第2話
八月三日
約束した通り、今日も葉月は自転車を走らせて映画館へと向かう。昨日より日差しが強く、気温も高い。ハンドルを握る手が汗ばみ、額から吹き出た汗が滴り落ちる。
「暑すぎる」
葉月は道の途中で自転車を止め、体の前、お腹の辺りにかけていたショルダーバッグからペットボトルを取り出し水分を体へ流し込む。手の甲で汗をぬぐい、お茶をしまうついでに黒い無地の帽子を取り出した。荷物に挟まれぺたんこになっていた頭の部分を開いて被る。自転車に乗っていると、向かい風で帽子が飛ばされてしまうのではないかと思いここまで被っていなかったが、そんな心配をしている余裕はなかった。それほどに今日は暑い。両サイドに畑が広がる道には日陰を作ってくれるものが存在しておらず、冷房の効いた映画館がとても待ち遠しい。
数分後、無事にナギの待つ映画館に到着した。顔全体のほてりを感じながら自転車を止めて鍵を抜いていると、背後から別の自転車が現れた。浩介だった。
「こんにちは」
葉月は自転車の鍵をズボンのポケットに入れてから、手で自分の顔を扇ぐ。
「昨日ぶりだね」
昨日と全く同じ爽やかな笑顔。葉月は浩介が自転車を止めるのを待ってから一緒に映画館の入り口へと向かった。
「暑いですね」
浩介も自分の手をおでこに当てて、顔に陰を作るようにしている。
「そうだね。もう少し過ごしやすいと良いんだけど」
一歩前を歩いていた浩介が入り口の扉を押し開ける。すると中から涼しい空気が漏れてくる。待ち望んでいたのはこれだったと考えながら、葉月は帽子を取る。
「二人ともおはよう」
館内に入ってすぐ、左から声が聞こえた。ナギが入り口左の少し陰った位置にあるソファに座っていた。
「もう昼過ぎだけど」
「一番初めの挨拶は、何時だろうとおはようで良いんだよ」
今日は襟付きの水玉模様のシャツワンピースを着ているナギが、軽い口調で言う。
「確かにそうだな」
浩介がナギの正面に立つ。身長の高い浩介と、座った状態の小柄なナギ。大人と子どもが向き合っているみたいだ。
「浩介さん、でしたよね?」
葉月は改めて浩介の名を問う。
「おいくつなんですか?この時期に毎日休みってことは大学生ですか?」
葉月は浩介に対し、続いて年齢を問う。浩介本人に対して特に興味はなかったが、年上ならばこのまま敬語を使い続けるべきだし、同い年かもしくは年下ならば煩わしい敬語は外してしまいたい。
「大学二年だよ。君は俺の一つ下なんだよね?昨日ナギから聞いた」
年上だったため、敬語は継続だ。
この辺りに住んでいて、学年が一つ違うだけなら顔を知っている可能性も十分にあったが、葉月は浩介を全く知らなかった。きっと住んでいる地区が微妙に違っているのだろう。
「そうです。葉月って呼び捨てで呼んでもらえれば良いですよ。それと、そんなに気を遣って話をしてくれなくても大丈夫です」
葉月は浩介の目を真っ直ぐ見る。
「そんなに気を遣ってるように見えた?」
浩介は葉月から目を逸らす。
「まあ、はい。けど別に深い意味は無いです。この映画館の営業するのが期間限定なように、私達が会うのもきっと期間限定ですから。それくらいの距離感で良いと思っただけです」
空を見つめていた浩介が、少し間を置いて葉月の方を向き直す。
「そうかもしれないな」
浩介は染みついてしまった笑顔を崩して、軽く笑った。
「そっちの方がずっと自然で良いですよ」
ナギは二人のやり取りを静かに眺める。思っていたより相性が悪くなさそうで良かったとこちらも微笑む。そのまま葉月と浩介は別々の部屋へと入って行った。二人に手を振りながら、ナギも別の部屋の扉を開ける。
葉月が入ったのは二番の部屋。今度は誰もいない部屋で、座席の中央辺りの椅子に座ってみる。スクリーンに映し出されているのは学校の様子。一番の部屋の街の映像とは違って、カメラは定点ではなくゆっくりと動いているようで、スクリーンの映像もゆっくりと移り変わっていた。
綺麗で新しそうな校舎内には人がいない。誰もいない廊下をゆっくりと進んで行くと、窓からは部活動をしているのであろう学生達の掛け合う声が聞こえてくる。どの声も女の声だった。ここは女子校なのかもしれない。それを裏付けるように、廊下を進んだ先に見えるトイレの表示は女子のものしかなかった。
方向を変え、ドアが開いている教室に入っていく。綺麗に揃えられた木の机と椅子。黒板にはうっすらと消し損ねた数式が残って見えた。教室の窓は全て開けられており、入ってくる風の音と、それによってカーテンが揺れる音が心地よく耳に入ってくる。
暖かな日の光が木の机を照らす。机の横には体育館シューズの袋がかけられている。全く知らない場所であるはずなのに、どこか懐かしさを感じる。それは数ヶ月前に高校を卒業したばかりだからだろうか。
