第34話 友達はいかがでしょうか ヴィヴィアンヌ視点

 わたくしはヴィヴィアンヌですわ!

 カナリーがわたくしの領地で苦しんでいる人たちの薬を作り終わり、フーガ族を逃すために港町まで作ってくれ、その慰労を兼ねた夜会が開かれた。


「あら……カナリーがいないわね」


 食事を頂いている間に、いつの間にか姿を見えなくなっていた。

 お話をしたいことがあったのに残念だと、また他の料理を食べようとすると、コソコソしている王弟のハロルド様を見つけた。


「こんばんはですわ」

「うわっ!?」


 普通に話しかけたはずなのに思った以上に驚かれた。

 するとボトボトと服の中からお菓子の詰め合わせが落ちてくる。


「あら? まだこれ食べてないですわ! ハロルド様、独り占めするつもりだったのですか!」

「違う、違う! お前にあげようと思って取っておいたんだ。ほら、受け取れ」



 わたくしはハロルド様からお菓子の包みを一つだけもらった。

 見えた限りでもあと四つは詰め合わせがあったが、おそらくは別の方に渡すつもりだろうと納得した。


「ありがとうございます! カナリーの選ぶお菓子はどれも美味しいから楽しみでしたの」



 カナリーは前に国ではかなり偉い伯爵の令嬢だと聞いているので、良い舌を持っているのだろう。

 だけどわたくしの領地でもパンを牛乳や砂糖を入れて煮る美味しいおやつがあるので、今度また来てくれた時にはご馳走をしたいな。

 どんどん次の楽しみが増えていく。


「あっ、そういえばカナリー知りませんか? 一緒にお話をしたかったのにどこにもいらっしゃいませんの」

「嬢ちゃんなら着替えに行ったぞ」

「えっ!?」


 どうやら偶然にもワインがドレスに掛かってしまったらしい。

 それなら着替えが終わるまで美味しい食事を堪能しておこう。

 その前に少しだけ化粧室へ行ってこよう。


 化粧室から出て会場に戻ろうとした時、ふと誰かの気配を感じた。


 ──カナリーかしら!


 驚かせてあげようと考え、気配のする方へ向かった。

 廊下を曲がって、大きな声で驚かせよう。


「か──」


 チラッと見えたのは黒装束の男達だった。

 慌ててわたくしは口を塞いで曲がり角を引き返した。



「どうした、振り返って?」

「誰か声が聞こえたような気がしてな」

「会場の声だろ。ほら、行くぞ」


 どうにかわたくしのことがバレずに済んでよかった。

 怪しい輩がいるので、誰かに知らせたほうがいいかもしれない。

 だが次に聞こえた言葉に足を止めさせられた。


「早く薬とやらぶっ壊して帰るぞ」


 不穏な言葉にわたくしは心臓が高鳴る。

 誰かを呼びに行きたいが、それまでにこの者達から薬を破壊するかもしれない。

 もしそうなったら、また一から薬の大量生産をしないといけない。

 そうなると太陽神の試練の期日を過ぎ去ってしまい、カナリーがこの国から居なくなってしまう。


 ──わたくしがカナリーを守るのよ!



