3-4 流行り病
ここもほぼ雑魚寝スタイルだが、宿屋と違って敷く布がある。やわらかい布で、家畜の毛で織られている。これはどういう家畜の毛でつくるのか、と娘の一人に訊くと、
「知らない。ノジェルクィで野菜と取り替えてきた」と答えた。
「ノジェルクィ、いなか。ここよりひどいいなか」
そう言って二人の娘ははじけるように笑った。それを聞いていたベリルが、
「俺、ノジェルクィからきた」と冷たい目線を投げかけて言う。
「ノジェルクィ。ごめんなさい」「村のこと、悪く言う、申し訳ない」と、娘たちはそう詫びた。
そういうわけでみんなで雑魚寝することになった。ルポカ・トルの脂を燃やしているろうそく替わりの灯りで、ほのかに室内は照らされている。
「流行り病あった。母さんも兄さんも死んだ」と、双子の娘の片割れがぽつりと言った。
「流行り病、村の人たくさんたくさん死んだ。ラカイト爺さんのところの婆さんも子供も」
もう片方の娘がそう言う。流行り病というのはどんな病気なのだろうか。それをシルベーヌ先輩が訊ねる。
「みんな、咳でる、熱でる、息がくるしくなる。でもツィア・ノリクィ、神都の薬で治った人たくさんいた」
「噂に聞いてカビ集めて飲ませた。でもみんな死んだ」
カビというのは抗生物質のつもり、ということだろうか。神都の、超古代文献と呼ばれる、世界が出来上がる以前の文明について記された書物に、青カビから抗生物質という薬をつくる方法が載っている。しかしだからといってカビを集めて飲ませれば病気が治るわけではない。抗生物質を作るにはもっと高度な医学や薬学の知識が必要だ。
「だから、この村、もっと開けさせたい。神都の薬、買えるようにしたい」
「物々交換でなく、おかね? 使えるようにしたい」
「――でも、ここの人間の魂を、失わないようにね」
シルベーヌ先輩がそうつぶやいた。娘二人はよく分からないようで、シルベーヌ先輩がここの言葉で二言三言話しかけると、
「古いもの、大事にする、そんなにすごいか?」
と訊ねてきた。シルベーヌ先輩は、
「古いものは、魂。なくしてはいけない、魂」と答えた。
外で、なにやら奇怪な鳥の鳴き声が聞こえた。「眷族」だろうか。
「もうレーレーラ鳴いてる。寝なきゃ」
娘の片方が、明かりの火を消した。部屋は完全に闇に包まれた。レーレーラが鳥を指す言葉だと、あとからシルベーヌ先輩に教わったが、そのときはただ、この密林のなかでなにか恐ろしげな「眷族」が鳴いているのだと思って、ぞわりとした。巨大ウーズのときのように、「眷族」はしばしば災害や疫病を引きおこす。流行り病も「眷族」のせいかもしれない。
それから三日間ほど、エスクィに滞在した。エスクィをちゃんと訪れたのが初めてだというベリルに付き合って、商売のタネになりそうなものを探したのだ。とりあえず、魚相撲の魚が神都で高値で売れるんじゃないか、というようなことを考えたものの、魚相撲の魚はひれが傷つきやすく、長距離の移動にも耐えられない、ということで諦めたようだった。逆に、神都に近いところから、若い女の子向けのアクセサリーを安く仕入れて売ればそれなりに儲かるのでは、と提案すると、ベリルは「この村、物々交換。若い女、支払う方法がない」と苦い顔だ。
ベリルは商売人らしく、物事をフラットに見ている。物々交換で手に入れた物資を、アリアクで売り払って、それで金を貯めているようだ。その金でなにをするのか。俺がそう訊ねると、
「きれいな嫁さん、もらう。派手な祝言、あげる。都会に大きな家、建てる。そしたらとしよりになったとき、楽ができる」
というとてもわかりやすいお返事をいただいた。ベリルは自分の欲望に忠実なのだな、そして欲望をかなえる手段をちゃんと知っているのだな、と思って変な尊敬の念が湧いてくる。なんせ俺は「自分が何をしたいか」というのをよく分からないまま中央学府に入学してしまったからだ。
その三日間、先輩たちは各々調べたいことを調査していたようだった。さすが中央学府、さすがエリート。あっという間に簡単なウィ語のやりとりならあっという間にできるようになったのである。俺はというと、何を調べたいとか、なにを学びたいとか、そういうこといっさいなしで、いってしまえば世をはかなんで探検部に入部したので、やることもなくぼーっと、村の小さい子供たちが湖のへりでぱちゃぱちゃと遊ぶのを眺めていた。眺めていると、急に小さな子供が俺に駆け寄ってきて、俺の服の裾をつかんで湖に引っ張り入れて、後ろからばんと突き飛ばしてきた。子供のくせに腕力がありすぎる。わんぱく極まりない。
