第33話 皇子の執着と王子の嫉妬
これは幻なのだろうか。
ブルスタット公国に本来居ないはずの彼の姿があった。
彼の姿を見て私の心が苦しくなった。
前は愛していたと思う。
だがあの日以来、私と彼──アルフレッドとは大きな確執があった。
「アルフレッド様……どうして……」
まだ彼と離れてからはそこまで月日は経っていない。
変わらない彼の姿に私の心は締め付けられた。
一生を捧げると思っていたあの頃の私に、彼は絶望を突き付けたのだから。
「アルフレッド殿下!? どうして貴方様がこちらへいらっしゃっているのですか!?」
ガストン伯爵は狼狽え、慌ててアルフレッドへ駆け寄る。
まさか皇子がやってくるなんて、私は何も知らされていない。
「ふう、間に合ってくれたか」
安心の声を上げたのは王弟のハロルドだ。
そこで私は彼が先ほど言っていたことを思い出した。
──もしかして帝国へ行ったのはアルフレッド様を呼ぶため!?
私は混乱してしまい、黙って成り行きに任せた。
「ガストン伯爵、報告が遅れたな。彼らフーガ族は僕の新しい領地の領民なんだ」
「なん……ですと?」
寝耳に水だった。しかし私の記憶ではアルフレッドには個人の領地はなかったはずだ。
「君も知っているだろ? ノートメアシュトラーセ領を分断して、各領地に統合させた後に一部は僕の領地にしたことを」
アルフレッドが私の領地を一部とはいえ管理しているなんて思わなかった。
離れてから領民の心配もしたが、アルフレッドなら問題なく統治できているだろう。
ガストン伯爵ももちろん知っているようだが、今回のことと結び付かないようで困惑していた。
「確かに記憶はありますが……しかしそれが一体……」
「人が足りていないんだ。だから移民を募集していたら、偶然にもハロルド様からご提案がありましてね。彼らフーガ族を受け入れたいと伝えたんだ」
もう決定事項のようでアルフレッドは何食わぬ顔で言い放つ。
それを聞いたガストン伯爵の顔が歪み出した。
私を嵌めようとしていた策が一気に崩れ落ちたのだろう。
しかしそれは国王の許可が無ければ到底受け入れられないはずだ。
私がブルスタット王へ目を向けると、この方も私に目を向けていた。
「お前の家族は憎い……」
ブルスタット王の呟きは怨嗟の声だった。
しかし──。
「だがお前は国のために動いてくれた。私の不甲斐ない時でも国民の不満を解消し、そして自分よりも他人の命を懇願する……ゴホゴホ」
「父上! 無理をなさらず」
「よい!」
苦しそうに咳をするブルスタット国王にシリウスは手を差し伸べようとしたが、それを断って私への視線を動かさない。
「太陽神の試練のさらに先まで乗り越える其方を認めないわけにはいかない。フーガ族の件は我々王族の怠慢でもある。わしには彼らを追い出すしか方法を思い付かなかった。だが其方は新たな道を作った」
ブルスタット国王の目は最初の時と違うように感じた。
私もやっと認めてくださったのだろうか。
だが横からヒルダが口出しをする。
「陛下! フーガ族のことを隠し立てしたのですよ! ここで罰しなければ他の民達に示しがつきません!」
ヒルダの言葉は痛いところを突いた。
アルフレッドがフーガ族を受け入れたとはいえ、それは他所の国の話だ。
この国の規則に反したことには変わらない。
「それにこの者は皇后陛下のアクセサリーも自分の物にしようとしていたのです!」
さっきまで擁護していた姿とは程遠くなっていき、この機会を最大限利用するつもりだ。
どうせこのネックレスも貴女が仕組んだのでしょ、と言いたいが決定的な証拠がなく私も反論が出来ない。
「それは俺が受けるから安心しな」
ハロルドはそう言うと騎士たちが捕まえた。
「は、ハロルド様!?」
私の代わりに罪を被るつもりだ。
勝手なことをしたのは私なのに、そんな恥知らずなことは出来ない。
だが彼は飄々とした態度だった。
「これであんたの父親には借りを返したぜ」
「え……お父様が?」
彼とお父様の関係は一体どのようなことがあったのだろうか。
「帝国との戦争を終結する時に、俺の首で手打ちをしようとしたんだ。だがよ、嬢ちゃんの親父さんが皇帝陛下に進言してくれて、俺の命まで取らなかったんだ。もう死んでいた命だ。一年の牢獄くらい我慢するさ」
ハロルドは騎士たちに連れられて、会場の外へ連れ出されていく。
ハロルドは手を振ってお別れを告げているようだった。
私は何かお礼を言わなければと思い──。
「は、ハロルド──」
名前を言った時に、ボトボトッ──!、とハロルドの服から何かが落ちた。
それは袋詰めされたお菓子だった。
どうしてこんな物がハロルドの服から落ちるのだろう。
連行する騎士の一人が発言する。
「ハロルド様、監獄と言っていましたが、貴方様は王族ですので離宮で監禁となりますので、食事の心配は不要でございますよ」
「分かってるよ! だけどお前ら絶対こういうお菓子は持って来ねえだろうが!」
ハロルドはまたお菓子を拾い上げて服の中へ入れた。
お別れなのにどうにも締まらない。
「ハロルド様、わたくしが差し入れをしますわ」
フッと顔が綻んでしまった。
今後もこの方とは長い付き合いになるだろう。
父との話ももっと聞きたかった。
「楽しみにしているぜ。爆弾だけはもうやめてくれよ」
──それは言わないでください!
