第32話 カナリアへの糾弾

 会場が騒ぎになっており、慌てて戻ってきた。

 人の間を縫うように進んでいくと、フーガ族の者達が縄で縛られていた。


「あっ……」


 フーガ族と目が合い、思わず目を背けてしまった。

 だがここで彼らとの関係性がバレてしまうと私も罪に問われてしまう。

 そんな保身が自分の中にあるのが、たまらなく嫌だった。


「カナリア様、お戻りになったのですね!」


 急に声を掛けられて体がビクッと震えた。

 声の主はヒルダだった。

 笑いを堪えるような顔をしており、これが彼女の仕組んだことだとすぐに分かった。


「嫌ですわね。まさかフーガ族がこのような場所にいるなんて……そう思いませんか?」


 大きな声のせいで周りからの注目がどんどん増えていく。

 騎士達に捕まえられているフーガ族は私を見て憎むわけではなく、何かをジッと待っているようだった。



「なんだ、なんだ! 何があったんだ!」


 第一王子のダミアンもやってきて、わざとらしい大きな声を上げた。


「おお! どうしてフーガ族がいるんだ!」


 下手な芝居をするダミアンにガストン伯爵が痛ましい顔をして喋り出す。


「ダミアン様、申し訳ございません。この者達が我が国へ行こうとしていたため捕まえたのです。何でもこの国では追放された民と聞きます。帝国へ逃げるつもりだったのですしょう」

「ふむ、度し難いな! ガストン伯爵のおかげで我が国の恥を晒すところを防げました。しかしこの者達の素性では船に乗船できないはず……どうやって潜り抜けようとしたのだ?」

「それが手引きをしていた方がいるようです……」



 ガストン伯爵が私へ視線を移し、そして言い難そうに顔を下へ向けた。

 するとダミアンはニヤニヤと私を見た。


 ──分かってて、私を弄んでいるので……。


 やり方が本当に悪質だ。

 ダミアンは脂の乗った舌でまくしたてる。


「そのような不届き者がこの国にいるはずがありません! 一体誰が──」


 ダミアンがさらに踏み込もうとした時、コツンっと杖を床に打ち付ける音が聞こえた。


「騒がしいの……」


 入り口の方へ一気に注目が集まる。

 そこには国王陛下とシリウス様が一緒に入場していた。

 国王陛下を歓迎するため慌てて向かった。


「陛下、申し訳ございません。すぐにお席を──」

「それよりもだ……何の騒ぎだ?」



 ギロッと視線を向けられた。病気で苦しんでいるとは思えないほど強い目だ。

 私は何と言えばいいのか分からなくなってしまい、言葉が喉の奥で突っかえた。


「父上、よくおいでくださいました!」


 ダミアンが威勢よくやってきて私の横に並ぶ。


「ダミアンか。この騒ぎはなんだ?」


 国王陛下も私では埒が明かないと思ったのだろう。

 ダミアンはしめたという顔で上機嫌に話を始めた。


「それが父上、あのフーガ族が帝国へ逃げようとしていたのですよ!」

「ほう……フーガ族がか」

「ええ! それも何とそれを手引きしようとしている者がいたのです! 証人もこちらへいらっしゃっていますので、ぜひお話を聞きましょう!」



 ダミアンがガストン伯爵を呼び、私はどんどん心臓がキツく締められるようだった。

 ふと私を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 それは幻聴だったのかもしれない。

 だけど前を向くとシリウスが私だけに口パクで伝える。


 ……大丈夫だ。



 心が一瞬だけ軽くなったと同時に、ガストン伯爵が説明を始めた。



「ブルスタット国王、お久しぶりでございます」

「ガストン伯爵ですか。せっかく来てくださったのにこのような騒ぎになって申し訳ない」

「いいえ。この騒ぎは私のせいであると言っても過言ではないですから。実はフーガ族が我が国に不法侵入しようとしていましてね。聞けばこの国でも厄介者と呼ばれる者達だとか。もしこの事が皇帝に知られたら、大きな外交問題になっていたでしょう」



