第28話 寄り道
一夜明けて夏フェス二日目。
僕は早々に家を出て、一組目のスカイダイブのステージを見た。
早めに来たのは、オーディションで聴いたバンドの音が、本番のステージでどんな風に変わるか聴き比べたかったからだ。
それというのも彰が口を酸っぱくして、野外ステージは音の感じがまったく変わると言ってたからだ。
確かに彰の言うとおり、スカイダイブの音は体育館で聴いたときとは全然違った。
音だけで言うと、一音一音の歯切れが悪くて、リズム隊も少し曇ったような感じがする。
きっと野外ステージ用のチューニングがあるのだろうが、経験のない僕には検討もつかない世界だ。
僕の心にプチ不安の影が差したところで、信長の声がした。
(大丈夫だ。野外用の調整はもう見切った)
さすがは信長だ。
不安が解消して、リラックスして音を聴くと、もともとスカイダイブの音楽は、馴染みがあっただけに、心地よく聴けた。野外だけにリズムに乗って、身体が自然に動く感じだ。
他の観客も同じように身体を揺らしている。
まだ九時を過ぎたばかりなのに、屋内では考えられない人数が集まっている。
こんなたくさんの人たちの心をつなぐところが、野外ステージの魅力かななどと思っていると、亜美が現れた。
「早いわね」
「なぜか早く目が覚めて」
「私もそう」
いよいよ亜美と組むラストステージを迎えて、彼女の感じが初めて会った頃と全然違うことに気づいた。
二人でいるときの亜美は、アンバランスで挑発的な雰囲気が魅力だったが、いつも心がざわめいて、休まることはない感じだった。
今こうして二人でいてもその感じはなくて、しっとりとした美しさにふっと気がついて、思わず見つめてしまう――そんな心が惹かれていく感じに変わった。
「梨都は大丈夫?」
「うん。今日は午後から来ると言っていた」
「そう」
最近の亜美は梨都に対して挑発的な行動をしない。むしろ気を遣って、二人でいる姿を見せないようにしているように思える。
年上の女性らしい気配りが出てきた。本来の亜美はそういう女性なのだろう。
「今日で最後だね」
「そのつもりでいるよ」
「こんなにたくさんの人とつながっても、やめられる?」
「これは寄り道だから」
「寄り道かー」
僕の寄り道という言葉に亜美は軽いショックを感じたみたいだ。
別に亜美とのふれあいが寄り道だったと言ったつもりはなかったが、あえてそう言う必要はない。
法律家に成ることだけを思って大学に入ったが、信長によってこういう寄り道を示され、そこで出会った多くの人たちによって自分の成長を感じた。
寄り道は決して無駄ではなく、まだ未熟な自分はたくさんの寄り道が必要なことを、信長によって教えられた気がする。
スカイダイブのステージが終わった。メンバーは誰もが走りきった後のような顔をしている。
シャークスのライブのようにお金が貰えるわけじゃないが、学生にとって未来につながる価値あるものを、きっと得たに違いない。
二番手のジェットストリームがステージに姿を現し、チューニングを始めた。
音楽は軽いイメージだが、チューニングする様子に軽さは感じられない。
しばらく亜美と二人で黙ってステージを見ていると、亜美が手をつないできた。
僕は特に騒がず、そのまま握り返してステージを見続けた。
ここで狼狽して騒いだりしない程度には成長できたのか、それとも相手が亜美だから平気だったのかは分からない。
ジェットストリームの演奏が始まって、しばらくすると彰や他のメンバーが集まってきた。
渋川が、僕と二人でいる亜美を見て、急いで亜美の隣に並ぶ様子が、ライブ前の緊張感を和らげた。
「最初で最後のライブステージだ。今日は盛り上げようぜ。うまくやろうなんて思う必要はさらさらないから。野外は魂が伝わりゃそれでいい」
彰が夏フェスの先輩として皆にアドバイスを贈った。
「俺なんかこのメンバー最高だと思う。伝説のステージ作ろうぜ」
みんなに向けたメッセージのようだが、渋川の顔はしっかり亜美を向いていた。
「ファントムの幻のライブ、いいですね。最高に盛り上げましょう」
チャーリーは分厚い胸を叩きながら、成功をアピールした。
「私にとっては、これが新しい人生のスタートになると思う」
亜美が瞳に込めた強い決意を口にした。
「慎也から何かないか」
彰に催促されて、少し照れくさそうに、僕も思っていることを語り始めた。
「僕は法律家を目指して大学に入ったけど、夏フェスへの参加を通して、人として大事なことをたくさん見て聞いた。これから生きていく上で、きっとかけがえのない尊い経験になると思う。最後まで付き合ってください。お願いします」
気持ちが一つになったところに、隆道と研人が走り込んできた。
二人とも殴られたかように、顔を腫らしている。
「慎也、大変だ。梨都が攫われた」
夏の暑い日差しにも関わらず、心に大きな黒雲がかかった。
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