2-3 旅立ち

 というわけで、探検部一同は中央学府の裏にある広い空き地に向かった。空き地と言っても看板が立っていて、その看板には「中央学府第四寮建設予定地」と書かれている。


「じゃあ、クオーツの神術をかわして、奥にある的を剣で斬れたら、入部を認めるって方向でいい?」

 と、シルベーヌ先輩。


「よーし任せろし。容赦なしでいくやで」


 クオーツ先輩は指をぱきぱき鳴らして、雷撃の神術を唐突に放ってきた。


 すいっとかわして突撃する。クオーツ先輩は火球の神術を放つ。それもかわして、俺は剣で的を一撃する。


「おお……流れるような一連の動作……!」

 サザンカ先輩がしみじみと俺を見てそう言う。シルベーヌ先輩が、

「――分かったわよっ。勝手になさい」

 と、ツンデレ気味に仲間に認定してくれて、俺は晴れて、探検部員になることができた。


 探検部に入部できて、俺は水を得た魚のようになった。毎日が楽しくなった。学業そっちのけで、神都の近くにあるほら穴を探検する訓練を受けたり、剣の稽古に励んだりした。


 そんなある日、シルベーヌ先輩が唐突に変なことを言ってきた。


「死なずの鳥って知ってる?」探検部の部室でおいしいお茶を飲んでいるさなかのことだ。シルベーヌ先輩はテーブルの上に、神話の本をでんと置いた。


「死なずの鳥」。そういう伝説はどこかで聞いた覚えがあるが、しかし実在するとは思っていなかったし、実在しないだろう。


 生きているものは必ず死ぬからだ。それは「眷族」とておなじことだ。


「死なずの鳥って、南方の神話にあるやつだべ? 神話を真に受けたらだめだよ~」

 クオーツ先輩の常識人っぽいセリフ。


 クオーツ先輩が探検部パーティでいちばんの常識人という意外性はともかく、その「死なずの鳥」というものについてシルベーヌ先輩の見解を聞く。


「南の果ての地にあるエポリカ火山というところに住んでいる、神に近い『眷族』、……いや神で、その生き血を飲むものは永遠に生きる……という、伝説の鳥なんだけど」


「ほほぅ。生き血を飲むだけで永遠に生きられるとなれば、肉を食せば神になれるやもしれぬの。どうやって食べたらうまかろうの、から揚げ? チキン南蛮?」


「サザンカ、なんでも食べようとするのやめろし……」

 クオーツ先輩がため息をついて、お茶をすする。俺もひと口お茶を飲むが、すっかりぬるくなっていた。


 簡単な神術を使ってお茶を温め、またひと口すする。


「なぁにを言うておる。儂が食べてみて神都に持ち帰らなかったら食用にならんかった野菜がどれだけあるか知らんのか」


「でもさすがに神をチキン南蛮に料理するのはおかしくね? っていうか生き血だけで不死になれるんだから、相当捕まえるの大変ってことじゃね? それに死なずの鳥を神都まで持ってきても、卵から増やすとか無理じゃね」


「ぐぬぬう……しかし儂はチキン南蛮が食べたいんじゃあ」


「チキン南蛮はいったん忘れてくださいサザンカ先輩」俺がそう言う。シルベーヌ先輩が喋りたい顔をしていたからだ。サザンカ先輩はむくれた顔をして、口をとがらせた。


「この、死なずの鳥を――観に行かない? 拝むだけでご利益がありそうよ」


「エポリカ火山って、南の最果てじゃろ。アルナ、行くとしたらどんなルートだ?」


「南方に行くなら単純にトイラ土漠を突破するのが早そうだけど、トイラ土漠は通行税がやばいからなあ――僕らは学生で『証しの灯し手』みたいに神都から許可を得た冒険者じゃないから、トイラ土漠を突破するのは財政的に厳しいかな。神大陸山脈を、西に向かって進んでぐるっと迂回するルートがなんだかんだ安上がりかも。ただし未踏地をこれでもかと通るね」


 未踏地。


 どんな「眷族」がいて、どんな民族が住んでいるのか、誰も知らない土地。俺は思わず身構えた。


「未踏地って言ってもイェルクィの密林のあたりは交易で行ってるひとがいるって話だから、行って行けない場所じゃないよ。そんな怖い顔しないで大丈夫」


 アルナ先輩はお茶の出涸らしにお湯を注ぎ、若干色の薄いお茶を自分のカップにそそいだ。


「うむ。イェルクィの密林を突破してしまえば、あとは神都の文明の及ぶ土地じゃしな。さすがにエポリカ火山までたどり着いた『証しの灯し手』はいないが、それに先んじてエポリカ火山にたどり着けば、それは探検部にとってしゅんごい名誉ではないか?」


 はあ……。


 エポリカ火山。その存在だけが語られる、南方最果ての地。文明の及ばない想像するだに恐ろしい土地だ。


 なんでそんなものすごいところに、この人たちはのんきに遊びに行くみたいな論調で相談しているのだろうか。ちょっと考えればヤバいところだと分かるのではないだろうか。


「よーしぃ。近いうちに、エポリカ火山に向けて出立するぞい。楽しみじゃな」


 そんな気軽に楽しみとか言っていいやつなんだろうか。予定としては、南方の土地も温かくなるころにしよう、ということになった。


 それらのことが決定し、少しヒマになって、講義に出てみた。内容は三割ほどしか理解できなかった。あの無気力に過ごしていたころの影響である。俺はしょんぼりと寮に帰り、布団に倒れ込んで、俺が人生でやるべきことについて思いを巡らせた。


