1-3 ウーズとの戦いと次の目的地

 夕飯は、水路を泳いでいるエビを、リュクで煮たものだった。俺の住んでいたルユトクではエビは食べ物ではなかったので、ここいらだけの食べ物かな、と思っていると、料理したおばさん曰く「神都の人はエビを食べると聞いたので」とのこと。食べてみるとちょっと泥臭い。料理しなれていない味がする。


「これであればきのうの魚のほうが美味じゃったな」


「やっぱりそうですか。エビなんて変なもの、なんで神都の人は食べるんでしょうね?」


「神都で食べられているエビは、海で獲れるものなんじゃよ。もっと大きくて、ハサミのいかついやつじゃ。水路に棲んでいるエビは食べないんじゃよ」


「ありゃ、これは失礼なことを。相手のことをよく知りもしないでこれがいいって決めつけちゃだめね」と、おばさんは流暢な神都の言葉で答えた。


「――神都の文化って、いつごろからここまでここに浸透してるんですか?」


 シルベーヌ先輩が、エビの殻をむきながらそう訊ねた。


「私が物心ついたころには、手習い場で『アロ』って挨拶すると叱られたわね」


「そうですか。やはり神都の教育は愚かだわ」シルベーヌ先輩は怖い顔をしている。


「あとどれくらいここにいるんですか?」と、村長。


「明日かあさってには発つつもりじゃ。ここまで歓迎してもらえたのじゃし、なにか礼をしたい。我々にできることはなにかないか?」


「剣や弓をお持ちということは、戦うこともできるのですか?」


「うむ。そりゃ本職の『証しの灯し手』には敵わんが、雑魚『眷族』ならいくらでも」


 サザンカ先輩はそう安請け合いしてエビの尻尾の肉をへじりだしている。


「じゃあ、水路に餅虫がたくさん湧いて困ってるので、それを退治してはもらえないでしょうか」


 餅虫。ウーズとかスライムとかゲルとか呼ばれる奴だ。この辺の言葉ならグー・ム、つまりネズミと一緒くたにされる、わりと弱い『眷族』。


 餅虫でピンときていないらしい先輩たちに、ウーズとかスライムとかいうやつ、と説明する。


 というわけで、翌朝日が昇るまえに起きて、俺は久しぶりに愛用の剣を握った。手から滑らぬよう柄に巻いたトカゲ革の感触を懐かしく思い出す。あの手の眷族は、日が昇ると水路の泥に潜り込む習性があり、タイミングを逃すと見つけるのが難しい。というわけで、みんな眠い顔で村長の家を出る。


 シルベーヌ先輩が角に集中する。しばらく目を閉じて、それから、

「……そこかしこいっぱいいるじゃない! 索敵するまでもないわ!」と呆れてみせた。


「ウーズであれば神都にウーズよけの薬がいっぱい売られておるのに、なんで使わんのじゃ?」


「田畑に使うと作物に害があるんじゃね? さっさといくべ。ゼレミヤ、先頭はまかせた。ウチは弓で飛び出してくるのを狙う。サザンカはバフ神術よろ。シルベーヌは安全地帯にいて」


「りょ。ではいくぞ『インパクト』ッ!」


 サザンカ先輩が全力の攻撃バフ神術を放った。俺とクオーツ先輩の腕がめりめりと筋肉をふくらませる。俺は剣を、用水路に突っ込んだ。


 すさまじい、耳の辛くなる鳴き声を上げて、ウーズの群れが用水路から飛び出してきた。球技で棒をボールに当てるみたいに、次々叩き切っていく。


「いかん数が多すぎる『ヘイスト』!」


 今度は俊敏さを強化するバフ神術。やたら身軽になって、俺は軽くなった剣を振るってウーズを仕留めていく。クオーツ先輩の矢が、次々ウーズの透明な体を貫き、ウーズは水に還っていく。しかしどれだけ倒しても一向にウーズの数が減らない。正直疲れてきた。


