1-6 調査と毒ウーズ

「今の旦那、祝言あげた、いつ?」


「……?」奥さんはよく分からない顔だ。クオーツ先輩はすこし考えて、

「結婚した、いつ?」と訊ねた。奥さんはしばらく考えて、指を折りながらなにか数えて、

「コドモ、ハチニン。ハチネンマエ」

 と答えた。は、八人? この若々しくてきれいな奥さんが?


 クオーツ先輩はシルベーヌ先輩に通訳をお願いして、奥さんの子供を集めてもらうことにした。さっき俺からお粥を受け取ったのが長男で、その次が年子の女の子、女の子、男の子、男の子、女の子、女の子、いま背負っている男の子――という並びらしい。


「あなた、歳、いくつ?」


「ニジュウゴ」二十五歳で八年前に結婚ということは十七で結婚したということだ。俺より若いときに結婚するという感覚が分からないが、とにかくほかの奥さんたちにも聞いてみようということになった。


 結果、アリアクの女性の初婚年齢はだいたい十七歳から十九歳前後ということが分かった。二十歳を過ぎてしまうと「行き遅れ」扱いになることも分かった。


「二十歳で行き遅れならウチら超大年増じゃんウケる」と、クオーツ先輩のやけっぱち口調。


「しょうがないわ、わたしたちは学問と結婚したんだもの」慰めるシルベーヌ先輩も悲しい顔。サザンカ先輩だけどこ吹く風で、なにやら草をもぐもぐしている。


「なんの草ですそれ」


「さっきの奥さんが、疲れたら噛んでみろと勧めてくれたのじゃよ。うまくはないが頭が冴えるぞ?」


 それってヤバい葉っぱじゃないですか。


「ヤバい葉っぱとはなんじゃ。都人の感覚に染まってしもうたのかゼレミヤ。土着のひとが食べるものを食べ土着の人と同じく暮らしてみる。これが文化を深く知るよい方法じゃぞ」


「なにそれおもしろそー。ウチも食べる」クオーツ先輩も便乗する。


「やめなさいよそんなの」シルベーヌ先輩はいやそうな顔だ。


 とにかくその日は、村人の人数を数えるだとか、農業の様子を観察するだとか、いろいろ調べて回って、とにかく集まった情報の量がすごかった。これだけ調べられたらもう中央学府に帰って購買の焼きそばパンを食べたいまである。


 夕飯はさすがに連続のグーグー・クというわけにいかなかったらしく、焼き魚と米の飯だった。うまかったがさすがにずっと米は飽きる。


「米に飽きた、という顔をしておるな」


「なんで分かるんです」俺がびっくりするとサザンカ先輩は笑った。


「儂も米にいささか飽きてきた。そろそろ次の場所に向かうか?」


「次の場所っていうと――ガチの未踏地じゃないですか。もうちょっと調べものしてからのほうがいいと思うんですけど」


 そういう話をしていると、鼻のあたまになにかがぱつん、と当たった。――雨だ。

 いきなり雨が降り出し、雷がとどろいた。みな食事の魚と米の椀をもってばたばたと家にひっこむ。俺たちは村長の家に入った。


「あちゃあ……これじゃ次の場所に向かうのは当分先じゃな」


「エトク平原の雨は神都の雨と違って結構あっさり止むっすよ?」


「そうか? 儂の鼻は長い雨の匂いを察知しとるのじゃが」


 こういう、獣人族のカンというか、超知覚の鋭さは恐ろしいもので、次の日も雨だった。広場で煮炊きができないので干したリュクと干した米を食べた。


 シルベーヌ先輩が難しい顔で、

「これ、ただの雨じゃないわよ。角が言ってる。これは『眷族』が降らせてる」と言う。


「雨を呼べるほどの眷族って、ウチらで勝負になる?」と、クオーツ先輩がどんよりと言う。


「でも倒さんことには次の土地には進めんぞ。やるほかないのではないか? シルベーヌ、もうちょっと相手の強さを調べられんか」


「んーと……ウーズをいっぱい従えてる。相手本体は――大きめのウーズって感じ。何百年も生きてるからこういう超常の力を手に入れたみたい」


「なんだウーズか。それならば倒す一択ではないか」


「ちょ、サザンカ。でかいウーズってやばくね? ウーズって大きくなると分裂するんだべ?」


 クオーツ先輩がビビっている。俺はシルベーヌ先輩をちらりと見た。


「このままじゃ、この村ずっと雨よ。不作、いや大凶作よ?」

 大凶作。


 米作りの仕事をして米を食べる人々にとって、いちばん恐ろしいことだ。米がとれなければ冬は越せない。大凶作なんて起こったら簡単に死人が出る。人間が人間を食べることだってあるかもしれない。俺はぞわりと、嫌な予感を覚えた。