「おいおい……あのな、人を突き飛ばしちゃだめだ」
そう言うもあまり伝わっていない。だめだこりゃ、そう思ったときにわかに雷雲が近づいてきて、水面に巨大なひれが飛び出しているのが見えた。ひれは次第に、俺たちのほうに寄ってくる。子供たちは慌てて湖から上がり、逃げだしてしまった。
――これは水生の「眷族」だ。それもかなりの大物と見える。俺は剣を抜いた。
遠くで稲妻が見えた。少し遅れて雷鳴が響く。もしかしたらこの「眷族」の仕業かもしれない。俺は「眷族」が水面から姿を現すのを待った。たいてい、こういう水生の「眷族」は、人間を襲うために水面から飛び出してくるものだ。小さいころ干潟に連れていかれて、そこで見た「眷族」がまさにそうだった。
水面から「眷族」が頭を出す。古代魚、といった風情の、硬そうなうろこに覆われたおっかない顔の魚だ。俺は思いきり剣でそいつの頭をたたき割った。びしりとひびの入ったうろこに、もう一撃剣を振り下ろそうとして――その古代魚は、水面から飛び出して、俺の肩に思いきり嚙みついてきた。
痛いとかそう思うより先に、ちくしょう、と思った。
古代魚はすさまじく尖った牙で俺の左肩に食らいついていて、うかつに引きはがすと腕がちぎれそうだ。そこまで考えたところで、激痛が走った。
意識の遠のくような激痛だった。毒ウーズにかまれたときなんかとはわけが違う。古代魚の牙はギリギリと肉をえぐってくる。俺このまま死ぬのかな。まあ世をはかなんで入った探検部だ、そこで死ねるならある種本望ではある。
「ちょ、な、なにやってり?」
クオーツ先輩のあわてた声が聞こえた。しかしあわてたのは一瞬で、クオーツ先輩は冷静に矢をつがえ、びゅんと空気を切って矢が古代魚の腹に突き刺さる。古代魚は「びぎょおお」と悲鳴を上げて水面にぼちゃんと落下した。肩の肉が少し削れている。どくどくと赤い血が流れ、服を汚していく。
村の人たちがなんだなんだと集まってくる。水面にぽたぽたと血が落ちて、その匂いを嗅ぎつけたらしい古代魚が群れで現れた。まずい、このままだと本当に死ぬ。とりあえず水面から逃げだして、古代魚の出方をうかがう。
「ゼレミヤ! やばい怪我してんじゃん! サザンカどこだろ……とりあえず薬草もみこんどけし」クオーツ先輩がポーチから薬草を取り出して渡してきた。痛み止めと血止め薬を兼ねたおなじみのものだ。それを傷口にもみこむと、ひどくしみた。
あくまで応急処置でしかない痛み止めと血止めが効いているうちにサザンカ先輩の回復神術を受けなければならない。しかしサザンカ先輩はどこにいるのか。確か魚の保存方法を調べるとか言ってなかったか。騒ぎを聞きつけたシルベーヌ先輩が現れて、角の知覚でサザンカ先輩を探す。
「あいつ……村はずれの貯蔵庫にいるわよ! なんなのよこんなときに! 呼んでくるから、ゼレミヤは動かないで。クオーツ、とりあえずあの古代魚の弱点は腹みたいだから、そこを狙って神術で攻撃できない?」
「雷の神術つかってみる。水の中だからうまくいけばまとめて感電させられるかも」
「頼んだわよ!」シルベーヌ先輩はそう言って走り出した。
「よぉし。『ライトニング』ッ!」
クオーツ先輩が雷鳴神術を放つ。水面はビリビリとゆれて、しかし古代魚たちにはノーダメージだ。そして雷雲はどんどん近づいてくる。
「な、なんで効かないの? わけわかまつ!」
クオーツ先輩は目をぱちぱちしている。ああ、この古代魚の「眷族」は、雷を司る「眷族」なのだ。雷魚、というやつである。
この間の年寄り、ラカイトさんが、杖をつきながら歩いて近寄ってきた。
「怪我、治す」と、そう言ってラカイトさんは神術に近い技を使った。
神都の神術とは違う、べつの理屈で動いている神術だった。俺の肩の怪我はみしみしと音を立てて繋がり、傷口はほとんど見えなくなった。
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