4 アトルル 『川』と『村』

4-1 パルアトの食わせ処リーラ

 二日ほど沼鳥で移動してのち、ベリルに沼鳥を返し、ジャングルの切れるところでベリルと別れた。ベリルは最後までクオーツ先輩に未練たらたらで、よほどクオーツ先輩が魅力的だったんだろうなあと察される。


 もしかしたらベリルは通訳の仕事に、クオーツ先輩みたいな知性が欲しかったのかもしれない。クオーツ先輩はノリこそギャルだが基本的に賢いひとだ。


 しばらく歩くと駅馬車の乗り場があった。駅馬車というのは線路の上を馬が歩いて車を引っ張る乗り物で、一定距離ごとに乗り場の駅がある。


 とりあえずそれに乗ってパルアトという村を目指すことにした。駅馬車には、イェルクイの密林からやってきたらしいダークエルフがちらほら乗っていて、やはりアトルル地方は急激に人口が増えて商売の流れが急になっているのだな、と思われる。


 係の人がラッパを鳴らすと、駅馬車はがたごとと動き始めた。みんなでのどかに、三等客車の床に座り込み、持ってきた食糧をぱくつく。


 客車はボックス席の一等客車、横に並ぶ席の二等客車、床に座る三等客車の三種類で、もちろんとにかくお金が足りないことに定評のある中央学府探検部は当然一番安い三等客車のお世話になっている。三等客車には車内販売はとうぜん来ないので、自分らで持ち込んだ食べ物を食べるしかない。


 しかしイェルクイの密林の湿気にやられてダメになった食べ物がけっこうある。干し芋にはカビが生えているし、コメには虫がわいている。もうちょっと、イェルクイの密林で食べものを仕入れておくべきだったかもしれない。


 案外悪くならないのが発酵食品や漬物で、チーズも無事だし、魚の塩漬けも無事だった。なので生き残った食べ物をぱくついているわけだが、しょっぱいものばっかり生き残ってしまった。フ・ト・ウートをいくらか砂糖と交換して買っていたので、魚やチーズはフ・ト・ウートに挟んで食べるわけだが、本当に野菜が恋しい。


「はあ……」思わずため息が出る。


「なーにを疲れた顔をしておる。これからまだまだ道のりは続くぞ?」


「いやまあそうですけど。しかしそれにしたって、しょっぱいものばっかり生き残っちゃって……野菜が食べたいっス」


「わたしも。栄養偏ってるわ」


「栄養ってそんな偏り方とか気にするもんなの? べーつにパンがありゃ死なないっしょ」と、クオーツ先輩が適当なことを言う。


「栄養の偏りすぎで口内炎がひどいのよ。なかなか治らなくてイライラするのよ、口内炎。クオーツは平気なの?」


「特に気にしてないけど。でも口内炎、よくよく探すとあるな……ポコッとへっこんでる」


「でしょ? 不愉快よね! 野菜が食べたいわ!」


「お前らは食いもんに不満を言いすぎじゃ。その土地の食べ物を食べるのがいちばん理に適っておるのじゃぞい」


「野菜たべたーい」


「野菜たべたーい」


「俺も野菜食いたいっス」


 文句を言いつつがたぴしと駅馬車に揺られて何日か過ごした。次第に風景が変わってきた。山は切り崩されて露天掘りされており、山の合間合間に畑が見える。


 人参の葉っぱと思われる野菜の畑が目に入った瞬間、

「ウオオーッ野菜が食えるぞーッ!」と思わずでっかい声で叫んでしまった。


 駅馬車の先頭で鐘が鳴った。


「次はパルアト。パルアト。お降りのお客様は荷物の忘れ物がないよう」


 慌てて荷物をまとめる。降りる支度をして、がたたん、と停まった駅馬車を降りた。


 ――わりとにぎやかな、いままで通ってきたところを思うと「田舎街」という風情の街に出た。


「ここがパルアトかあ」きょろきょろとあたりを見ていると、なにやらもみ手をしながら人が近寄ってきた。


「お兄さん、ゴールドラッシュのビジネスでこっちに来たの?」


「あ、いえ、中央学府の探検部で、勉強のために来ました」


 そう答えた瞬間、もみ手で近寄ってきた男は「カモじゃなかった」の顔をして逃げていった。なんなんだ。


「詐欺師じゃな。儂らが万年貧乏の探検部と知って諦めたんじゃろ」


 サザンカ先輩が鼻をすんすんしながらそう言った。


「詐欺師、ですか」


「そうじゃ。土地を売りつけようとしとるんじゃろな。宅地か掘り起こす鉱脈のある土地か知らんが、ここにきてなんのツテもない人間を狙って、石ころだらけで家を建てにくい土地とか、もう掘りつくされて何も出てこない土地とかを高値で押し付けるつもりじゃろ」


