第41話 エピローグ

 私はヒルダに首を絞められ、もう少しで意識が飛びそうになった時に救いの手がやってきた。


「カナリア様に何をなさるのですか!」

「ぐっ!」


 ドンっと音が聞こえると、私の首から手が離れた。

 必死に息を吸い込んだ。


「ごほごほッ……え、ま?」


 エマとヒルダが倒れこんでおり、エマが体当たりをしたようだ。

 おかげで私は助かった。しかしまだ窮地は脱していない。

 懐から眠り薬を取り出して、倒れているヒルダに嗅がせた。


「うっ……」


 ヒルダはすぐに眠ってくれてやっと安心できた。

 床にへたり込んで、ホッと出来た。



「ありがとう、エマ……そういえば誘い出した兵士はどうしたの?」

「倉庫に連れ込んで眠ってもらってます」

「そう、無事で本当によかった」


 エマは私へ笑顔を向けた。

 色仕掛けで変なことをされないか心配だったが、彼女は自分の力でくぐり抜けたようだ。後はこの人を突き出すだけで全てが終わる。


 シリウスもヒルダの親から証言してもらったことで全ての証拠が揃った。

 国王陛下との面会の許可をもらい、私はヒルダを連れていく。


「良かったわね。私を断罪出来て。少しは溜飲が下がったでしょ?」


 ヒルダが私へ挑発してくるが無視する。

 シリウスにも彼女が何を言おうとも相手しなくていいと言っている。

 国王陛下は私の話と証拠の手紙を見せてから、顔を手で隠して表情を見えなくした。


「これは本当なのか、ヒルダよ?」


 何も答えないヒルダに国王陛下も肯定と取ったようだ。

 これほどの騒ぎにしたのだから、軽い刑では済まないだろう。


「恐れながら国王陛下……わたくしに意見をお許しくださいますでしょうか」

「うむ……」

「わたくしが前に太陽神の試練を乗り越えた時の褒美を今頂けないでしょうか」

「なんだと?」


 国王陛下は思ってもいなかったタイミングでの提案に面を食らっていた。

 だが一度目を閉じて彼はこう言う。


「いいだろ。制限は持たない。この者を好きに殺してもいい。そして其方の父親を無実の罪で殺したわしも好きにしていいぞ」



 周りにいる騎士達も騒つく。

 国王陛下の命が私の言葉一つで決まるのだから。

 だが私はそんなものはいらない。


「それならこの者に罪をあがなう時間を与えてください」


 さらに周りの騒つきが激しくなった。

 シリウスもまた私の決定に対して反対する。


「何を言っているんだ! ヒルダを野放しにすればまた君を危険な目に遭わせるかもしれないんだぞ!」



 シリウスの言う通りだろう。危険な芽はすぐに摘むべきだ。

 だけど私は彼女に自分を重ねた。

 もしシリウスやエマがいなければ、私は本当に今の私であったであろうか。

 常に裏切りを心配して、毎日の食事すら心配しないといけないのだ。


「ふん! 甘いわね!」


 ヒルダは私の施しなんて受けたくないと敵意を隠そうとしない。

 私は国王陛下へ目を合わせると、あちらも私の心を見透かすように見ていた。


「本当にそれでいいのか? 其方の気持ちはそれで晴れるのか?」


 国王陛下から聞かれ、私はまだ心を整理出来ていない。

 だがそれでも私は──。


「ヒルダや国王陛下に復讐しても二度とあの時は帰ってきません。わたくしのお父様とお母様はもう帰ってこないんですよ」


 もし二人を殺して昔に戻れるのなら私はどうするのだろうか。

 それはシリウスとの出会いも無くなるということだ。

 シリウスの手が私の手を取ってくれる。それだけで勇気付けられた。


「私の手は誰かを救うためにあります。ヒルダ、貴女が何をしてこようとも全て跳ね返します。だから真っ向から来なさい。自分が不幸だからと周りに当たり散らすのだけはやめなさい。でないと大事な人が分からなくなるわよ」