 いまは初夏だ、稲がいま太陽に当たらねばいい米はとれない。


「やるしかないっすね」俺がそう言うと、クオーツ先輩はしぶしぶながら弓をとった。


「――やるか。この村にはいろいろ世話になったしの。これをほったらかしていったら儂らの心が穏やかにならんな」サザンカ先輩もそう言い、頭をポリポリする。


 クオーツ先輩が雷の神術を放つと、バリバリバリバリと空気を切り裂き、むこうの田に潜んでいた大きなウーズに命中した。ウーズはびくんびくんと跳ねて、こちらに向かってくる。俺は剣をしっかりと握りしめ、ウーズを撃ちぬいた。


「うおおお思ってたよりずっとでっけえし!」と、クオーツ先輩は矢をつがえる。


「よぉしバフ神術いくぞい! 『ヘイスト』に『インパクト』!」


 サザンカ先輩のバフ神術を浴びて、俺は全力で巨大なウーズをたたき割った。


 割れ目からおびただしい数の小さなウーズが飛び出してくる。この数なら剣や弓より攻撃神術のほうが簡単なはず。しかしクオーツ先輩が選んだのは、別の方法だった。


「イチかバチかでやってみる――『ライトニング・ショット』!」


 クオーツ先輩が空に矢を放った。矢は低く垂れこめた雲に突き刺さったように見えた。それと同時に、まるで雨のように雷が降り注いだ。


 ウーズが次々破裂していく。巨大なウーズから生まれた小さなウーズたちは、なすすべなく水に還っていく。よっしゃ。そのとき足元から突如一匹、小さなウーズが現れて、俺の脚に嚙みついてきた。まあウーズなので牙とかがあるわけでなく、擦り傷のような傷ができるだけだ。俺が子供のころ用水路で水浴びをしていて踏んづけたのと同じやつ。それに俺は分厚いブーツを履いているわけだし。


 そう思った瞬間、激痛が走った。俺はそのウーズを蹴飛ばし、飛びのいた。


「どーしたゼレミヤ! しっかりしろし!」クオーツ先輩が駆け寄ってくる。サザンカ先輩とシルベーヌ先輩も来た。俺は嚙まれた足首を確認する。


 厚い皮のブーツを貫いて、というかブーツを溶かして、じくじくと紫色の汁がにじんでいた。あのウーズ、いわゆる毒ウーズだったのか。傷口が強いアルカリで溶けている。


「ここ以外に怪我はないな?」サザンカ先輩が確認をとり、回復神術を注ぐ。傷はふさがったが、噛まれたところはまだ紫色だ。だんだん変な汗が止まらなくなり、息が切れてきた。


「毒じゃ。儂の回復神術が及ばないとなると、相当きびしい」


「そ、そんなヤバい毒を、ウーズが?」と、俺は息切れしながら訊ねた。


「ウーズをバカにすると痛い目に遭うぞい。しかしどうしたものか」


「毒消し草とかじゃだめなの?」と、シルベーヌ先輩。


「毒消し草で治るならとっくにそうしとるわい。しかしこれは……ゼレミヤ。お前のことは、忘れんぞ」


 あっさりと言葉の上で殺されてしまった。


「ちょ、殺さんでください!」と言ってわめく。ウーズ自体は全滅したので、空は次第に明るくなっていた。俺らがぎゃあぎゃあしているのを、村の人たちが見ている。


 きょう初婚年齢を調べるとき最初に話を聞いた若いお母さんが駆け寄ってきた。シルベーヌ先輩がすかさず、

「ウーズ、毒、消す、できるか」と訊ねる。若いお母さんは首を横に振ってから、

「ザラメ婆様、呼ぶ」といって村のほうに走っていき、その若いお母さんの旦那さんと思われる男性がザラメ婆様をおぶって現れた。


「毒ウーズが出たのかい。ここいらにはたちの悪い毒ウーズが出るんだよ。ちょっと見せてごらん」


 ザラメ婆様は流暢な神都語でそう言うと、なにか特殊な呪文を詠唱して、すごく強力な、としか表現できない俺の語彙力の貧しさに泣くしかないのだが、とにかく見たこともない神術を使って、俺の噛まれた傷を治した。


 すうーっと痛みが引いていく。だらだら出ていた変な汗もとまり、息も自然になる。


「たす、かった……」


 俺は呆然と、そうつぶやいた。案外簡単に立ち上がることもできた。


 村長が、

「長靴に穴があいたなら、これでなおすといい」と、トカゲの皮をくれたので、その日はコツコツブーツを繕った。夕飯は炊いた米と魚と、なにかよく分からない野菜のスープだった。

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