3-2 イェルクイの密林の食事
「あさめし、たべるか?」と、ベリル。一同頷いて、宿屋の一階に降りると、テーブルの上にはきのう食べたフ・ト・サグルと同じものが並べられていた。ほかにも、なにか果物が置かれている。この果物はなんというのか、とベリルに訊ねた。
「ルポカ・トル。あまい、うまい。たべすぎると、はら、こわす」
宿屋の主人が現れて小さく頭を下げ、「アバル・フ・ウ」と挨拶らしいことを言ってきた。ベリルも同じように反応したので、俺たちもそれにならう。おはようございますとかそういう意味らしい。
「ではさっそく。いただきまーっす」サザンカ先輩がルポカ・トルに手を伸ばす。硬い殻をたたき割ったもののようだ。中には房になった身が入っていて、それをむしり取ると、いかにもうまそうな一切れの果物、という見た目になった。サザンカ先輩がそれを口に放り込んでムシャムシャと噛む。
「うまいぞこれ。こんなに甘い果物初めて食うた。しかしいささか脂が強いの」
「ルポカ・トル、しぼって、あぶらつくる。火をつける、さかな揚げる、ルポカ・トルの脂」
ベリルがすかさず解説してくれた。油を搾る果物ならそりゃあ脂っこいだろう。
「その油は、このツィア・ノリクィの街でも作られておるのか?」
「街外れに畑ある。畑からもいできて街の工場でつくる」
「よぉしそこを社会科見学じゃい。それからフ・ト・サグルの材料も見てみたい」
「フ・ト・サグル、フジャア・トルから、つくる」
フジャア・トルというのも果物のようだ。それも街のはずれで作っているらしい。
「なるほどのー。きょうは楽しいまち探検といこうぞ」
というわけで、その日はルポカ・トルの畑とフジャア・トルの畑を見学にいった。ルポカ・トルは高い木の上のほうにぶらぶらとたくさん生っていて、フジャア・トルのほうはどちらかというと草に近い印象の木にゴツゴツと生っていた。どちらもとれたてを割って食べさせてもらった。ルポカ・トルのほうは宿屋で食べたものよりさっぱりしていて、フジャア・トルのほうはパサパサしていて噛むと甘い、穀物のような味がした。そのまま、工場に出荷するところを見せてもらい、畑をやっていたおじさんはルポカ・トルから作った脂と、フジャア・トルを干して粉にしたものを受け取っていた。
また、畑ではスパイスを作っていて、それはトトウトと呼ばれていた。火、という意味らしい。トゲのすごい大きな木で、スパイスはその花をもいで乾かしたものだと教わった。
工場では、ルポカ・トルを搾って油を作り、フジャア・トルを砕いて乾かす工程を見ることができた。これがこの土地では当たり前のようだ。
村の家々は木造で、基礎には石をすえてあるようだ。人々の衣服は、シンプルな長袖の上着に、足首のところをくくったズボン、魚の皮で作った靴、という感じ。暑そうだが虫よけにはこれくらいの服装をしていないといけないらしいようだった。
シルベーヌ先輩が、ベリルに訊ねた。
「この近辺ではどういう神が信仰されてるの?」
ベリルは少し考えて、いやすごく考えて、
「ツィア・ノリクィ、かみさま、いない」と答えた。どうも商業都市のようなので、神様というものより利益を最優先するのが当たり前になっているのだろう。なんとも寂しいことだ。
「どこにいけば神様はいる?」
「エスクィの内海」ベリルは明瞭な発音の神都語でそう答えた。エスクィの内海。噂でしか知らない、未踏地。西の最果て……。
俺たちはなんだかんだ四日ほど、ベリルの商談に付き合ったりしながらツィア・ノリクィの街に滞在し、ベリルの沼鳥で次の村であるエスクィに向かうことになった。エスクィは大きな内海のほとりにある村で、ツィア・ノリクィと比較するととんでもない田舎らしい。
「ベリルはどこ出身なの?」シルベーヌ先輩が訊ねると、ベリルは誇らしげな顔で、