周りも、爆弾……?、と不穏な言葉にまた騒つきだした。
余計な爆弾を置いていく彼には、毒入りクッキーでも差し上げようかと本気で思えた。
ハロルドはこの場から居なくなり、隣にいるヒルダへ目を向けると、私をキツく睨んでいた。
私も睨み返すと、フンッ、と鼻を鳴らした。
「安心するのは早いわよ……」
ボソッとヒルダが呟き、その言葉の意味を聞く前にどんどん離れていく。
追いかけたかったが、国王が続きの言葉を述べる。
「弟のハロルドとシリウスで決めたことだ。其方が責任を負うことはない」
私はシリウスへも視線を向けると彼は頷いた。
どうやら前々からこうなることは覚悟していたようだ。
国王陛下はマントを翻し、高々に宣言をする。
「ブルスタット国王が宣言しよう! カナリア・ノートメアシュトラーセの太陽神の試練は合格とする!」
思わず耳を疑いそうになった。
「まだ呪いの村の解決をしていないのによろしいのですか?」
震える声を抑えながら尋ねると、国王陛下は力強く頷く。
「もう薬は出来ているのなら心配はしておらん」
これまでのような敵意ある目ではない。
やっと少しだけ受け入れてくれたのだ。
国王陛下が私の代わりに騒ぎになったことを謝罪してくれたおかげで、私の悪評が広まらないようにしてくれた。
パーティも予定通り進行していき、私は風に当たるためにバルコニーへと向かった。
「カナリア……」
そこには同じく風に当たっているアルフレッドがいた。
「アルフレッド様……」
今日は助けてくれた。
だが帝国で彼から死を選ぶか、それともこの国に嫁ぐかの選択を迫られた時のことを思い出す。
あの時の恐ろしい目が忘れられなかった。
「も、申し訳ございません。邪魔をしました……」
「少し残れ」
私は退散しようとしたが、彼から引き止められる。
帝国の皇子からの言葉を無視するわけにはいかない。
しばらく景色を見続けたが、彼は特に何も言わなかった。
無言の時間が続き、何も話さないなら解放してほしいと思った。
「僕が憎いか?」
アルフレッドから答えにくい質問が飛んでくる。
「いいえ。今回も助けてくださったのなら、前もわたくしを助けるために国外追放にしてくださったのですよね」
頭では分かっているが、それでもなかなか過去を受け入れられない。
「ああ。君を守るためにはシリウスに頼むしかなかった。今回はガストン伯爵の手を封じることが出来たが、まだ前の事件の真相までは辿り着けていない」
時間がかなり経っているため、証拠を見つけるのはほとんど不可能であろう。
しかし、アルフレッドはそう思っていないようである提案をする。
「君にお願いしたい。監禁されている王妃から話を聞いてほしい。あの日、何があったのかを」
事件の真っ只中に居たのは、私の父と王妃だ。
父が死んだ今、本当に父が不貞を働いたのか分かるのはこの国の王妃だけだ。
しかし──。
「もう私はいいのです……」
私の言葉にアルフレッドは衝撃を受けていた。
だが私はずっと考えていた。
もう起きてしまったことは変えられない。
それに──。
「もう父も母も帰ってこないのですから……」
優しかった両親はもう死んでいる。
「君のご両親が濡れ衣だったら、君を帝国へ連れ戻すことができる。また僕の元へ戻って欲しい」
「え……」
彼は私に急に近付き、私の手を取った。
思わずその手から逃れるように後ろに下がってしまった。
無礼な態度を取ってしまったことに気付き、私は謝罪をしなければと思った。
「申し訳ございません……ですが、アルフレッド様にはもうすでに別の婚約者がいらっしゃるのではないですか?」
私との婚姻が無くなったのなら、おそらくすぐさま別の令嬢と婚約を結んだはずだ。
「ああ……だがそれでも、君を──」
「カナリア!」
アルフレッドの言葉を遮るように名前を呼ばれた。
シリウスが怒った顔で走ってきて、私とアルフレッドの前に立った。
「アルフレッド様、これはどういうつもりですか?」
シリウスの言葉にアルフレッドは気まずそうに顔を背けた。
険悪な雰囲気となったとき、ドカーッンと大きな音が聞こえた。
「爆発!?」
私は音のする方を見ると、手すりから乗り出してみた。
すると壁に大きな穴が空いており、そこから謎の黒装束の男達が馬に乗って走っていく。
──あそこは薬の貯蔵室!?
その時、最後のヒルダの言葉の意味がようやく分かった。
彼女は薬を全て台無しにしようとしたのだ。
このままでは太陽神の試練の達成が無に帰す。
恨みを込めて睨もうとしたら、馬に乗っている男に担がれている女性に気が付いた。
それは気を失っているヴィヴィだった。
「ヴィヴィ!?」
どうして彼女が拐われているのか分からない。
だがこの国での初めての友達が危険な目に遭っているのに私は黙っていられなかった。
私はすぐに彼女を助けるために走り出した。
後ろから二人の呼び止める声が聞こえたが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
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