教室をぐるっと一周して再び廊下に出る。階段を下っていくと、遠くから足音が聞こえた。走っているようなテンポの早い軽快な足音。その足音の主、髪を後ろで一つに結んだ女子生徒がスクリーンに登場する。中学生か高校生か、袖に太い黒のラインが入ったセーラー服を着たその少女は、両手に毛幅の広い筆をいくつか持っている。その先には赤や緑や黄色などそれぞれ違う色のペンキか絵の具がついていた。
少女はこちらを一切見ずに、横を通り過ぎていった。後方から水の音が聞こえる。きっと手洗い場の水で筆でも洗っているのだろう。葉月はスクリーンから意識を遠ざけて、我に返る。この映画のコンセプトは何なのだろうか。
通り過ぎていく少女はカメラを全く意識していなかった。昨日見た街の景色は作り物という感じが一切なく、ただただ通り過ぎていく人を映しているという感じだったが、この映像にはシナリオがあるのだろうか。今出てきた少女は本当はこの学校の生徒ではなく、どこかの劇団に所属する子役なのだろうか。二つの映画を撮ったのは同じ人物なのだろうか。そしてナギはなぜこのような映画をチョイスしたのだろうかと思った。
考え始めるといろいろと疑問が湧いてくる。ナギはこの映画館に三人を呼んだと言っていた。呼んだということには、自分はナギとどこかで会ったことがあるのだろうか。それとも無作為に呼ばれただけなのだろうか。
「私、ナギに自分の名前言ったっけ?」
葉月は昨日の出来事を思い返す。どうだったか、あまり覚えていなかった。名乗ったような、名乗っていないような。
そこでガタンという大きな音がスピーカーから放たれた。葉月は思いがけないその音に体を大きく動かす。スクリーンに映っているのは誰もいない下駄箱の映像で、どこの誰がどのような原因でその音を発したのかは分からなかった。葉月はまた、スクリーンの中の世界へと傾倒していく。
葉月が部屋を出ると、ロビーが少し賑やかだった。離れたところからその様子を見ると、ナギと浩介ともう一人、前髪が長めの色白な少年が一つのテーブルを囲んで座っていた。
「あ、葉月ちゃん。こっち来て来て」
ナギに手招きされ、葉月は人だかりに近づく。用意された椅子に座り、ショルダーバッグを膝の上に抱える。
「よし、これで全員そろった」
ナギは満足そうな顔をしながら、三人を見回す。葉月は一体何の話をしていたのかと思い浩介に目を向ける。しかし浩介もナギを不可解な面持ちで眺めていた。四人で向かい合った時ちょうど正面に座る色白の少年は、涼しげな、平然とした顔でナギを見ている。
そんな三人の様子を全く気にする素振りを見せず、ナギは高らかに話始めた。
「それでは改めまして。私はこの映画館の臨時館長、ナギです」
映画館全体を抱くように両腕を大きく開く。
「葉月ちゃんと、浩介君と、湊君をここに呼んだのは、三人とお友達になりたいなって思ったからです」
ナギの言葉を聞いて、葉月は初めて少年の名を知る。
「私は訳あって八月いっぱいしかここに来ることができないんだけど、その間ならいつでもいるから三人にもできればたくさんこの映画館に遊びに来て欲しい。それで、たくさん楽しい思い出を作りたいな」
湊がゆったりとした拍手をする。表情は変わらなかったが、それは賛成を表しているようだ。拍手を受けてナギは心底嬉しそうに笑う。
「俺達を集めたのは、そんな理由だったのか。まあ良いんじゃないか」
浩介は拍子抜けというような感じだったが、どこか楽しそうでもあった。
「葉月ちゃんはどう?」
ナギに尋ねられて葉月は考える。名前しかしらない人達と、三日前まではその存在すら知らなかった映画館で過ごす夏。案外悪くないかもしれない。
「私も暇だし、八月はここに入り浸ることにするよ」
葉月は頬杖をついて、にやりと笑う。
「本当に?嬉しい。それじゃあ、さっそくこの夏をどう楽しむか皆で考えよう」
ナギは書くものを取りに一旦席を立った。残されたのは葉月と浩介と湊の三人。葉月は湊と目が合った。
「初めましてだよね。私は葉月、よろしく」
湊に微笑みかける。
「僕は湊」
湊は浩介とは対照的に表情がほとんど変わらない。いつでも涼しげな顔をしていて、言葉数も少ない。だからと言って暗いというような印象は全く受けない、独特の雰囲気をまとった少年だった。
「二人はもうここで会ったことがあったんですか?」
浩介と湊を交互に指さす。
「昨日少し挨拶したくらいだよ」
浩介が言い、湊がうなずく。
「今、高校二年生なんだってさ。俺達より年下だな」
「高校生なら夏休み中に部活とかないの?」
「あるけど、午前中」
湊の白い肌を見て、きっと文化系かそれか室内で行う運動部なのだろうと葉月は勝手に予想した。そこでナギが戻ってくる。手にしていたのは新品のノートと備品のような何の変哲も無い黒のボールペンだった。椅子の上で正座をして、前傾姿勢で座る。
