱちりと鳴らした。すると、反社勢力の頭のあたりがモヤモヤーっとかすんで、その霞が消えるころには反社勢力は完全なるハゲになっていた。


「うわぁーっなんじゃこりゃーっ」


「言うたであろ? 頭髪がいきなり寂しくなる呪いを知っておると。さっさといなくならないと、今度は股間の元気をなくす呪いをかけるぞい」


 ……呆れたことに、反社勢力は慌てて逃げていった。そんなに股間が大事か。ハゲてしまったら情婦にも逃げられるだろうと思うのだが。


 とにかく助かった。サザンカ先輩はふんすっと鼻を鳴らして、

「とにかく呼び込みをせにゃならんの」

 と、イルミネーションの神術を使い、食わせ処リーラの入り口にキラキラの飾りを作った。神都では飲み屋の前にはかならずあるやつだ。


 それが珍しいらしく、結構お客さんはぞろぞろと入ってくる。


 そういうわけで深夜二時までばっちり働いた。ヘトヘトだ。店内もてんてこ舞いだったらしく、みなくたびれた顔をしている。


「さ、景気づけにフォガでも飲もうか」と、ラルフさんが酒瓶を取り出した。そばの実から作った強烈な蒸留酒らしい。それをダイレクトに飲むのでなく、温かいそば茶にちょっと入れて飲むのがパルアト流のようだ。


「いやあ君らのおかげでずいぶんとお客が入ってくれた。外は寒いだろ、なにかいちゃもんをつけられてる声も聞こえたし」


「ああ……いわゆる反社勢力ってやつですかね、ここは組長さんのシマだからよそ者が商売するな、みたいなことを言われて」


 俺はそば茶にフォガをいれたものをすする。体がぽかぽかと温まる。フォガはそばの実から作っただけでなく、薬草を浸してあるようで、独特な苦みがある。


「まぁた赤虎党か。あいつら本当に横柄なんだよなあ」


「赤虎党?」クオーツ先輩は眠い顔でそう訊ねた。リムさんが答える。


「ここいらの酒場からみかじめ料を巻き上げてるやくざ者よ。とにかくやり方が卑怯なの。みかじめ料を払わない店には客が流れないようにしたり、わざと徒党を組んで店に押し入って好き放題して金を払わないで出ていったり」


「まあ明日はパルアトの酒場組合が決めた休肝日だ。寝坊してもらって構わないよ。もう遅いから寝るといい」


 というわけで、俺たちは寝てしまうことにした。

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