おまけ 結婚式
シリウスが新たな国王になってから、早くも一年が経過した。
多くの国の課題を解決するために、毎日が慌ただしく過ぎていき、ようやく私とシリウスの結婚式が開かれることになった。
シリウスが大規模で式を行いたいと譲らず、パレードで街を回り、最後に城のバルコニーで結婚式を行うことになったのだ。
諸外国の王侯貴族達も来賓として出席してもらえるので、おそらくこれまでの中で一番盛り上がる式典になるだろう。
私の部屋の前には多くの方々から花束や贈り物が置いてあり、多くの友人達にも祝福されて恥ずかしくなった。
結婚式の準備で城内も大忙しで、廊下のバタバタとした音がずっと響いてきた。
メイド達に化粧などを施されながら、迫り来る時間をドキドキと待っていた。
そんな私の様子をからかうようにエマがクスクスと笑っていた。
「カナリア様がこれほど緊張されるなんてお珍しいですね。たくさんの行事をこれまで涼しい顔でされておりましたのに」
「そうだけど……こんな純白のドレスが私に似合うかしら?」
ウェディングドレスを身に付ける自分を鏡で見ていると不安になった。
結婚式が一番綺麗な瞬間と言われ続けてきたので、もしシリウスからガッカリされたらと思うと気が気でなかった。
もちろん普段よりも可愛くなったと思うが、シリウスの期待を超えられなかったときが心配だ。
「もう! カナリア様は世界一綺麗ですって! そんなに心配ならすぐにシリウス様を呼んできて、簡単に証明しますよ!」
エマからビシッと言われて、思わず笑ってしまった。
あまり心配しても仕方がないと気持ちを落ち着かせようとした時だった──。
「カナリアの準備はどうだ? 入室の許可をもらってくれ」
──シリウス!?
噂をすればなんとやら。ほとんど準備を終わったタイミングで来られてしまったため、早くもシリウスの反応を確かめられる。
だけど反応を知りたくない気持ちもあったので、嘘を吐いて先延ばしにしようと悪い考えが浮かんだ。
だが目の前のエマが目を輝かせていた。
「シリウス様、カナリア様のご準備も整いましたのでぜひお入りくださいませ!」
「え、エマ……!」
ドアを開く音が聞こえ、これはもう覚悟を決めるしかないようだ。
「カナリア?」
彼の呼ぶ声が聞こえ、私は立ち上がって体を彼の正面に向けた。
「ど、どうですか?」
彼の反応を知りたいが顔を見ることができなかった。
しかし彼からの反応がない。もしや、やはりそこまで似合っていなかったのかと、恐る恐る彼の顔を見た。
「あっ……」
シリウスはずっと私を見つめ、そして固まっているようだった。
頬が少し赤くなっており、息をのんでからやっとその重く閉じていた口を開いた。
「本当に、綺麗だ……もちろんいつも綺麗だけど、今日は一段と……いや言葉では言い表せないよ」
恥ずかしくなっている私は返事が出来ず、彼から近付いて膝を突く。私の手の甲へキスをした。
私を気遣ってくれるのは嬉しいが、少しだけ彼の口を寂しく思えた。
立ち上がった彼は再度私へ手を差し伸べる。
「一緒に行こうか、花嫁様」
私は彼の手をとった。
「はい。花婿様」
私たちは一緒に城の外に出て、馬車に乗り込んだ。
特殊造りの馬車は私たちの顔が国民達へ見えるようになっており、ゆっくりと街を回る。
「本当はこんな風に君を迎えるのを夢見ていたんだ」
「最初は歓迎してくださいませんでしたよね」
「それは……本当にすまない」
シリウスが悲しそうに目を伏せてしまった。
だけどそれは彼のせいではない。これまでの事で十分に彼を知った。
彼の肩に頭を預けた。
「でも今日は私のためにこんな盛り上げてくださったのでしょ? とても嬉しいです」
感謝を伝えると、彼は感極まった顔をする。
街の賑わいがまるで別の街と思えるほど盛り上がっており、私の名前が書いてあるお土産がいくつも見えた。
そして横断幕で私たちを祝福してくれる国民達の姿を見るに、大々的に宣伝したのだろう。
近隣諸国の貴族も参加してくれるのなら、これを機会にぜひ交易を増やしていきたい。
「カナリアを帝国で見かけた時に、俺は初めて運命を感じたよ」
「そんな……大袈裟な」
「本当だよ。だけど、もう婚約していた時にはショックでアルフレッド様に勝負を挑んだのが懐かしいよ。あやうく護衛騎士たちに殺されるかと思ったがな」
──初耳なんですけど!?
