第26話 乱入者

 僕の隣に座ってオーディションの結果を待つ彰の前に、少しばかり怒気を発した修二が立った。


「ホントにこれでいいと思ってるのか?」

「何が?」


 彰の顔は少しばかり強ばっている。


「お前ももう四年だぞ。夏フェスには、プロダクションやレコード会社の関係者も来る。去年声をかけてくれたムーンレコードの青木さんが、お前のことを気にしてたぞ。夏フェスのステージで青木さんにこんな姿を見せるつもりか?」


 修二の顔が更に厳しくなった。

 彰はそんな修二を見ながら、フーっとため息をついた。


「お前の価値観を押しつけるなよ」

「じゃあ、お前は卒業したらどうするつもりだ」

「俺はもう商社の内定だって貰ってる。自分の人生だ、好きなように生きるさ」


 僕はどうしていいか分からなくて、二人の間でおろおろしていた。




「おい、なんで俺たちがテープ審査で落とされるんだ」

 いきなり入り口の方からどや声が聞こえた。


 入り口の方に視線を向けると、どかどかとパンチパーマの男たちが群れを成して入ってきた。

 中心の五人は、パンチパーマにニッカポッカ、ドクロのプリントが入ったカットソーのTシャツ、極めつけがラメ入りの黒い腹巻きと、破壊的なセンスをしている。


「パンチ……まだ活動してたのか」

  彰が呆れたようにつぶやく。


「ねぇ、何あのダサいの」

 梨都が眉を潜めて、吐き捨てるように言った。


「パンチボンバーって、パンクっぽい暴力的なバンドで、去年の夏フェス出たんだけど、ステージ上で下半身モロ出しとかしちゃって、今年は出場禁止になったグループだよ」


 夏フェス通の研人が、僕と梨都に説明してくれた。


「オーノー、クレイジー」

「だっせー」

 チャーリーと渋川も、彼らのセンスには耐えられないようだ。


 会場中がざわめくのを横目に、パンチ軍団はどんどん奥に進んで行き、運営委員の前まで来た。


「おい、去年あんなに盛り上げてやったのに、なんて仕打ちをしてくれてんだ」

 真ん中のひときわでかい男が、丸太のような腕で運営委員の机をドンと叩く。


「君たちの出演停止を決定したのは僕だ。理由は言わなくても分かるだろう」

 運営委員長の西川が立ち上がって、毅然として答えた。


「お前か、この野郎」

 でかい男が西川の胸ぐらを掴んで、睨みつける。


「やめろ、長野」

 メタルウォーリアーズのボーカルの玉田が、いつの間にか近寄って来て、でかい男を長野と呼んで、肩に手をかけた。


「気安く触るんじゃねぇ」

 長野は、西川から手を離し、玉田を突き飛ばした。

 プロレスラーのような長野の腕力に、痩せっぽちの玉田は背後の床に吹っ飛ばされた。


「暴力振るうなら警察呼ぶわよ」

 正義感の強い梨都が立ち上がって、許せないという顔で長野に警告する。

「何だおめぇは偉そうに」

 長野が梨都に詰め寄る。


 僕は勇気を振り絞って、止めようと立ち上がったが、その前に修二と彰が長野の前に立ち塞がった。


「いい加減にしろよ、長野」

 彰が眼光鋭く長野を威嚇する。

「俺は運営委員に抗議をしていたら、こいつがいちゃもんつけてきたので、応じただけだ。おまえら関係ないんだから、出てくるなよ」


 あれれ、なんだか長野の勢いが弱くなった気がする。


「お前が、文句言える立場か。去年お前が汚いもの見せたせいで、危うく夏フェス中止になるところだったんだぞ」

 修二に言われると、長野が焦って後ずさりした。


「その子は俺たちのバンドのマネージャーだ。指一本でも触れたら、その腕をたたき折るぞ」

 彰に言われて、長野の勢いが完全に止まった。


「分かったら、さっさと俺たちの前から消えろ」


  長野が立ち去ろうとしたとき、梨都が立ち塞がった。


「ちょっと待ちなさい。あんたたちはこの場のみんなに迷惑かけたのよ。少なくとも西川さんには謝りなさいよ」

 梨都がたたみかけるように、長野に謝罪を要求した。

 その場の全員の視線が長野に集中する。


「くっ」

 長野が西川の方に向き直る。

「すいませんでした」

 それだけ言うと、くるっと背を向けて入り口の方に戻り始める。


 途中でヒルのような目で梨都を睨んだ。

 僕はその目を見て、ぞっとした。

 人が誰かを恨みに思うときの怨念が籠もった目だ。

 梨都はその視線を感じても、びくともしてない。



 とんだ乱入騒ぎで、混乱を招いたが、オーディションには五組とも合格していた。

 パンチボンバーの乱入で、一触即発ぽかった修二と彰も、しらけたみたいで、何もなく分かれた。


 長野を制したときの修二と彰の様子が気になったので、研人に聞いたところ、去年学内で暴れ回っていた長野たちを、二人が完膚なきまでにたたきのめしたと、いうことだった。

 二人で十人以上相手にして、完勝したと言うからたいしたものだ。


 二人とも中学時代は少しぐれてたようで、だいぶ修羅場を積んだらしく、今でもそれなりに強いようだ。

 自分とは違って、なにもかもかっこいいなぁと、僕は少しコンプレックスに浸った。

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