「そんなのが横行してたら完全に都会っすね、田舎の人間にはかわしにくい」


「そうじゃな。駅前にたまっとってもなんにもならんし、宿を探そう。もうすぐ夜じゃな」


「サザンカ、なんか腹減ったんだけど。野菜食べたいんだけど」


「……うむ、宿はその後でよかろうの。なにかうまい店はないかの」


 四人で街の中をうろうろしていると、「食わせ処リーラ」という店が目に入った。リーラというのは女将さんの名前だろうか。とにかく入ってみる。


 金属のベルがからんころーんと涼しい音色をたてた。食わせ処リーラは、よくある食堂兼酒場といった風情の店で、まだ若々しい女将さんと、同じくらいの年ごろの旦那さん、それからエプロンをつけてちょこまか動き回る小さな女の子が働いていた。


「いらっしゃい。四名様、カウンターでよろしいですか?」


 小さな女の子――歳は七つか八つに見える――が、ドヤ顔でそう言ってきた。


「あ、はい。カウンターで」と、俺。


 席に通される。テーブルの上にはメニュー表があり、メニューの中心は牛や豚の料理のようだ。イェルクイの密林ではずっと鶏肉か魚を食べていたので、牛や豚というのはワクワクする。


 俺はベーコンと人参の炒め物を、クオーツ先輩はソーセージとタマネギのスープを、シルベーヌ先輩は野菜サラダのハム添えを、サザンカ先輩はさんざん悩んで大盛りのトマトミートソースパスタを発注した。女将さんが手際よく料理して出してくれる。どれも比較的リーズナブルで、神都のお金を使うことができた。


「リーラ、あっちのテーブル拭いてきて」と、皿洗いを担当している旦那さん。


「はーい」

 どうやら小さな女の子がリーラさんらしい。娘の名前を店につけるとはなかなかいいセンスをしている。


 あまり繁盛している、という感じではないが、食べ物はどれもすごくおいしかった。久々の肉と野菜は、ヘトヘトの体にしみこむ感じだ。


「うまいっすね」


「へへへ、そのベーコンはうちの特製だからね。お客さんら、やっぱりゴールドラッシュで?」

 と、女将さんはニコニコで言う。


「いえ。儂らは中央学府の探検部で、エポリカ火山を目指しておりますじゃ」


「エポリカ火山かあー。ときどき煙が上がってるのが、ニルアトの山越しに見えるよ」


 おお、もう目的地が見えるところまで来ているんだ。俺たちはにわかに盛り上がった。


「でもなんでエポリカ火山に? 面白いものなんかなんにもないよ」


 旦那さんがフライパンを磨きながらそう言う。サザンカ先輩が、

「儂らは『死なずの鳥』を拝みに来たんじゃ」とそう言って笑う。


「はー……『死なずの鳥』ねえ。噂は聞いたことがあるよ、でも本当にいるのかねえ……」


 旦那さんは「死なずの鳥」否定論者のようだ。一方で女将さんは、

「あー、『死なずの鳥』ってあれだろ、命が尽きるとエポリカ火山の炎の中に飛び込んで、火から体がよみがえるっていう。いいね、ロマンチックだ」


 と、死なずの鳥は存在しているという論調。

「リーラはどう思う?」と、女将さんがリーラに訊ねる。


「いるいないにかかわらず、それがきっかけで店に来る人が増えるなら万々歳」

 とても現実的な意見である。


「ところでわたしたち、宿を探してるんですけど、どこかオススメってありますか?」


「宿……ねえ。いまの時間じゃもう連れ込み宿くらいしか空き部屋はないと思うよ。ゴールドラッシュで、採掘をする人だけでなくビジネスマンもうじゃうじゃやってくるからね」


 旦那さんが冷静に言う。連れ込み宿て。俺だけぼっと赤面する。


「ま、連れ込み宿でも二手に分かれて泊まればいいかの。おあいそー」


 サザンカ先輩が食事の代金を払おうと財布を探している。しばらくごそごそして、大きな荷物を運んでいるカバンをあけた。次に全員のカバンを改めた。


「……財布、ない……」


 サザンカ先輩は絶望の表情でそう呟いた。

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