「それで、この夏に何をしたい?私はね、流しそうめんとかしてみたいな。今まで一回もやったことないんだよね。長い筒を用意して、高いところから流すの。楽しそうじゃない?」
「僕の家に、竹がある」
「すごいな」
「じゃあ、流しそうめんは決定ってことで」
ナギがノートに書き込む。
「俺は夜空の観察でもしたいかな」
続いて浩介が提案した。
「八月の中旬くらいに流星群があるだろ?それを見たい」
浩介がスマホでペルセウス座流星群についてまとめられたページを表示し、テーブルの中央に置く。
「流星群って、流れ星?」
ナギが画面をのぞき込んで問う。
「そうそう。流れ星ってなんだかんだ見たことないなって思ってさ」
「この辺りでも見られるんですか?」
「多分、見れるんじゃないか。映画館周辺は高い建物も特に無いし、空も開けてるから天気さえ良ければ大丈夫だと思う」
浩介が画面をスクロールする。観測に最適な日であれば、街中の暗いとこでは一時間で三十個ほどの流星を見ることができるらしい。その日付をナギはノートにメモする。
「葉月は?何かある?」
浩介に尋ねられて葉月は考える。夏らしい、夏にしかできないことは何だろうか。プール?海水浴?いや、でも人が多いところは論外だ。静かな夏の楽しみ方だってあるはずだと考えを巡らす。
「あ、花火」
電車で目にした花火大会の広告を思い出した。花火は毎年、映画館のすぐそばを流れる川の上から打ち上げられる。ここからであれば、人混みに足を踏み入れることなく打ち上がる花火を楽しめるのではないかと思った。
「八月二十日に花火大会があるじゃん。それ、ここからなら落ち着いて見れるかなって思って」
「打ち上げ花火か、夏らしくて良いな」
浩介がいつの間にか取り出した缶を開けて、冷えたココアを飲む。
「良いね。見るだけじゃなくて、花火をするっていうのもアリだよね」
その後も、ナギを中心に様々なイベントが提案される。しかし、遠出をするようなイベントがナギによって賛成されてノートに記されることはなかった。ノートに箇条書きにされたものは全て、場所を選ばすどこでもできるものや、この映画館の敷地で行おうというものだった。
「湊は、何かある?」
黙って三人の提案を聞いていた湊に葉月が問いかける。
「この映画館を満喫したい」
シアターの方向を指さして言う。それを聞いてナギが大きく笑った。
「それは嬉しい」
「全員が集まれる日は今書き出したことをして、集まれない日は各自が映画館を満喫するってことで良いんじゃない?」
「そうだね。葉月ちゃんの言う通りにしよう」
ナギが親指を立てた手を前にぐっと伸ばす。
「それと夏休みの宿題。手伝ってほしい」
続く湊の言葉に葉月と浩介は笑う。
「それは高校生らしい願いだな」
夏休みの宿題という概念のない大学生二人、浩介は特にその言葉に懐かしさを覚えた。ただがむしゃらに出校日に間に合わせるために宿題をこなしていた日々を思い出したのだった。
大ざっぱに予定だけ合わせて、葉月と浩介は映画館を出た。湊はちょうど来たところだったらしく、まだ残っていくらしい。ドアを開けると蒸し暑い空気に体が包まれる。その暑さに葉月は一瞬ひるんで立ち止まる。ちょうどその時、少し前を歩いていた浩介も立ち止まって振り返った。
「なあ、葉月はナギは何者だと思う?」
葉月は首を傾げる。
「何者って、中学生くらいの女の子じゃないですか。普通の」
「普通か、葉月にはそう見えるんだな」
そう言い捨ててくるりと反対方向へ体を向け、離れて止めてある自転車の方へ歩いて行った。葉月は眉をしかめる。そして浩介を追う。
「ちょっと、どういうことですか」
浩介のリュックの上部についた紐の輪っかの部分を掴んで足を止めさせる。
「おっと」
浩介はバランスを崩し、少しよろける。
「急に引っ張るなよ」
葉月は浩介を見上げる。
「ナギが何者なのかって、浩介さんの目にはどう映ってるんですか?確かにこの映画館やナギに関してはよく分からないことが多いけれど、それは私達の間にだって言えることです」
浩介は腕を組んで、横を向く。葉月とはあからさまに目を合わせないようとしているみたいだった。
「最初にナギの声を聞いたのは、イヤホンからだった。葉月も同じか?」
「ええ、そうです」
「それがあり得ないことだとは思わなかったか?」
葉月は顎に手を当てる。
「別に思いませんでしたよ。確かに驚きはしましたけど、そういうことができる装置でも使ったんだと思いました」
「葉月の頭の中にあるその装置とやらは、特定の相手だけに音声を送ることができるのか?」
葉月は悩む。機械についてはよく分からないし、その方法についてもなんとなくそういうものがあるのだろうという憶測にすぎなかった。
