3-6 サ・ギ・ヤ・ヤーヤール

 目を覚ます。トトウトの粉で防げる害虫には限界があるらしく、あちこちが虫に刺されている。刺されたところにトトウトの実をこすりつけると、とりあえずかゆみは収まった。


「さて……クオーツ、お前はここに残るのかえ?」


 サザンカ先輩の謎の一言。昨日の夜の、クオーツ先輩とベリルの会話を思い出す。


「それもいい手かもしれないわね。行き遅れを挽回できるわ」


「まあそこはクオーツ先輩の自由じゃないすか」


「自由もくそもないし! 完全に断る一択だし!」クオーツ先輩は顔を赤らめてそう言う。ダークエルフの褐色の肌でも、恥ずかしいと赤くなるのが面白い。


「では、やはり――この土地からパルアトを目指すほかないのか。その前に、ザナさんやベリルになにかお礼がしたいんじゃよ、わしゃあ」


 サザンカ先輩がそう言い考え込む。砂糖の袋を渡すことも考えたが、しかしそれではすぐ終わってしまう。なにかずっと役に立つお礼はないものか。


「この近辺で、『眷族』に困らされてるところってないの?」


 シルベーヌ先輩がベリルに訊ねた。ベリルは、

「ちょっと奥にいくと、サ・ギ・ヤ・ヤーヤールがいる」と答えた。


 サ・ギ・ヤ・ヤーヤール。どうやら毒虫の「眷族」のことらしい。


「そのサ・ギ・ヤ・ヤーヤール、刺されると病気になる」


「よし決まりだ。サ・ギ・ヤ・ヤーヤール退治といこうぞ」


 サザンカ先輩がそう言ってガッツポーズをした。ザナさんが心配そうになにか声をかけてきて、それをベリルが通訳する。


「サ・ギ・ヤ・ヤーヤール、村の『使い手』が挑んだけど倒せなかった」


「使い手、というのは、倉庫の時間を遅らせたりバターチャーンの時間を早めたりするものか?」


 サザンカ先輩が訊ねると、ベリルは頷いた。そうか、大雷魚に噛まれたところが治ったのは、時を巻き戻したということなのか。


 イェルクィの密林で独自に進化した神術は、時間を操作することに特化しているのだ。


「大丈夫じゃ。儂らは天の万象を操る神術をもっておる。神術は時を操るだけのものじゃないんじゃよ。安心しなされ」


 サザンカ先輩が笑顔で答えて、俺たちはベリルの案内で村のはずれにある洞穴に向かった。洞穴はしいんと静まっていて、しかし遠くからぴちょん、と水の跳ねる音が聞こえる。


 足元に、人骨がいくつか転がっていた。


「これは?」と、ベリルに訊ねる。ベリルは「ひとみごくう」と答えた。ノジェルクィの村では、サ・ギ・ヤ・ヤーヤールの疫病が流行ると、若い娘を生贄としてサ・ギ・ヤ・ヤーヤールに捧げるらしい。あんまりな風習である。病気は知識をもって対応すれば治るものだ。


 この人たちの分も戦わなくては。そう思い、剣の柄をぎゅっと握る。


 洞穴の奥に進んでいく。灯りは例によってルポカ・トルの脂をつかったものだ。どんどん薄暗くなっていく洞穴を進みながら、サザンカ先輩が『フラッシュ』と神術を放った。


 ぱっ、と、洞穴の中が明るくなる。


 明るくすると、すごく立派な鍾乳洞であることが分かった。見事な鍾乳石や石筍が並ぶその奥に、なにやら薄暗い塊がどんよりと溜まっていた。


 ――こいつだ。


 俺は剣をすっと抜いた。シルベーヌ先輩がサザンカ先輩の後ろに隠れる。クオーツ先輩が弓に矢をつがえて、その薄暗い塊を狙う。


「おおおおおおお」


 薄暗い塊はそう唸ると、ぐにゃりと大きく歪んで伸びてきた。これ、塊じゃない。虫の群れだ! 虫の群れの、虫と虫の間に、なにか特殊な空間が発生しているんだ!


 剣で斬り落とすとその切られたところからちぎれて飛び回る。ハッキリ言って神術で相手しないと無理だ。サザンカ先輩の『プロテクション』で防御しながら、クオーツ先輩が火炎の神術を放つ。虫の群れは焼き払われても「ぐおおおお」と唸りながら飛び回っている。


 一か所焼き払うんじゃだめだ。全体に一瞬で大ダメージを与えないと勝てない。


 どうしたものか――一瞬で群れを焼き払う方法なんて、あるんだろうか? 冷静に考える。俺たちは中央学府の学生だ。考えることに関しては世界最強のはずだ。


 だがなんの策も出てこない。強力なバフ神術を使ってクオーツ先輩の火炎神術を最大威力にするぐらいしか思いつかないのだ。なにかないか。なにか一瞬で、こいつらを始末する方法。


 とりあえず、素直にバフ神術でクオーツ先輩の出力を最大にしてみることにした。サザンカ先輩からエネルギーの奔流がクオーツ先輩に殺到し、クオーツ先輩はびし、と虫の群れを指さし、火炎の神術を放った。ごう――と凄まじい勢いの炎が、虫の群れを焼き尽くそうとするが、しかしなにかの力で守られているらしい虫の群れは、お構いなしでブンブブンブと飛んでいる。


 虫の群れはわやわやとと集まると、若い娘の姿を構築し、おぞましい声でなにか喋り始めた。シルベーヌ先輩が難しい顔をして、

「悪質だわ……人身御供の娘に化けて、わたしたちの同情を引こうとしてる」と呟く。


 こいつら知性があるのか! 一匹一匹の知性は低いかもしれないが、群れになればその知性をリンクさせて知性っぽいものが生まれるのかもしれない。とにかくまとめて殲滅しなければ。どうする? どうしたらいいんだ? わからない!