「――これ、外来のウーズじゃね?」と、クオーツ先輩。外来のウーズ? ウーズに在来種だの外来種だのあるんだろうか。クオーツ先輩は弓で矢を放ちながら、

「もともとこの地域にいるウーズって、もっとこう……おいしそうな色してるって言ったらサザンカと同じか。とにかくもうちょっと、木の根から作る、豆の粉まぶした餅みたいな色してるはずじゃん。こいつら、どっからどう見ても、きれいに透明じゃね?」


 と、分かりやすく説明してくれる。言われてみれば確かに、俺が小さいころ水浴びしていてうっかり踏んでえらい目に遭ったウーズは、もうちょっと茶色かった。


「とにかく喋ってる場合じゃない。えーと、これは広範囲に攻撃神術放ったほうがいい?」


「火炎の神術はやめておけ。そうじゃ、雷の神術なら、田畑の栄養になるぞ」


「それな! 稲妻っていうし、やってみよ」


 えらく軽いノリで、クオーツ先輩は弓をしまって手を掲げた。


「『ライトニング』!」


 ばりばりばりばり、と耳をつんざく轟音。まさに雷鳴と同じ音。それがあたりに満ちて、ウーズは次々と破裂していく。


「よっしゃこんなもんか」


 この村でできることはだいたいぜんぶやった。俺たちはそう結論した。


 俺たちはメルクの村を出発することにした。村人たちは別れを惜しんで握手してくる。しかし握手というのも神都の習慣だ。シルベーヌ先輩は見るからに不機嫌。


「これからエトク平原のほかの村を目指そうと思うのですが、どこなら古い文化が残ってますかね?」と、俺がシルベーヌ先輩の代わりに訊ねると、村長は、


「うーん。シェタクの大河を渡れば少しは古い文化が残っていると思うけど……古い文化って、たとえば年寄りや村長に『アロ・イーン』って言うような文化のことでしょう?」


 と、難しい顔をした。もうクー語は残っていないということだろうか。


 村の人たちはなにやら話し合うと、

「エトク平原のいちばん端にある、アリアクならいいかもしれない。ここからだとちょっとばかし遠いけれど……それにアリアクから西は未踏地だし、安全かどうかは保証しかねる」


 と、村長が答えた。未踏地。待ってました!


 俺たちは地図を開いた。かつてこの世界が「不完全なる創造者」の手で生まれたとき、創造者から与えられた「神聖地図」の写しに、いろいろと書き込んだもの。薄紙に書かれた地図には、確かに「アリアク」という村が、西の未踏地への入り口として描かれている。神都の文明のいちばん端ということだ。


 しかし、目的地が定まると同時に、アリアクまでなにでいくか、という問題が浮上した。現状徒歩しか移動手段がないが、いささか遠いしシェタク川を渡ると「眷族」が力を増してくるため、徒歩だと危険だ。


 しかしアリアクへ定期的に出ているトカゲ車はなく、そもそもアリアクに行きたがる人間というのが数少ないらしい。どうしたものか。なにか方法はないのだろうか――。


「アリアク? そんなら俺のトカゲ車に乗っていくかい?」


 と、会議している横で行商人と思しき若い男に声をかけられた。話しかけてきた男は、アリアクと神都のあいだをトカゲ車で走って行商しているらしい。アリアクで採れて神都で売れるものってなんだろう、と疑問に感じながら、俺たちはその行商人のトカゲ車に乗ることにした。


 道を進みながら行商人に聞くところによると、アリアクでは西の未踏地である密林地帯から運ばれる、油の原料になる果実が取引されていて、まあ油の原料になるわけだから栄養豊富で、そういうわけで珍しいものを食べたいモノ好きが神都の金持ちのなかにちょいちょいいるのだという。栄養豊富な果物、と聞いてサザンカ先輩が色めき立った。


 はっきり言って行商人は正直うさんくさい印象だったが、まあ移動手段はこれしかないわけで。神都から持ち込まれた大量の物資を眺めつつ、俺たちはアリアクに向かった。

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