「その点については、深く考えていなかったので分かりません」
浩介は黙る。映画館の背後、川との境目に植えられた木々からセミの鳴き声が聞こえる。遠くからは犬が二、三回吠える声が聞こえてきた。
「俺はその時、イヤホンをスマホに繋いで曲を聴いていたんだ。でもその曲はスマホの中にあらかじめ入れてあったもので、電池の残量も少なかったからスマホ自体は機内モードにしてあった。だから電波が全く入らない状態だったんだよ」
電波が入らない状態だったというのなら、葉月が考えていたような方法でナギが飛ばした声を拾うことも不可能なのではないか。
「少なくとも、俺のスマホはそうだった。完全にオフライン状態」
上空を飛行機が通り過ぎていく。
「それと、湊がナギの声を聞いたときも俺達と同じようにイヤホンからその声が聞こえてきたらしい。けど湊はスマホではなくCDプレーヤーにイヤホンを繋いでいた。ラジオを聞き流している途中だったらしい」
「最新のCDプレイヤー?」
「いや、CDを再生する機能とラジオを受信する機能しかついていない普通のCDプレイヤー。言いたいことは分かるよな?」
浩介が弱く笑う。
「ナギが私達三人に声を届けるっていうのは、現実的に考えて不可能?」
「でも実際の所ナギにはそれが可能だった」
葉月と浩介は顔を合わせて、そしてガラス張りの建物を振り返る。ガラスには青空と自分達の姿が反射して映っていた。建物内の様子は目を凝らせば見えるようで、見えない。
「ナギは何者なのか」
最初の浩介の言葉を、今度は葉月が繰り返す。
八月七日
午前十時前。浩介に呼ばれて、葉月は地元のショッピングモールにいた。四日前の帰り際に話したナギの正体について、湊も交えて話したいということで、話合いの場所として指定されたフードコートのアイスクリーム屋の前のソファ席へ向かってエスカレーターに乗る。九時に営業開始のショッピングモールは夏休みだというのにまだ人が少ない。
「おはよう」
モール内以上に人の少ないフードコートにはもうすでに浩介がいた。湊はまだ来ていないようだ。柱にかけられた時計は九時四十八分を指している。
「おはようございます」
すぐ横のアイスクリーム屋では店員の女性が暇そうにショーケースの向こうで立ち尽くしている。葉月は浩介の正面に座った。
「水いるか?」
葉月が答える前に浩介は立ち上がり、少し奥にある給水器に水を汲みに行った。ソファに深く座って足を伸ばしながら戻ってくるのを待っていると、浩介ではなく湊がやって来た。
「あ、おはよう」
不意に出た、気の抜けた葉月の挨拶に湊は頭を下げる。湊がどこに座ろうか迷っていると、タイミング良く浩介が戻ってきた。
「湊も来てたのか、もう一つ持って来れば良かったな」
紙コップを二つテーブルの上に置く。
「ううん、いらない」
湊はじっと何十種類ものアイスクリームが並んだショーケースを眺めながら言った。店員の女性も、湊の視線を感じてかチラチラとこちらを見ている。
「アイス食べる?」
葉月は湊に尋ねる。
「うん、食べる」
間髪入れず返ってきたその返事に、葉月は笑う。湊は意外と素直な性格をしているようだ。
「湊はアイス好きなんだね」
財布をカバンから取り出し、湊とともに誰も並んでいない赤いベルトで仕切られた空間の中と入っていく。
「浩介さんも、おごりますよ」
「え、良いのか?」
「良いですよ。たかだか数百円ですから」
浩介も後ろからついてくる。三人でショーケースの前に立ち、それぞれ好きなアイスを注文した。葉月は最後にお金を払って、カップのアイスを持って席に戻る。
四人掛の向かい合ったソファ席に、片側に葉月が一人で座り、その向かい側に浩介と湊が並んで座るという形に落ち着いた。
「ありがとな」
浩介がお礼を言ってアイスを食べる。その横の湊はずっと前からアイスに夢中だ。葉月もプラスチックの濃いピンク色のスプーンでストロベリーバナナ味のアイスをすくう。そしてそのまま口に入れた。甘いものも悪くない。
「気にしないでください。それより、食べながら話しましょう」
葉月は浩介に話しを振る。
「そうだな。さっそくだけど、俺が気になってることは二つあるんだ」
浩介がスプーンを握った手の人差し指と中指を立てる。
「一つ目は葉月には前に言ったことで、ナギがどうやって俺達に映画館の宣伝関する声を届けたのか。それと二つ目は、一つ目に関係してナギが何者であるのかということ。ナギに関しては秘密も多いからな」
葉月はうなずく。ナギから秘密という言葉を何度聞いたことか。
「葉月と湊は、その二点に関してどう思う?」
あれから葉月自身もナギの正体について考えてみたが、正直なところその件に関して深く興味を持っているわけではなかった。ナギが何者だろうと、ナギはナギということで良いのではないかというのが葉月の考え出した結論である。