「えっ?」


 ヒルダが私の言葉の意味を理解出来なかったようだ。

 後ろから扉が開く音が聞こえた。


「ヒルダ……」



 遅れてやってきたのは、ダミアン王子だ。

 彼は国王の御前にも関わらず我を忘れて走ってきた。

 そして国王陛下の前で兵士に止められ、その場で膝を突いた。


「父上! 今回のヒルダの件は聞きました! どうか僕も彼女の罰を受けますから命だけは許してください!」


 何も答えない国王陛下にしびれを切らして私にも謝罪をする。


「カナリア様、これまでの無礼を承知の上でどうかヒルダを許してください! 僕も彼女が僕たちを恨んでいることを知っていながら見逃していたんだ!」



 彼は必死に頭を地面にまで付けて謝る。

 その姿に誰よりもヒルダが驚いていた。


「どうして……そこまでするの?」

「僕は君の夫なんだ。しない理由がない!」


 ダミアンは何度も私へ懇願する。

 これを聞いてヒルダの気持ちは変わるだろうか。

 彼女にも愛する人がいるという事実に。


「ダミアン王子、わたくしは彼女を一生許しません」


 無慈悲な言葉だろうが、これだけは伝えなければならない。

 ダミアンの顔が悔しそうに歪む。


「だけど殺しはしません。自分の意志で死ぬことも許しません。どうか自分を見つめてください」


 私は一生彼女を恨み続けるだろう。

 だがそれでもダミアンは喜んだ。愛する人が生き残ることを。

 何度も私へお礼を言って頭を下げ続けた。

 そして私は国王陛下へ顔を戻した。



「国王陛下もお忘れないようにしてください。元々は貴方の決めたことが彼女を生み出したことを。そして私たち帝国のせいでこのようなことが起きたことを、私は一生償います」


