最終章 カナリア・ブルスタットはいかがでしょうか

第35話 ギクシャクした二人

 無我夢中でヴィヴィを助けようとした。

 だが縄を持つ手に力が入らず、二人とも投げ出されてしまったのだ。


「カナリア!」


 あやうく地面に落下しそうになった時に、シリウスが私をしっかりと受け止めてくれた。


「シリウス様……」

「ふう、良かった。無事で……」


 彼はホッとした顔をしていた。

 そこで私はヴィヴィの安否が気になった。


「シリウス様! ヴィヴィは──!」


 シリウスの顔が向く方向をみると、アルフレッドがヴィヴィを受け止めてくれている。

 彼女の目が閉じているが、顔色は悪くはないのでおそらく気絶したのだろう。

 犯人達は逃げてしまっており、後は騎士達の仕事だ。

 急に色々なことが起こりすぎて何だか疲れてしまった。


「カナリアの行動力には驚かされるよ」


 シリウスに呆れた顔をされ、私は無我夢中だったため、手段を選んでいる場合ではなかったのだ。


「申し訳ございません。あの……シリウス様、重いですから降ろしてくださいませんか」



 だがシリウスは少し考えた後に、少しだけ悪戯っ子のような顔を向けた。

 私を抱いたまま降ろす気配が無いように見える。


「カナリア……俺のことはシリウスって呼んでくれるんだろ?」


 どうして急にそんなことを聞くのだろう。

 もちろん呼ぶのはいいが、流石に二人っきりの時以外はあまりよろしくないのではないだろうか。


「えっと……」


 このままではずっと降ろしてくれなさそうだ。

 何だか子供みたいだと、私は彼の望むままに応える。


「シリウス……」


 彼は満足そうな顔で降ろしてくれた。

 ヴィヴィを侍従に任せたアルフレッドはこちらをずっと見つめていた。

 そして私と目が合うと背けられた。

 そういえば先ほどアルフレッドから求婚をされたことを思い出す。



 ──アルフレッド様も苦しんでいたのね。



 ずっと私を捨てたと思っていたが、今日の件で彼は私を守ろうとしていたことがわかった。

 だけど私はもうこの運命を受け入れ始めている。

 しかし彼は時が止まったままなのかもしれない。


「シリウス、お願いがありますの」

「急に改まってどうしたんだ?」

「私に王妃様との面会の許可を頂きたいです」


 シリウスとアルフレッドはどちらも驚いた顔をする。


「急にどうしたんだ!?」

「私は全ての真実が知りたい……もし父が本当に不貞を働いていたとしても、前に進むために王妃様に会わねばなりません」



 私の父が本当にシリウスのお母様と不貞を行ったのかは分からない。

 だがこのままでは誰にとっても良くない結果を招くような予感があった。

 アルフレッドは希望に縋るような顔で私へ問いかけた。


「もしノートメアシュトラーセ伯爵が無実ならカナリアはどうするんだ?」



 シリウスの顔が強張っていた。

 もし私の父に反逆の意思がないのなら、冤罪として私の国外追放も解かれるだろう。

 だが私は過去へ戻るつもりはない。


「私はたとえ父が無罪でも、この国に残るつもりです」


 アルフレッドは何かを言おうとしたが、口を閉ざして続きの言葉を言わなかった。

 そして彼は私の横を通り抜けていく。


「シリウス……後で一杯付き合ってくれ。久々ボードゲームをしたくなった」

「かしこまりました」


 二人は目だけで何かを語り合っていた。

 アルフレッドが消え、私はシリウスへ尋ねた。


「お二人は仲が良いのですか?」


 シリウスは少し遠い目をする。


「そうだな……彼は俺たちが人質で帝国へ留学した時でも、差別することなく分け隔てなく接してくれた。そして俺が一方的にライバル視していたんだ」

「そうだったんですか?」

「ほとんど負けたがな。勉強も剣術も。たまに勝てばすぐに俺より上に行く、嫌な奴であり、良い奴だよ」


 へえ、と意外だと思った。

 アルフレッドは何でも出来る万能な人間であるためか、勝負事には興味が無いと思っていた。

 そんな彼が真っ向から勝負を受ける姿が想像出来なかった。