「どうって、私は特に何も思わないですね」
想定外の答えに浩介は少したじろぎ、引きつった笑顔を見せる。
「葉月は結構ドライだよな。何も思わないのはどうして?」
「ナギに秘密があろうとも、私達には関係ないじゃないですか」
「でも気にならないか?」
「全く気にならないかと言われたら、そうでもないですけど。まあその程度です」
興味は無かったが、浩介が何か面白い真実を掴んでくれるというのなら付き合っても良いかなというのが葉月のスタンスだ。
「そうか。湊は?」
浩介が横を向く。湊はもくもくとアイスクリームを頬張っていた。それを見て浩介は目を丸くする。他に全く興味を示さずアイスクリームに夢中になる湊と、その姿に衝撃を受けて微妙な表情を浮かべる浩介。そんな二人の間で繰り広げられる無言のやり取りを正面から眺め、葉月は思わず吹き出す。
「湊は見ていて飽きないね」
笑い混じりに葉月は言う。
「この三人じゃ話にならない」
浩介は頭を抱えた。葉月はまた笑う。
「お二人のやりとり、私のツボかもしれません」
マイペースすぎる湊と、周囲に気を遣う浩介。その対照的な性格の全くかみ合わない様子が葉月にはおかしかった。
「笑いどころじゃないんだけどな。ともかく、俺の考えを披露するから何か突っ込みどころがあったら口を挟んでくれ」
浩介は半ば諦めた様子で語り出す。
「一つ目の、ナギが俺達に声を届けた方法に関して。これは現実的な方法ではまず不可能だと俺は思う」
「不可能って、現実に可能だったじゃないですか」
葉月はさっそく口を挟む。
「だから、非現実的な方法を使ったんじゃないかと思った。何か俺達の想像つかないような特殊かつ非現実的な方法であの声は届けられたんだと思う。それを裏付けるように、この点に関してナギに尋ねたところ秘密と言われた。秘密だってことは裏を返せば、それは秘密にしておきたいことだと明言しているようなものだろ?」
「スピリチュアル」
あっという間にアイスのカップを空にした湊が浩介の発言を一言でまとめた。膝に手を当てて、感情の読めない表情で浩介を見つめている。
「確かにそうだな。そんな常軌を逸するような方法があると仮定する。そこでまた不思議に思うのがナギの存在ついてだ。これが二つ目だな」
「現実的にはあり得ないことをやってのけるナギは何者であるのか、ということですよね」
葉月は浩介の話を思い出し、問う。
「一見したところ、ナギには特に変わった部分がないというのが厄介なところなんだ。もっとこう、宇宙人みたいな変な見た目をしていてくれたら一発なんだけどな」
「浩介さんもすでに知ってるかもしれませんけど、ナギに関してはいくつか本人から聞いた情報がありますよ」
葉月はナギと出会った日まで記憶を遡り、自分が尋ねたこと、そして返ってきたナギの答えを思い出す。
「まず、年齢は十五」
「十五だったのか。もっと幼いかと思ってた」
浩介が驚く。確かに十五歳というのは服装や身なりによって大人っぽくも子どもっぽくもなることができる中間の年齢だった。現に、同じ十五歳というのでも中学校の制服を着ているか、高校の制服を着ているかではかなり印象が変わってくる。
「そういえば、十五歳としか聞かなかったんですけどナギは中学生なんですかね、高校生なんですかね?私は勝手に中学生って思ってたんですけど、十五歳なら高校生でもあり得るなと思って。湊は知ってる?」
「知らない」
「そうか、まあその辺の年齢ということで。あとは、田舎に住んでるって言ってました。それとナギはあの映画館の孫か何かかって聞いたらそんなところだって言われました」
浩介が腕を組んで考える様子を見せる。
「ナギの住んでる場所については、俺も聞いたんだ。映画館の近くではないらしいことは確かで、葉月の話を組み入れるに、遠方からやって来たのかもしれないな」
葉月のアイスのカップも空となる。水を飲もうと浩介が持って来た紙コップに手を伸ばすと、もう一つの紙コップが湊の前に置かれているのが目についた。浩介が持って来たコップは二つ、それが葉月と湊の前にあるということから考えられるように、浩介の前には紙コップが置かれていなかった。そういうところだよなと思いながら、葉月は自分の水を一気に飲み干す。
「水、取ってきますね」
葉月は自分のコップに水を注ぐとともに、給水器の横から新しい紙コップを取り出しそこにも水を入れる。閑散としたフードコートはとても広々としていた。しかし子どもの頃に来たときに比べると、なんだか狭く感じた。
席に戻った葉月は、テーブルの上の浩介の前に紙コップを置く。
「どうぞ」
そして二人の向かいのソファに腰を下ろす。