 本当なら、毎日真面目に講義を受けて、村の人たちを教え導くような学問を得るはずだった。


 だけど俺は、その真面目に講義を受けることを、放棄してしまった。


 そんなことを考えているとアザブが部屋に戻ってきて、

「ゼレミヤ、お前探検部に入ったって?」と訊ねてきた。


「……おう。『死なずの鳥』を拝みに、エポリカ火山までいくんだ」


「すごいなお前。エポリカ火山って文明の及ばない土地じゃないか。そこまで神都の文明が及んだら、イシュトマ王国なんかメじゃないぞ」


「……そうなのか?」

 俺がそう訊ねると、アザブは興奮した顔で、

「すごいことなんだぞ、中央学府のもともとの理念は『学問の力で世界を征服する』ことだからな。エポリカ火山、住んでていいとこ蛮族だろ。それが神都の学問で神都の文明を得たら、神都はエポリカ火山まで広がることになるんだぞ」と答えた。


「……そうか。そうなのか。そうか……」


「探検部、どうだ? すごい大年増の先輩がいるって聞いたけど」


「あー……うん。いろんな先輩がいるよ。楽しい部活だ」


「そうか。頑張れよな、必要ならダイヘンするぞ」


「ダイヘンって……学校にも冒険に出かけてることはバレてるだろ……」


「あっそうか。でもそれじゃ単位足らなくないか?」


「まあ足らないだろうなあ。でもなんていうか、それも……まあ、人生なんじゃないか。俺は村の人たちに頑張れって言われて中央学府に来たんだが、結局なにを頑張っていいか分からなくて、探検部に入った。それもまあ、あっていいことだよな」


「そうだぞ、中央学府探検部って言ったら、『証しの灯し手』より活躍してて、サツマイモあるだろ? あれだって中央学府探検部が見つけてきたんだ」


 サツマイモ。神都に来てからときどき学食に出てきた甘いイモか。


 サツマイモも中央学府探検部の成果なのか。あんなおいしい食べ物が、探検部の成果なのか。


 そういう一団に、俺は加わっているのか。


 嬉しくて、涙が出てきた。アザブがびっくりして、

「まあ落ち着けって。お前情緒不安定になってるぞ――」

 と、そう言ったそのとき、部屋のドアがばんと開いた。


「行くぞゼレミヤ! 急がんと『証しの灯し手』に先を越される!」


 は? ベッドから体を起こすと、旅装束を身に着けたサザンカ先輩がぜえはあしていた。


「なんです急に」冷静にそう訊ねると、サザンカ先輩は紙切れをばさばさーっと俺に放った。新聞の夕刊だ。見ると「証しの灯し手」の活動について書かれた欄に、来月からエポリカ火山を目指す、と書かれていた。


「ボーっとしておったら『証しの灯し手』に先を越される。急いで出立じゃ。ほれ、早う装備を整えて荷物をつくれ。儂らの力ではあましていた荷物もゼレミヤなら担げるじゃろ」


 でんでん、とサザンカ先輩は荷物を俺の前に置いた。すごい量だ。


 俺は急いで装備をまとめ、愛刀を差し、荷物を担いだ。


「じゃあ、アザブ、行ってくる。みんなによろしく」


「おう。生きて帰ってこいよ」アザブは笑顔で俺を送り出してくれた。


 重たい荷物を背負っていると、俺が俺である、というような感覚が湧く。


 中央学府に来てから腑抜け生活をしていた俺に、魂が戻ってきた感覚だ。


 寮を出て、中央学府正門に向かうと、すでに旅姿のシルベーヌ先輩とクオーツ先輩が待機していた。二人は俺を見て、

「遅いわよ。さっさとしなさい」とか、

「マジ頼りにしてるし。がんばるべー」とか、そういう適当なことを言ってきた。


「アルナ先輩はいかないんですか」


「あれは虚弱体質で薬が切れると具合を悪くするからの。手紙を鳥で送ったり会計をしたり、そっちからバックアップしてもらっておる」


 サザンカ先輩はそう答えて、トカゲ車乗り場へと歩き出した。二か月ほど前、俺が希望に満ちて降りた、トカゲ車乗り場だ。


 ◇◇◇◇


 そこからエトク平原を目指し、さらにいまはイェルクィの密林を進んでいるさなかである。


 俺は、ぼーっと中央学府の人たちを思い出しつつ、密林のなかを沼鳥で進んでいる。


 こういうわけで、俺は旅をしているわけだが、それがこんなに楽しいとは思わなかった。「眷族」と戦ったり、村の人たちと酒を酌み交わしたり、冒険の旅はとても楽しい。


 先頭を走るベリルが沼鳥を止めた。ほかの沼鳥も止まった。


 目の前には、急に密林地帯が開けた、大きめの集落が広がっていた。


「ツィア・ノリクィ!」と、ベリルは拳をつきあげた。

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