 ガストン伯爵は強気な顔で国王陛下を見た。

 属国になったとはいえ、戦争が終結したばかりのため帝国からまだまだ危険視されているのだ。

 もしまた戦争になれば、この国は簡単に潰されてしまうだろう。

 それが分かっているからこそ、ガストン伯爵は国王陛下に対しても強気に言えるのだ。



「これは大変ご迷惑をお掛けした」

「いいえ。これは我々帝国も全くの無関係ではありませんので、ブルスタット公国だけのせいではありません」

「と、言いますと?」



 ガストン伯爵はここぞというタイミングになったとばかりに私へ視線を移した。


「この件で裏で糸を引いていたのは、カナリア・ノートメアシュトラーセ様という証言がありましてね」



 私の名前を大きな声で言うことで、今日集まってくれた者達がヒソヒソと話し出す。

 まるでその流れに乗るようにヒルダが私の隣へやってきた。


「まさか噂が本当だったなんて……ですが陛下、どうかご慈悲をお与えください。この子も本来はそのような心を持つ者ではなかったはずです。ただいっときの迷いで、帝国と公国の関係にヒビを入れようとしただけなんです」


 ヒルダは私の肩を持って私にだけ愉快げな顔を見せる。

 そして私の胸元の方へ見ると、目を驚愕させた。


「このネックレスは、皇后陛下が身に付けていたモノ……どうしてカナリア様がそれをお持ちになっていますの?」



 ゾクっと背中に悪寒を感じた。

 これはシリウスから贈られた物と聞いている。

 だがシリウスも顔が強張っており、私は全てを把握した。



 ──これはシリウス様ではなく、この人が贈ったのね。



 私の家族のせいで国王陛下と皇后陛下の関係が悪化しているのだ。

 それなのに私がそれを身に着けていれば、さらなる反感を買ってしまうだろう。

 ヒルダは口元を押さえて、わざとらしい涙まで浮かべていた。


「そんなに皇后の座が欲しかったのですか……もしや次は私も──」

「違います! これは贈り物で入っていたので──」


 これ以上勝手な作り話をされてはどんどん私の心象が悪くなっていく。


「其方らどちらも黙れ」



 ドンッと国王陛下の杖が床を叩きつけた。


「カナリア・ノートメアシュトラーセ、其方から言うことはあるか?」


 まるで首元に死神の鎌が添えられている気がした。

 ここで嘘を言えば私の首を刎ねられる……そんな予感だ。


「わたくしがフーガ族を匿っていたのは事実です……彼らを亡命させ、帝国の小さな領地を買い与えて、今後はこちらとの貿易で繋がりになればと考えていました。決してこの国に不利益を与えるつもりはありません。それにこのネックレスも私は贈り物で届いたので受け取ったまでです。誰かが私を陥れるために……」



 それはヒルダであろうことは間違い無いのだろうけど。

 私の視線とヒルダの視線がぶつかった。


「まあ、自分が助かるためにそのような嘘を……」


 ヒルダが私に追い討ちをかけた。

 理由なんて意味はない、結果的に私はこのネックレスを身に着けているのだから。


「だがフーガ族の恨みは我々を殺しかねない。それは分かっているな? お前の勝手な判断で、帝国に大きな損害を与えるところだったのだぞ」

「はい……ですがどうかフーガ族にも慈悲を与えてください! 私も祖国から追放され、戻れなくなった気持ちは分かります。どうか彼らに住む場所だけでも──」


 国王陛下は腕を上げて私の言葉を遮った。

 もうこれ以上は喋るなということだ。

 するとガストン伯爵が私の前に出る。


「ブルスタット国王、これは我が国が花嫁として彼女を送ったことが一番の責任です。お互い水に流すためにも、この者の処遇は私に任せてもらえませんか?」

「ガストン伯爵にですか……そうしたいのですが、残念ながら出来かねる」

「ほう……それですと、ブルスタット国王自ら処罰してくださると?」



 ガストン伯爵の言葉は帝国の言葉と言っても差し支えない。

 国王陛下は私をジーッと見つめ、そして重い口を開いた。


「いいや、カナリア・ノートメアシュトラーセは関係者であって、この件に関しては特に処罰をするつもりはない」


 国王陛下から放たれた言葉は私を含め、全員を驚愕させた。


「何を馬鹿なことを! いいですか! これは帝国の、皇帝の言葉を無視するに等しいのですよ!」


 ガストン伯爵は思い通りにならないことに腹を立て、国王陛下に対して失礼な言動になっていく。

 国王陛下もその言葉に臆することなく言葉を返す。


「帝国からそのように言われている」

「馬鹿な! 私がこの国を一任されています! 一体誰のことを──」



 国王陛下が突然、後ろを振り返った。

 そこには一人の男性がいる。

 白い正装を身に付けた黒の髪の男性が。

 その男性は私がよく知る方だった。


「ガストン伯爵、報告が遅れてすまない。この件は私が動いていてな。第一皇子であるアルフレッド・リンギスタンがな」



 私の元婚約者であるアルフレッド皇子が現れた。

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