「それで、二つの謎をどう解明するんですか?」
チョコアイスの最後の一口を口にする浩介に尋ねた。
「ありがとう。一番良いのはナギに直接聞くことだろうけど、聞いても秘密としか言われないだろうからな。とりあえずは外堀を埋めつつ、他に手がかりがないか調べてみることにするよ」
カップの中に無造作に放り込まれたスプーンがカンッという音を立てる。
「八月もまだ始まったばかりで、焦る必要も無いからな。葉月と湊も、協力してくれとは言わないけど、何か新しく分かったこととかあれば教えてくれ」
浩介が微笑む。
「分かりました」
話が一段落した雰囲気が出たところで、湊がカバンを漁り出す。そして中から問題集を取り出した。
「教えてほしいところがあるんだけど」
そのマイペースさに、今度は葉月と浩介が目を合わせて笑う。
「湊は本当にぶれないな」
湊が開いたのは数学の問題集で、ここが分からないのだと指したところは結構難しめの応用問題だった。問題の答えは配られていないということで、なんとかして解かなければならないらしい。葉月と浩介はああだこうだ言い合いながら、その解法を導き出そうと努める。そんな二人の様子を眺めて、湊はほんの少しだけ微笑んだ。
「あ、」
湊の声に浩介が反応する。
「なんだ?分かったのか?」
「ううん、違う」
湊は今、自分が笑えていたことに気づいた。いつの間にか表情が出せなくなっていた自分が、そんな自分が笑っていたことに驚きつつもそれが少し嬉しかった。湊は自分の両頬を摘まんで左右に伸ばす、そしてもう一度笑ってみようと試みた。
「何やってんの?」
真顔で頬をつねる湊を見て、葉月は笑う。
「なんでもない」
「あっそう」
素っ気ない言葉とは裏腹に葉月の口元は緩む。
何とか数学の問題の答えを導き出し、湊もその解き方と答えに納得したところで三人は解散することにした。十一時を過ぎたあたりからフードコートはだんだんと賑わいはじめ、体感八割くらいの席が埋まっているように思える。
浩介がアイスのカップと、水の紙コップを重ねてゴミ箱に入れる。三人はフードコートを出て一階へと下りるためエスカレーターに乗った。
「二人ともこれから映画館に行くのか?」
後ろに乗っていた浩介を、葉月は見上げる。
「私はこの後用事があるので、帰ります」
「僕も」
浩介はエスカレーターの上で立った足をクロスさせる。
「そうか、俺だけか」
一階に到着し、エスカレーターを下りる。
「私はこっちですけど」
葉月が自転車を止めた方の出入り口を指す。大きなこのショッピングモールにはいくつか入り口があり、別の出入り口を使用するというのならここで別れることになる。
「僕はあっち」
湊が指したのは、葉月とは真逆の方向。
「俺は葉月と一緒の方向だ」
「それじゃあ、湊とはここでお別れだね」
「気をつけてな」
小さく手を振って湊が去って行く。その後ろ姿を見送ってから、葉月と浩介は歩き出す。すぐそばのたこ焼き屋には行列ができていた。二人が向かう直線上にある出入り口の自動ドアからは絶え間なく人が現れる。お昼時のショッピングモールはやっぱり混むようだ。
「湊は変わってるよな」
唐突に浩介がそう言う。
「そうですね。でも私は好きですよ、見ていて面白いので」
葉月は今日の湊の様子を思い出す。
「俺は最初、少しだけ苦手だったんだよね。初めて映画館で会ったときも、何考えてるのか分からなかったし、話を振っても必要最低限のことしか言わないし」
「さっきもそんな感じでしたね。浩介さんと湊は正反対って感じがします。どっちもどっちで、一長一短って感じですけど」
出入り口のすぐ手前のドーナツ屋にも行列ができている。
「そういえば俺、気を遣わなくていいなんて言われたの初めてだったよ。今まで一度も言われたことなかったから、嬉しかった」
葉月はちらりと浩介に目をやってから再び前を向く。
「ナギは私達三人だけを映画館には呼んだんだって言ってましたよね」
店の外に出て、自転車置き場までの道を歩く。冷房の効いたモール内と比べて、外はやっぱり暑かった。日差しに目を細める。
「わざわざ私達だけを選んだってことは、私達には何か共通点があると思うんです。私も多分、浩介さんと同じタイプの人間なので。まあ私の場合は取り繕うことさえ諦めてますけど」
「強いな」
「強くなんかありませんよ」
葉月が乾いた笑い声をあげる。
「もしかしたら、湊があんな感じなのにも理由があるのかもしれませんね」
葉月は他人に興味はなかったが、自分と似た人達には少し興味があった。いや、興味というよりは勝手な仲間意識かもしれない。ともかく、浩介と湊といることに煩わしさは感じていなかった。
そこでナギの言葉を思い出す。私の心に響くものも、この世界にはちゃんと存在している。全部が全部ダメなわけじゃない。数少ないそれに、自分は今巡り会っているのかもしれないと葉月は思った。