「ノジェルクィ」と答えた。聞いたことのない土地だ。
「ノジェルクィ、どこ?」と、シルベーヌ先輩がもう一度訊ねる。ベリルは「エスクィの内海のむこう」と、空を見上げてつぶやいた。
しばらく、風景が変わっているのになにも変わらない気がするような密林を進む。道中、何度か蚊柱に突入して虫に刺された。顔も腕も足もボコボコだ。
虫刺されにはトトウトの実をすりつぶして塗れば治る、とベリルに教わり、恐る恐る試してみると案外しみたりはしなかったし、すぐにかゆみが収まった。ベリルは、
「虫、火に飛び込んで死ぬ。トトウト、火の木。虫の毒、死ぬ」と、常識のように言う。
かれこれ四日ほど、密林の中を進んだ。密林の中、といっても交易路らしい、獣道よりちょっと道っぽい道をを進んだのだが、沼鳥のご機嫌を損なわない乗り方が難しく、途中でガァガァ鳴いて止まったり突然羽繕いをはじめてずっこけたり、なかなか平坦でない。
「俺の沼鳥、エスクィ行ったことない」と、ベリルは肩をすくめて言い訳をした。
なかば迷子のようになりながらたどり着いたエスクィは、すごくきれいな風景のところだった。
木でできた家が、静かに凪いでいる内海の浅瀬に建てられており、人々は船で移動している。木造建築を水の上に建てるというのはなかなか思い切ったやり方だ。どうやら建材はルポカ・トルの脂をしみこませて防水してあるらしい。見ると陸地にはルポカ・トルの木が至るところに生えていて、人々はすり鉢でルポカ・トルの実を砕き、手仕事で脂を搾っている。
内海は向こう岸が見えないほど大きく、海と言われても信じそうだ。水面にはきれいな色とりどりの小魚が泳いでいて、陸地にある市場ではきれいな陶器の鉢に入れられた生きた小魚を売っていた。ベリルいわく、魚を入れる陶器の鉢はノジェルクィで焼かれたものだという。ベリルはノジェルクィの話をするとき、どこか自慢げな口調でそれを言う。どうにも、地元が大好きなマイルドヤンキーという印象を受ける。
なにやら市場の端のほうで、お年寄りも子供も熱狂してなにか盛り上がっているので、なにをしているのだろうと見に行くと、さっきのきれいな鉢の魚二匹を、おなじ鉢に入れて、魚の喧嘩を楽しんでいた。きれいなひれを広げた赤い魚と青い魚が、噛みついたりひれで叩いたりしていて、魚が動くたびに観客はわぁわぁ言っている。
勝負がついたあと、その集団から離れて、「魚相撲、野蛮」と、ベリルは呆れた顔をした。ベリルの故郷ではやらない遊びらしい。地元大好きが高まって別の地域をディスるとは、ガチのマイルドヤンキーではないか。
宿屋も水上に建てられており、とても清潔に保たれた建物だった。ここも物々交換なので、宿泊代金のかわりに砂糖二袋を渡す。おかみさんはとても喜んでくれた。
「夕飯、トト・バとフ・ト・ウート。いいか?」
とベリルに訊ねられた。いいか? と言われてもどんな料理だか分からない。そう俺が言うと、「トト・バ、辛い魚。フ・ト・ウート、フジャア・トルの菓子」と返された。
菓子ねえ……。
夕飯に供されたのは、ツィア・ノリクィで食べたトト・サ・レの魚バージョンと、恐らくフジャア・トルの粉で作ったであろうパンだった。トト・バ、要するに魚のスパイス焼きを口に運ぶと、若干パサついていて、トト・サ・レのように無条件で辛い肉汁が流れてくるわけではなく、比較的食べやすいな、と俺は思った。
フ・ト・ウートに手を伸ばそうとしたところで、なにやら一人一本竹筒が出てきた。
「チキ・タ。この食事、サ・フ・タ」と、ベリル。嬉しそうな顔をしている。詳しく訊くと、チキ・タというのは竹筒に入った酒のことで、サ・フ・タというのは酒の出てくる食事、つまり宴会のことらしい
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