 おそらく彼らは薬が置いてある薬室の保管庫へ行くつもりだろう。

 気配を消してわたくしは慎重に追いかけた。

 予想通り薬室の保管庫に入っていき、わたくしは今がチャンスと中へ勢いよく入った。


「なっ!?」



 黒装束が二人おり、わたくしは一番近くにいた男の股間を蹴り上げた。


「おわんっ!」


 男は倒れ込んだ。

 男と戦うときはこうしろと教えられたので、その通りにしたら予想以上に効いてくれた。

 もう一人の男も封じ込めたかったが、それよりもまずは──。



「っち! 待て!」



 わたくしはすぐに隣の保管庫へ入り込んで、鍵を閉めて入れないようにする。

 この部屋にはさらに二つ保管室があるので、どちらに保管しているかカナリーから聞かないと分からないようになっている。

 そのおかげで先手が打てた。

 ドンドンッと突進してくるせいで、木のドアはミシミシと音を立てる。

 もう一人の男も加勢したら、長くは持たないだろう。


「どうしましょう……何か方法が……カナリーから色々教わった気も……」


 わたくしはとりあえず部屋を見渡すと、平置きされている袋に目を向けた。

 それを急いで取り出して、土台に乗って黒装束達がいる部屋の小窓を開けた。



「おい、早く起きろ! 一緒にタックルするぞ!」


 もう時間がない。

 わたくしは袋に切れ目を作って、それを小窓の外へと放り投げた。

 すると黒装束達は騒ぎ出した。


「なんだ? こ、粉?」


 わたくしは備品棚から取ったマッチに火を付けて、それを同じく小窓の外へと放り投げた。

 カナリー曰く──。


 ……絶対に小麦の粉があるところで火を使わないでくださいね。特に薬室で爆発なんて許さないわよ!