その日の夜、葉月は自転車を走らせて映画館に向かう。用事を終え、なんとなくもやもやしていた心を晴らすためあの映画館で上映されている映画を見たいと思ったからだった。
自転車で夜風を切る。遠くからセミのような、セミではないような、よく分からない虫の声が聞こえる。チョロチョロと流れる水の音が、道沿いの畑のビニールハウスの中から聞こえてきた。今度は蒸し暑い空気が正面からやって来る。葉月は顔をしかめる。
最後の大通りを通り過ぎ、坂を下りるといつものように映画館が見えた。硝子張りの建物は電気がついており、昼間よりもその中がよく見える。漏れ出る光で目が眩む。自転車を止め、ドアを押し開けた。
夜の映画館は、昼間とはまた違った顔を見せる。静けさと広々とした空間が、どこか冷たさを感じさせる。見渡してみたが、ナギの姿は見えない。葉月は歩みを進める。
「ナギ?いないの?」
問いかけてみるが、館内に自分の声が響くだけだった。葉月は突き進み、三番スクリーンの扉を押す。ナギがいなくとも、スクリーンには映画が映し出されていた。葉月はゆっくり扉を閉めて、中央の席に座る。
三番スクリーンはのどかな田園風景を映し出している。田んぼの真ん中の道路、張り巡らされた電線の下をゆっくりと進んで行く。スクリーンの中も夜だったが、満月のおかげで明るい。青い稲がツンツンと上に向かって生えそろっている様子は、歯ブラシの毛の部分みたいだなと思い一人笑う。
ぼんやりと眺めているだけで、心が洗われていくような景色。いつか本物を見てみたいなと葉月は思った。
自分の心が満たされたことを確認して、葉月は部屋を出る。ロビーの壁沿いのカウンター席に座って少し休憩してから帰ろうと思った。正面を見るとガラスの壁は、鏡のように館内と葉月を映しだしていた。ずいぶんと広い空間にいるような感じがする。
ショルダーバッグからスマホとイヤホンを取り出し、ジャックにプラグを差し込む。そういえば、ここに足を運ぶきっかけとなったのもこのイヤホンだったなとちょうど一週間前の出来事を思い出す。スマホを操作し、イヤホンを耳に入れてから曲を再生する。
「音が流れない」
あの時と同じ現象に、葉月の手は止まる。次の瞬間、何十にも何百にも重なる人の声がイヤホンから一気に耳に流れ込んできた。葉月は慌ててイヤホンを外す。
ナギの声が聞こえたときとは違い、ちょっとした恐怖を感じる。恐る恐るもう一度耳元にイヤホンを当てると、喧噪のような騒音のような大量の人の声が聞こえる。何だか気味が悪い。
葉月は目の前に映っている館内の様子を見る。誰もいない。この声は何なのか、今すぐにでも誰かにこのことを伝えたかった。とりあえず、荷物をまとめて足早に映画館の外に出る。
自転車に跨がって、畑を抜け、坂を上り、大通り沿いの歩道で一旦自転車を止める。そこから暗闇に光る四角い建物を眺めながら、浩介に電話を掛けた。しばらくコール音が聞こえたあと、浩介の声が聞こえるや否や葉月は声を上げる。
「もしもし、今時間良いですか?」
あの映画館は、やっぱりどこかこの世界の理とはズレたところに位置する存在なのかもしれない。
八月九日
「本当に聞こえたんですって」
葉月はフードコートの机を叩く。
「イヤホンをつけたらたくさんの人の声が一気にバーって」
今度は葉月の召集で、再びショッピングモールに集った浩介と湊に向かって葉月は説く。湊は高校の出校日で学校へ行っていたらしく、制服姿だった。
「それは七月三十一日に俺達がナギの声を聞いたときと同じような感じだったのか?」
「はい。音楽を再生しても一瞬音が流れなくて、あれって思った次の瞬間に声が聞こえました。ただ、人の声が重なりに重なって何を言っているのかは全く分かりませんでしたけど」
葉月はそれが休日の人混みの中に自分が一人立っているかのような感じだったのだと加えて状況を説明する。浩介は背もたれに体を預け、天を仰ぐ。
「そういえば、映画館の中でイヤホンをしたこともなかったし、あれからイヤホンから声が聞こえるなんてこと俺には一度も起こらなかったな」
独り言のようにつぶやく。
「ナギはどこに?」
湊はカップに入ったダブルのアイスにスプーンを差し込みながら葉月に尋ねる。
「分からないんだよね。少なくとも、あの時映画館にはいなかったと思う」
「ナギには聞いた?」
「いや、まだ話してないし聞いてもいない」
葉月は天井をぼーっと眺めている浩介と、アイスクリームをじーっと眺めている湊の姿を視界に収める。しばらくの沈黙の後、湊が口を開いた。
「二階は?」
映画館には二階がある。それはロビーに階段があることから明白だった。しかしナギから二階の説明をされたことはなく、葉月自身もその階段を上ったことがなかった。