そのような危ないことをしていたことに驚いた。
おそらくはアルフレッドが情報が広がるのを止めたのだろう。
「その件があって友人にもなれたけどね。だけど俺は彼の代わりじゃない。君を絶対に守ってみせる」
彼は自信満々に宣言してくれた。もちろん私はその言葉を疑うわけがない。
ふと何か呼ばれた気がして、外へ目を向けると目を疑ってしまった。
「お父様……お母様?」
私へ手を振っている二人はもうすでに亡くなった両親だった。
私は目をこすってもう一度、彼らが居た場所に目を向けたが、それは似ても似つかない普通の夫婦だった。
「カナリア?」
シリウスが私を心配して声を掛けてきた。
ただの空似だったみたいだったので、私は「なんでもない」と言って国民達へ手を振った。
もしかすると、一段と光り輝く太陽は天国のいる二人が祝福してくれているからかもしれない。
城にまた戻ってきて、私とシリウスは二階へ上って、国民を見渡すバルコニーへと向かった。
「わあ……」
見渡す限りの民衆の列に思わず声が漏れた。パレードでも多くの人がいたが、それを上から眺めるとまた壮観だった。私たちの名前を呼んでいる国民達も多く、今日の結婚式を心からお祝いしてくれているのを感じた。
「心配だったか?」
「少しだけ。もしかしたら帝国の女が王妃になったことで暴動が起きるくらいは考えておりました」
帝国との戦争はだいぶ前に終戦しているとはいえ、その傷はまだ完全に癒えてはいない。もちろん全員が私のことを歓迎しているわけではないだろうが、それでもその数よりも祝福してくれる民達の方が多い気がした。
「前にくださったシネラリアの花言葉はご存じですか?」
私が尋ねと、シリウスは困ったような顔をする。
この国には無い花だから知らないのも無理がない。
「私の国では春に咲くことから、元気の良い、という意味があるのですが、東洋の国では不吉な花と呼ばれるそうです。二つの意味を持つ花をたまに今の私と重ねてしまいますの。私は貴方にとって、薬だったのか、それとも毒だったのかって」
横に立つ彼の手が私の手を強く握りしめた。すると彼は私ではなく、私たちの言葉を待っている民衆へ喋り始めた。
「民達よ! 今日は私たちの結婚を祝ってくれて嬉しく思う。新たなブルスタットの王として、まずは宣言したいことがある。私は今日、太陽神の試練を受けよう!」
シリウスの言葉に民衆が騒ついた。この国では太陽神の試練はかなり重要視される。
もし失敗すればそれ相応の罰を受けないといけないからだ。
それを民衆へ伝えるのなら、覚悟を持って達成しなければならない。
だが彼は臆した様子を出さずに、堂々と宣言する。
「新たな王として、歴代一位の発展を約束する! そして──!」
シリウスは私へ向き直った。
「妻のカナリアに永遠の愛を誓う!」
民衆の前で大言を口にしたことで、歓声が巻き起こった。
「流石は新王だ!」という男達の賞賛と、「きゃーっ!」という女性達の黄色い声が響く。
彼の手が私を抱き寄せ、彼の顔が目の前までやってきた。
「毒を受けていた俺に薬を飲ませてくれたのはカナリアだろ? なら君が毒になったら俺が薬になる」
彼の指が私の頬を支えた。私は思わず「ふっ……」と笑いを堪えた息が出る。
「どうせなら“もちろん薬だよ”って言って欲しかったです」
彼は「うっ……」と息が詰まった言葉を出す。
「でもさっきの誓いの言葉を証明してくれたら許しますよ?」
ちょっと意地悪な言い方だったかもしれない。だけど彼は自信満々な顔で言う。
「ではこれが初めの一歩だな」
彼の唇が触れ、大きな歓声と教会の鐘の音が私と彼の鼓動のように感じられた。
これから多くの困難があっても彼となら何でも乗り越えられるだろう。
だって私は、カナリア・ブルスタット、なのだから。
婚約破棄された令嬢の毒はいかがでしょうか まさかの @aivllod
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