第31話 ラストステージ
ついに夏フェスのステージが始まった。
ステージに上がると同時に、僕は信長とスィッチした。
生き霊として見下ろすと、観衆の中から熱狂的な期待が所々から立ち上っていることに気づく。
おそらく、彰の熱烈なファンや、先日のシャークスのラストステージを見た人だろう。
観客の中に、吉永さんたちの顔を見つけた。三人とも社会人にも関わらず、わざわざ時間を割いて観に来てくれた。
僕は身体はないけど、ぐっと力が入る感じがした。
念入りなチューニングが終了し、いよいよ始まる。
「アクシデントで夏フェスのラストステージを
彰の軽快なMCで始まったステージは、一曲目の『COMET CITY』に続く。
ホークアイのファンだった人も、彰のオリジナル曲には、ノリノリになって応じている。
この曲はとにかくイントロが、破壊的に激しくて、ギターも激しく旋律を奏でる。
初っぱなから信長の超絶テクが炸裂し、観客全員がファントムの超音速旅客機に乗って無事離陸した。
空の上からどこに行くのか行き先を考えてた観客に、彰の超高音ボーカルが頭の中をかき回し、思考することを止めた。
二人の強烈な音の嵐に感情が上下に揺さぶられるが、安定したリズム隊が常に観客をホールドするので、みんな安心して乗っていられる。
これがロックの神髄とばかりにファントムの音が、ステージから観客に向けてまき散らされる。
生き霊の慎也でさえ、この音の洪水から逃れることができずに、文字通り魂を揺らして宙を彷徨った。
一曲目は控えめにコーラスを担当していた亜美は、二曲目に魔女の本性を表す。
彰のオリジナル曲でツインボーカル用に、旋律を追加した新曲が、狂わしいまでの亜美のソウルフルなボーカルを引き立たせる。
突然現れた魔女の魔法にかかって、再び観客の心が激しく揺れ始めた。
絡み合う亜美と彰のボーカルの妖艶な響きに、男も女も理性が麻痺し、まるで見えない異性に身体を任した感触に騒然とする。
身体を這い回る音の愛撫に、何度も絶頂を迎える観客も現れた。
破壊と官能、それに心地よい安定感がこのライブに参加した者、全てに降り注ぐ。
どんなに身体が疲れても、心が躍り出すのを止めることができない。
ハーメルンの笛吹き男に操られる子供のように、観客の躍動は死ぬまで止まらないように思われた。
七曲目が終わったところで、突然音の嵐が止んだ。
一瞬にしてこのステージを囲む全ての人の力が抜け、膝をつく者が続出した。
無酸素状態に成っていた者が、必死で空中の酸素をむさぼる。
「INCOMPLETE」
彰が曲のタイトルを告げると、慎也に身体の感触が戻った。
チャーリーのドラムとカズのベースが織りなす生命を感じさせるリズムが、観客の一人として、心を燃やし尽くした慎也に、新たな命の水を流し込んでくる。
僕の指は自然に官能的で優しい旋律を奏で始めた。
その旋律に絡みつくように亜美のボーカルが被さってくる。
この曲の前まで観客を支配していた破壊と官能を象徴する音が、二つのソウルが結びつこうとする愛に変わった。
その音の変化を観客は聞き逃さなかった。
美しい芸術作品が心に染み入るように、慎也のギターを身体に響かせ、ギターの旋律を離さないとばかりに流れ出る亜美のボーカルが、聞いてる者の心に生命の息吹をもたらす。
愛する人を求め、その手をとって自分の胸に押し当てる。生きている鼓動を確かめ合い、自分たちの明日を創造する。
生命の誕生の感動を、この音の中に見いだし、人間の本質とは他の生物と同じように生み出すことにあると気づく。
それまで破壊の快感に酔っていた人たちが、誕生の感動を求め始めた。
愛する人がいる者は、共に生きている喜びに浸り、まだ見ぬ者はこれから捜しだし共に歩む希望に包まれる。
僕と亜美が求めた音は、このライブでやっと完成した。
彰はリズムギターに徹して、リズム隊と共に、二人のサポートに徹した。
亜美は涙を流しながら歌っている。
本当に欲しかった音を手に入れて、魔女が歌の女神に変身した。
手渡された音を女神は絶対に離しはしないだろう。
僕は自分を一直線に見つめる視線に気づいた。
その視線にはこの前のような寂しさはなかった。
梨都の瞳は今までにない慎也への信頼に溢れている。
自分と僕が愛し合ってることを一ミリも疑っていない。
今日は梨都に手を差し伸べる必要はない。なぜなら、彼女は既に僕の手を、心の中でしっかり握ってこのステージを見ているからだ。
曲が転調し、愛が天に捧げられる。
まだまだ、まだまだと、天高く愛を押し上げるように、二人の音が伸びていく。
二人は神にこの音を捧げ、静かに詠うのを止めた。
僕は再び生き霊に成って、ライブの行方を見守る。
ステージは再び破壊と官能を伝え始めるが、僕の心は息絶えていた。
しばらくは何も感じることはできない。
僕は普通の人間だから、音楽の神の申し子たちのような感性のスタミナがなかった。後は彼らに全てを任せて、心地よい眠りについた。
再び僕が眠りから覚めたのは、アンコールも含めて、ザファントムのステージが終わったときだった。
彰にお疲れ様と言われて、ああこれで全てが終わったとようやく実感した。
亜美が泣きじゃくりながら、僕に抱きついてきた。
「これで終わりね」
ステージと違ってか細い声だった。
僕も亜美の細い肩をせいいっぱい抱きしめて、耳元でお礼を言った。
「ありがとう。そしてさようなら」
亜美は泣きながら僕と離れた。
そのとき、ホークアイの修二が、ステージ裏に飛び込んできた。
「彰、本当にやめるのか? やめられるのか?」
修二の言葉に彰が苦笑いする。
「いいギタリストを見つけないとな」
そう言って、彰は亜美にウィンクをした。
その姿を見ながら、僕はこの罪深き人たちは、一生音楽から離れられないのだと確信した。きっとシャークスのメンバーもこの世界に戻ってくる。
そんな予感が僕の脳裏に浮かんだ。
(なかなか、見応えがあったぞ)
信長の声がした。
(もしかして、人間の本質を見極められた?)
十分だろうと思いながら、僕は訊いた。
(まだまだ余は満足せぬ。もう少し、つきあってもらうぞ)
信長は、これからも僕との日々を続けると宣言した。
もう三ヶ月は寿命が縮まってるはずだ。
だがもう僕はオタオタしない。
長くて起伏のない人生よりも、信長が教えてくれる短くて壮絶な人生の方が、今ははっきりと価値があると言い切れるからだ。
(ありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします!)
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