「二階にナギがいたかもしれないってこと?」
湊はうなずく。
「私は二階に行ったことないんだけど、湊はある?」
「ない」
「浩介さんは?」
「俺もないな」
映画館にもナギの言うように秘密があるとしたら、それはまだ手をつけていない二階にあるのかもしれない。
「よし、今から行くか」
浩介が勢い良く体を起こして、机に寄りかかる。三人はともに自転車で映画館へと向かった。
「二階?行っても良いけど、何もないよ」
映画館にいたナギは首を傾げて言う。
「それどころか、二階は掃除もしてないからほこりがすごいと思う」
葉月は階段前のソファに座っているナギの横に立つ。
「普段は使ってないの?」
「うん。スクリーンがあるのも一階だけだからね」
浩介と湊はもうすでに、二階へと繋がる階段を上り始めていた。砂やほこりが降り積もった段を踏む。頭上にはかなり大きな蜘蛛の巣がかかっていた。
「これは、あまり入りたくないな」
足を止めた浩介の横を何食わぬ顔で湊が追い越していく。制服が汚れることもお構いなしという様子だ。浩介はため息をついて、湊の後を追う。
「どうなってる?」
先に二階に到着した湊に、浩介は問いかける。
「ゲームコーナー?」
まず見えたのは、所々はげている緑とも青とも蛍光色ともつかないような色で塗られた床。そしてまばらに置かれたゲーム台。目の大きい網が掛けられてもう使用不可能となっているものもある。
「何だか不気味だな」
二人は二階を一周してみる。日に焼けたからか、劣化したからか、元々そういう色なのかは分からないが、色味が全体的に古くさい。温泉旅館のちょっとしたスペースに置いてあるような、どう遊ぶのかも分からないゲーム機が並び、それらには目が大きくて雑味のあるヘンテコなキャラクター達が描かれている。
電気がつかないため、窓から差し込む光だけが光源で薄暗い。本来なら子どもたちに楽しさや希望をもたらすゲーム機が、ほこりまみれで薄暗い空間に放置されている様は異様で不気味だ。一階の雰囲気とはまるで違う。ここだけ時が止まったようだった。
「汚いけど、別に普通」
「そうだな。これといって怪しいものもない」
浩介と湊が階段を下りてくる。
「どうでした?」
「昔はゲームセンターだったみたいで残されたゲーム機がほこりを被って並んでた。ただそれだけだったよ」
浩介が肩を払う。
「だから言ったでしょ。でもどうして急に二階が気になったの?」
葉月と浩介はそのナギの質問にどう答えようか考え一瞬固まる。
「アイスのダブル」
「ダブル?」
湊がスマホの画像をナギの顔の前に提示する。写っていたのは、今日食べたキャラメルチョコとバニラの二段のアイスクリーム。
「ダブルを食べたら二階が気になったから」
理由の不可解さ、脈絡のなさにナギは少したじろぐ。
「うーんと、湊君の言ってることがよく分からないんだけど」
「なんで?」
「うーん??」
成立しない湊とナギの会話。葉月は二人のやり取りを見守る。
「まあ、理由は何でも良いんだけどね」
先に諦めたのはナギの方だった。
「それより、流しそうめんの時の分担を決めておいた方が良いかと思ったんだけど」
「お、それ良いな」
浩介がナギの話に乗り、二人はテーブルのある方の待合スペースへ向かう。葉月も立ち上がり二人と同じ方向へ歩みを進める。その途中、湊に向かって小声で話しかける。
「今度、またアイスおごってあげるよ」
「本当?」
「本当。今の場を乗り切れたのは湊のおかげだからね。そのお礼ってことで」
なぜ二階が気になるのか、それに正直に答えるためには葉月が先日の夜にこの映画館で体験した出来事と、それに伴ってナギを疑っていることを伝える必要があった。別に言ってしまっても問題はないのだが、なんとなく疑いをかけている本人に疑っていますよと言うのは気が引けた。今回の件に関しては、はぐらかすのが一番良い選択肢だったのだ。
「今度はトリプル」
湊と並んで歩く。
「どんだけ甘いもの好きなの」
葉月は笑う。湊の表情は変わらなかったが、彼はこれで良いのだ。一見すると感情が分かりにくいはずなのに、近づいてみればよく分かる。不思議なものだと思った。
「まあ、良いよ」
結局のところ、あの夜の出来事の原因は分からずじまい。四人がテーブルに集まったところで葉月は自然な体を装ってナギに問う。
「ナギ、一昨日の夜ここにいなかったよね?どこに行ってたの?」
「一昨日?」
どうだったかなと二日前を思い出しているナギに三人の視線が集まる。
「あー、それは秘密」
ナギがその時どこにいたのかもはっきりしないままだった。
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