 このサ・ギ・ヤ・ヤーヤールが、予想外の難敵で、俺たち中央学府探検部は苦戦している。知性だけならこの世界最強のはずなのに、こんな羽虫の群れに苦戦するなんて。


 なにかないか。なにかないか。……そうだ。


 俺はベリルに、

「ありったけのトトウトの粉と、……竹。……そうだチキだ。トトウトをチキに詰めて持ってきてくれ!」と声をかけた。ベリルは慌てて洞窟を飛び出していく。


「そんなもんどうするつもりじゃい!」と、サザンカ先輩。


「爆竹の要領で、トトウトの粉を洞窟にぶちまければ、相手の動きを縛れるかと!」


「なるほど妙案じゃ! それまで持ちこたえるぞ!」


 火炎神術で分断されたサ・ギ・ヤ・ヤーヤールは、くっついたり離れたりしながら、俺たちの前をもやもやと飛んでいる。相手から即で攻撃してくる手段がない代わりに、こちらから攻めることもままならない。


 だんだん息苦しくなってきた。もしかしたら飛びながら毒をばらまいているのかもしれない。シャレにならん。剣ではなにもできないので、早くベリルが来てくれないか待つ。


 がさがさっと洞窟の入り口にあるやぶが揺れて、竹筒を抱えたベリルが現れた。


「もってきた! つかうか」


「それは奥に向けておいてくれ! クオーツ先輩、爆破神術って使えますか!」


「使える! それを爆発させればいーわけだ! ほれどっかーん!」


 クオーツ先輩が爆破神術を放った。耳がぶっ壊れそうな音がして、ベリルの持ってきた竹筒が破裂し、鼻につんとくるトトウトの匂いが洞窟に充満した。


 みんなで咳き込みながら顔を上げる。


 ほとんどのサ・ギ・ヤ・ヤーヤールが、地面でぴくぴく死にかけていた。後はこれを火炎神術で一掃するだけだ。火炎神術で洞窟のなかはとても暑かった。


 奥に進み、虫の卵にも火を放って、サ・ギ・ヤ・ヤーヤールを全滅させた。ベリルは嬉しそうな顔をしていて、みんなでハイタッチをした。


「まあこれで完全に全滅させたとは思わないほうがよかろうの。自然はいつも人間より一枚上手じゃ。かなわんよ」


「でもこれで当分人身御供を差し出す必要はなくなったんじゃね?」


「そうだといいけど。はー、スパイスで鼻と目が痛いわ」


 先輩方はそんなことを言いながら洞窟を出ていく。俺もそうする。


 疫病の正体がこんな羽虫だったなんて、たぶんノジェルクィの人たちからしたらショックだろうな。しかし羽虫だからとバカにしてはいけない。人の血を吸うのかもしれないし、人の血を吸う、という行為を理由に病気を流行らせているのかもしれない。あるいは食べ物にまざって、体内の疫病の原因を人間に食べさせているのかもしれない。


 とにかく、ノジェルクィの村にも存分に恩返しができたと思う。


 村に戻って食事をとり、村を出る支度を始める。ザナさんは俺たちが次の目的地に向かってしまうのが惜しいようだった。


「ベリルの、ユウ・ユー、ほんとうにちがう?」


 ザナさんはクオーツ先輩にそう訊ねている。クオーツ先輩はアハハーと笑って、

「あたしはそんな上等なものじゃない。ただの勉強好き」と、身振り手振りで説明している。


 ダイ爺様の家を訪れて挨拶をする。ダイ爺様も、流行り病のときに幼い娘を人身御供にしたことがあるらしい。俺らがサ・ギ・ヤ・ヤーヤールをやっつけたと聞いて、嬉しそうな顔をしていた。ベリルが通訳してくれて、もう二日ばかり沼鳥で進めば密林を抜け、そこからは駅馬車でニオルル川沿いの村、パルアトに向かえるそうだ。


 パルアトをはじめとする南方の土地、アトルル地方は、いまゴールドラッシュに沸いている。川からは砂金が採れ、山を切り崩すと金が採れる。しかも金だけでなく、さまざまな鉱物が採れるらしい。神都からもたくさんの人がアトルル地方に流れており、アトルル地方はほとんど神都と変わらない生活水準らしいという噂話も聞いた。


「クオーツ、本当にここから次の目的地に向かって大丈夫?」シルベーヌ先輩がニヤニヤする。まあ言わんとすることはわかる。ベリルとはどうなのだ、という話だろう。


「大丈夫にきまってんべー。あたしこんなジャングルの真ん中じゃ生きていけないよ」


 クオーツ先輩はそう言って笑う。ベリルにまったく興味なし、だ。


 ベリルの沼鳥で、俺たちはノジェルクィを後にした。ただの案内人のはずだったベリルだけ、変に悔しがっていた。

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