 そう、小麦は火があれば爆発するのだ。


 ドガーッンと音と共に爆発を起こし、保管室のドアを吹き飛ばした。

 これは隣の部屋は悲惨なことになっているだろうなと思い、あと黒装束達も生きているのか心配になった。

 外へ出てみると壁が壊れて外の景色が丸見えだった。


「絶対に怒られますわね……」


 でもこれでカナリーは帰らずに済むだろう。


「よか──った……」


 ホッとした時、お腹に強い衝撃が来た。

 痛みで倒れてしまい、何が起きたのか分からなかった。



 〜〜☆☆〜〜


 リンギスタン帝国から第二王子のシリウス様と婚約するため、カナリア・ノートメアシュトラーセという赤い髪の女性が嫁いできたと聞いた。

 わたくしはその日は参加しなかったが、噂ではとても綺麗な人だと聞いている。

 他の社交で一度は会ってみたいと思っていたが、一向に彼女と出会う機会はなく、お父様に尋ねたら、驚きの答えが帰ってきた。



「歓迎の日にご自身で毒を飲まれたのですか!?」



 どうやらカナリア様は見知らなぬ土地に来た不安から、ご自身で毒を飲んでしまって療養中らしい。

 元々薬学の知識があったので、そのような手段に出てしまったと、第一王子の妃のヒルダ様が涙を流して、気持ちに気付いてあげれなかったと悲しまれていたそうだ。

 理由は分からないが、カナリア様は祖国を追い出されたらしい。


「そんな……それはお辛いでしょうに」



 おそらく彼女は今ものすごく傷付いているはずだ。

 それならわたくしがこの国の魅力を伝えてあげたい。

 そして国王陛下の誕生祭で念願のお話ができ、想像していた以上に綺麗で、自殺を望んでいるような人には見えなかった。

 もっとお話をしようとしたが、お母様に怒られ、耳を引っ張られて、その日はそれ以上お話が出来なかった。


 だけど彼女はなんと国王陛下に太陽神の試練を挑んだのだ。

 あまりにもその姿が眩しく、もっと彼女とお話をしてみたいと思えた。

 そして偶然にもその試練の場所はわたくしの領地だったため、村の祭りの日に合わせてもらえるように、お父様にたくさんおねだりをしたのだった。



 〜〜☆☆〜〜


「うっ……」



 腹の痛みで、目を覚めた。

 すると馬の上に寝かされ、腕は後ろで縛られていた。


「起きたか」



 黒装束の男がわたくしに話しかける。

 そうだ、急に腹に衝撃が来て気絶したのだ。



「おっと、暴れるなよ。そんな不安定な体勢じゃすぐに落ちるぜ」



 このまま馬から落ちたらタダでは済まないだろう。

 それよりも薬は守れたのだろうか。


「てめえのせいで計画は台無しだ」


 黒装束の男は舌打ちをする。


 ──良かった……それなら薬は守れましたのね。


 これでカナリアは国に帰らない。

 しかしわたくしが危ない状況だった。



「こうなったらお前には責任を取ってもらうぜ。楽しく遊んだ後は奴隷市場だ。知っているか? 奴隷は不貞を働いたことにはならねえんだよ。人権がねえからな!」



 欲望に満ちた言葉に吐き気がする。

 だけどカナリーが絶対に助けてくれるはずだ。

 だって彼女はわたくしの──。


「ヴィヴィィィ!」


 彼女の声がどんどん近付いてくる。

 その声の方をみると、彼女は前にわたくしがやったように、木に縄を引っ掛けて二階から飛び降りていた。



「なっ!?」



 馬に乗っている黒装束も驚きの声を上げた。

 まさかバルコニーからカナリーが飛んでくるなんて思わなかったのだ。



「手を出しなさい!」


 わたくしは手を伸ばして彼女の手を掴んだ。

 すると引っ張られて馬から引き離される。


 そして振り子のように揺られた。


「お、重い……」


 カナリーの腕がプルプルと震えている。

 わたくしを支えるのが厳しくなっているのだ。


「カナリー離してください! 貴女までも──」

「いやよ!」


 カナリーは強く否定した。


「友達を見捨てたら、ノートメアシュトラーセ家の恥よ!」


 だけど彼女の力はもう限界だった。

 縄から手が離れてしまい、わたくしと共に落ちてしまう。


「カナリア!」


 声が聞こえたと同時にわたくしの体は抱き抱えられた。

 カナリーはシリウス様に抱き抱えられ、わたくしは見知らぬ黒髪の男性に抱かれていた。


「よかった……」


 カナリーが無事で良かった。

 ホッとすると意識がまた飛んでしまう。


 その後、黒装束達は捕まったが、口を割る前に毒を飲んで死んでしまったらしい。

 結局は誰が指示を出したのか分からず仕舞い。


 だけど薬は無事で、カナリーが隔離村の者達へ薬を打って、太陽神の試練は本当に終わった。

 そしてわたくしは彼女に人気のお菓子を振る舞った。


「やっと終わりましたね」


 彼女もホッとした顔で美味しそうに菓子を頬張る。

 これで彼女は残ってくれることが決まったのでとても嬉しい気持ちになった。

 すると彼女は訝しげな顔をする。


「どうしたの、そんなにニヤニヤして?」

「だってカナリーが残ってくれますし、それにカナリーの口から聞かせてもらって嬉しかったですわ」



 彼女は首を傾げた。


「何か言ったかしら?」

「友達って言ってくれてとても嬉しかったですわ」


 思えば病が呪いと噂されたせいで、友達が一人も出来なくなった。

 わたくしの初めての友人は、太陽神の試練すら乗り越える凄い人なのだから、何だかわたくしも誇らしくなった。

 彼女は少し顔を赤らめて慌て出した。


「あ、あれは咄嗟のことよ!」

「えっ……そうですよね、わたくしなんか友達に相応しくないですわよね……」


 浮かれていたのはわたくしだけだったようだ。

 彼女は王族なのだからあまり失礼なことばかりするなと、何度もお母様から怒られている。

 これから彼女はもっと大変な公務をするのだから、あまり困らせてはいけない。


「ちょっと! そうよ、友達よ! ヴィヴィは私の大事な友達よ!」


 カナリーが照れ臭そうに顔を背けた。

 その言葉を聞いてわたくしはたまらずに彼女の手を取った。


「本当にわたくしが親友でもいいのですか!」

「一気に友達のランクを上げましたわね。まあ、いいですよ……私もヴィヴィとは一生の付き合いになる気がするもの」


 彼女はしょうがないと顔をしているが、これが彼女の照れ隠しなのだろう。


「なら、これから近くの村で祭りがありますの!」

「えっ!?」



 わたくしは彼女の手を引っ張って、前と同じく木に縄を放り投げて、降りる準備をする。


「ちょっと、ヴィヴィ! 今日は普通に階段で──」

「行きますわよ!」

「だから話を聞きなさ──いぃ!」


 これからのわたくしの毎日はきっと楽しい日々しかないだろう。

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