「シリウスも負けず嫌いなところがあるのですね」


 子供っぽいがそれが男の子だなって思う。

 するとシリウスは私の肩に手を回して抱き寄せて私の耳元で囁いた。


「好きな人には誰だって格好良いところを見せたいからな」



 自分の顔が赤くなっていくのを感じた。

 今の言葉を要約すると、前から彼は私のことが好きだったように聞こえる。


 それ以上は深く聞けずに、今日のパーティを終え、シリウスはアルフレッドと遊びに行ったのだった。



 次の日にやっと国王陛下の診療の許可をもらい、私は国王陛下の診察を行い、薬を渡した。



「まさか、其方からの施しを受けることになるとはな」



 国王陛下は薬を水と共に飲む。

 かなり長い期間、鉛の毒が入ってしまったので、しばらくは私が経過を観察しないといけない。

 あまり長く滞在しても嫌がられると思い、私は席を立とうとしたら止められる。


「褒美を考えておけ。わしに出来ることなら何でもしよう」


 まさかの申し出に私は困惑した。


「褒美なんて頂けません!? 私の願いは治療をすることで叶いましたので……」


 だが国王陛下は首を振った。


「これはわしが自らの意思で飲んだのだ。其方の褒美は別で取らせる。じっくりでいいから考えておくように」


 それならとハロルドの釈放をお願いしたが、罪を軽くしては他に示しが付かないらしい。

 それと勝手にふらつくのでお仕置きも兼ねたいらしい。

 後で差し入れでもあげよう。


「シリウスよ」

「はい!」

「王妃との面談は許可する。連れて行くなら好きにしろ」


 私は心の中で喜んだ。

 これで王妃様とお話しができる。

 部屋を退室した私とシリウスは、王妃様の離宮へ向かった。


 お互いに無言で歩くため、少し気まずさがあった。

 今日はいつもよりシリウスの口数が少ない。

 何かを思い悩んでいる顔だ。


「シリウス、どうかしましたか?」

「えっ……何もないぞ! あはは……」



 笑って誤魔化されてしまった。

 昨日、アルフレッドと飲み明かしたらしいがそれで疲れているのかもしれない。


「もしかして疲れているのではありませんか? 後で身体の不調を整えるお薬を持っていきますね」

「ありがとう、カナ──」

「あっ!」

「どうした!」


 思わず大きな声を出してしまい、シリウスが心配していた。

 大したことではないが、自分で言ったことであることを思い出した。



「ヴィヴィが爆破して使えなくなっていました……」

「そういえばそうだったな」


 薬は無事だったが部屋は悲惨な状況で修理が終わるまではまともに使えないだろう。

 それならもっと別のことで癒せないだろうか。

 私はふとあることを思い出した。



 最近はシリウスに添い寝をしてもらっている。

 一緒のベッドで横になりながらお喋りをして、私が眠ったら彼は部屋に帰るらしい。

 自室で誰かが側にいるからか私の最近の目覚めは心地良い。

 それなら彼の部屋で私がその役をやれば、もしかしたら彼はゆっくり休めるかもしれない。


「ねえ、シリウス……」


 切り出そうとした時に、急に恥ずかしくなってきた。

 もしかしたら、はしたないと言われるのかもしれない。

 でも夫婦なんだから別におかしくはない。

 しかしどうしてか口から、今日はシリウスの部屋に行ってもいいですか?、の一言が言えなかった。

 固まっている私に、シリウスは困惑したような顔をする。


「どうしたんだ?」


 私は意を決した。


「いつもシリウスが私の部屋に来てくれるではありませんか……だから今日は私が──」


 私は勇気を出して言ったが、ちょうど彼の言葉が被ってきた。


「そのことだがカナリア。今日から君の部屋に行かないようにするよ」

「えっ……」


 シリウスはこれまで見たことがないほど辛そうな顔をしており、私に顔が見えないようにするかのように、王妃の住む離宮へと早足で向かうのだった。

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