 帝国との戦争が終結して多くの問題がまだある。

 食料問題だってやっと着手したばかりだ。

 疲弊した民達を救えるのは、我々統治者だけなのだから。



「ああ……全てはわしの浅慮から起きたことだ。わしの仕事はこれで最後にしよう。ダミアンよ」

「はっ!」

「其方は妻の罪を知りながら隠した罪で、王位継承権を剥奪する。そして王位はシリウスに譲る」


 周りの者達は突然の退位に騒然としていた。

 しかしダミアンは当然だろうとその提案を受け入れた。


「ヒルダ」


 シリウスはずっと黙っていたが、全て吐き出すように言う。


「もし次にカナリアへ何かをすれば、たとえ彼女が庇おうとも俺は貴女を処刑する」

「ええ……好きにするといいわ」


 ヒルダは抜け殻のようになっていた。

 少しだけ時間がいるようだ。しかしまだ私はやり残したことがある。

 国王陛下にお願いして、私達の即位式を早めることを帝国へ提案してもらった。



 即位式でタイミングを見計らってシリウスと入場することになっている。

 だがシリウスの顔が少しだけ強張っている気がした。


「大丈夫ですか?」

「ああ。これでやっとカナリアのご両親に顔向けが出来る」


 たまにシリウスは真面目なことを言う。

 だけどそれが素敵だと思った。


「カナリアは俺とアルフレッド様はどっちが優れていると思う?」


 唐突な質問だ。どちらにも良いところはあるし、どちらとも欠点はある。

 だけど彼もそれは分かっているはずだ。


「そうですね……それを一生を掛けて教えてくださるのでしょ?」


 少し意地悪な返しだったかもと思ったが、シリウスは笑って答えた。


「今日、証明する。カナリアの隣に俺はずっといるために」


 自信満々な顔で言われ、私は思わずドキッとした。

 扉が開けられ、私たちは入場する。

 すると騎士達に捕まっているガストン伯爵を見つけた。

 どうやらもうすでに彼の罪が暴かれているようだった。

 私は止まって、家族を死に追いやった男を見る。

 もう諦めた顔をしているが、こんなことで終わったと思ってほしくない。


「カナリア、皇帝陛下を待たせてはいけない」

「そうですね」


 私はシリウスの腕に捕まって、また歩き始めた。

 皇帝陛下の前で一礼した。


「今日は二人ともよくぞ来てくれた。新たな新王と王妃を皆で拍手で迎えよ!」


 周りから拍手が聞こえてくる。

 久々見る皇帝陛下は申し訳なさそうな顔で私を見るのだった。



「カナリア・ノートメアシュトラーセよ。この度は冤罪をかけて申し訳なかった。君の望む物を差し出す」

「それならガストン伯爵を処刑には絶対になさらないでください」


 私の言葉に周りが騒ついた。おそらくこうなることは分かっていた。

 皇帝陛下の目が細まった。


「本当に良いのか? 其方はもう王妃だ。そのように許す心は其方の美徳かもしれん。だがいずれそれを利用する者が現れるかもしれないぞ」


 皇帝陛下から王者としてのプレッシャーを感じる。

 だけど私は笑って答えた。


「いくらでも来てください。ただし、次に挑めないくらいには心は折りますので、そこだけはご注意ください」


 皇帝陛下はフッと笑って私たちへ新王になることを許した。


「もう其方はこちらへ帰ってくるつもりはないか?」

「はい。私の居場所はもうこの方の隣ですから」


 少しだけ残念そうな顔をされる。

 だけどこれはもう私が選んだことだ。

 そして私たちの席へ行こうとしたがシリウスが動こうとしない。


「一つだけ皇帝陛下にお願いしたいことがございます」

「うむ、言ってみろ」

「アルフレッド様とカナリアにどちらが相応しいか決闘を許可頂けませんでしょうか」



 思いがけない発言に周りが騒然とする。

 これはどちらかの勝利で私の行く末も決まってしまうのだ。


「良いのか? 其方の花嫁は知らぬようだったぞ」


 もちろんそんな話は聞いていない。

 いや、さっき似たような話を聞いたかもしれないが、まさかこのタイミングで言われるなんて思ってもいなかった。

 あたふたする私と違い、シリウスは落ち着いた顔で私へ笑いかけた。


「アルフレッドを解放してやりたいんだろ? 俺に任せろ」


 彼は私の心を見透かしていたのだ。

 まだ彼の心が過去に囚われており、それを助けたいと思っていたことを。



「まさかこのようなチャンスが来るとはね。初めてだよ、僕がこれほど気持ちが沸き立ったのは」



 アルフレッドが腰に下げている剣をシリウスへ向けた。

 お互いに勝負に納得したことで、一度場所を移すことになる。

 中庭で二人の試合を行うことになった。


「では皇帝の名において宣言する。勝った者がカナリア・ノートメアシュトラーセの夫とする!」



 二人は剣を鞘から抜いてお互いへ向けた。

 どちらともすごい気迫を感じ、勝負事が分からない私にも見えない戦いが起きているのが分かった。



「では始め!」



 試合開始の声で同時に動き出した。

 お互いの剣がぶつかり、苛烈な戦いが起きた。

 何号もぶつかり、どちらも大怪我するではないかと、見ている私が怖くなった。

 二人は剣をぶつけるたびに何かを話しているようだった。


「君は本当にカナリアを幸せに出来るのか!」


 アルフレッドの剣を受けて、少し吹き飛んだシリウスは次は自分の番だと言うように踏み込んでいく。


「当たり前だ!」


 シリウスの一撃が一歩早かった。

 彼の剣の勢いに負けて、アルフレッドは地面に背中を突いて、剣を手放した。


「それまで! シリウス・ブルスタットの勝利だ!」


 シリウスは剣を捨てて私へ駆け寄ってきた。

 膝を地面に付けて、懐から小さな入れ物を取り出した。

 入れ物を私へ向けて中身を出すと、そこには結婚指輪が入っていた。


「カナリア、俺と結婚してくれ! 俺が絶対に幸せにする! 帝国に住んでいた時以上に愛情を捧げる。だから君の全てを俺にくれ!」


 シリウスは私を真剣な目で見つめる。どこでこんな作法を知ったのだろう。

 結婚指輪の風習を知らない彼はきっと一生懸命考えてくれたのだろうか。



「ええ。喜んで」


 彼から左手の薬指にはめられた。彼の髪と同じく綺麗な青い指輪だ。

 まるで彼がずっと側にいてくれるような安心感を与えてくれる。


「では私もこれに相応しい働きをしますね」


 シリウスの後ろで倒れていたアルフレッドは悔しそうに立ち上がった。

 そして私は彼の前に立った。

 だけど彼は顔を下に向けてこちらへ目を合わせようとしない。


「はは、格好悪いところを見せたな」

「本当です」

「えっ──」


 私は彼の頬を思いっきり叩いた。

 すると彼は無防備だったせいか、私の一撃を受けて横に倒れた。

 周りは私の突然の言動に口を開けていた。

 彼もまた何が起きているのか理解出来ておらず、頬を触っていた。


「いい加減立ち直ってください! わたくしの元婚約者なら少しは格好良いところを見せてくださいよ」


 彼の目が揺れていた。これでいい。もう彼との関係は一旦終わり、これからは新しい関係になるのだから。



「私の故郷を守ってください。そしていつか私は遊びに行きますから」


 アルフレッドはやっと時が動き出すのだ。私は彼に手を差し出した。


「ああ。みっともない姿を見せたな。僕はこの国の立派な皇帝になる。君が帰ってきても恥ずかしいと思わない、素敵な国を続けてみせる」



 彼から握手を返された。これでもう彼は大丈夫だろう。

 後は──。


「では皇帝陛下、ノートメアシュトラーセ領の賠償のお話をしてもよろしいでしょうか?」

「ぬ!?」


 突然話を振られた皇帝陛下は戸惑っていた。

 だがすぐに元の威厳を出して、ゴホンっと咳払いをする。


「うぬ。もちろんだ」

「それでしたら、今回の冤罪の賠償金と領地の鉱山の採掘権の一部、それと貿易の優先権を一番にしてもらいたいです。後はガストン伯爵の資産の八割はもらいたいです。それに加えて毎年資産の一部をもらいます」

「わ、分かった。それくらいは当たり前だ」

「あとですね──」

「まだあるのか!?」



 私はさらに条件を何倍も付け足して、総額ではブルスタット公国の国家予算十年分くらいは交渉で手に入れた。

 アルフレッドも顔を真っ青になっている。


「流石は僕の元婚約者だよ」


 彼は呆れた顔をする。しかし私とシリウスはお互いに笑い合って声を揃えた。


「当たり前ですよ」

「当たり前だな」


 アルフレッドはまた面食らい、そして大きな笑い声を上げた。

 そしてシリウスは私を抱き抱えて持ち上げた。


 私はもう帝国の女ではない。

 最初は蛮国に嫁ぐことに忌避感もあったが、今の私はこの国の人間だった。

 シリウスへ短いキスをして確かめ合う。もう私の居場所はここなのだと。

 私は笑顔でみんなに宣言した。



「だって私はカナリア・ブルスタットですもの!」」

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