第25話 ファントム登場

 運営委員の説明が終わり、オーディションが開始される。

 演奏順は、録画の提出時に振られた通しナンバー順なので、ギリギリで提出したザファントムは最後の出番となる。


 最初はギンギンのメタルバンドだった。バンド名は演奏内容そのままで、「メタルウォーリアーズ」。


 メタルウォーリアーズの演奏した曲は、エアロスミスやガンズアンドローゼスのカバーだったけど、彼らのファッションは七十年代のロンドンパンクスタイルで、曲とアンマッチだった。

 我慢できなくて、隣の研人に小声で囁く。


「どうして髪を伸ばさないんだろうね」

 研人はニヤリと笑って答えてくれた。

「あの顔でロングヘアを連想してみて」

 思わず納得した。


 ルックスはともかく、メタルウォーリアーズのライブは、パワフルでかなり刺激的だった。暴力的な衝動を開放して、音に乗せてるイメージだ。

 腹の底にビートを感じながら隣を見ると、修二はつまらなそうな顔で聴いていた。


 次のバンド「スカイダイブ」は典型的なJポップバンドで、ボーカルの綺麗な声が印象的だった。

 僕には一番しっくりくるし、気に入ってたのだが、やはり修二はつまらなそうな顔をしている。


 三番目は「ジェットストリーム」という、昔のラジオ番組のような名前のバンドで、曲はシンセサイザーを中心にしたエレクトロポップだった。しかもボーカルはなく二人の女性のコーラスのみだ。


 耳に心地よいが、本当に真夏の屋外でこれを聞くの? と、少しだけ疑念が湧いたが、別にこの面での専門家というわけではないので、口に出すのは控えた。


 四番目はいよいよホークアイが登場した。

 三曲ともバンドリーダーの修二の曲で、彰の所属していたバンドとは思えないポップ色の強い音だった。


 ドラムの山口は大きくて重い音を出すし、作曲者の修二はベースを指で弾いているのに攻撃的でクリアな音を出している。ギタリストの沖本にいたっては、もっとハードな曲を弾きたくて、うずうずしてる印象だ。


 ただ、新ボーカルの志村拓哉は甘い声質で、曲調によくマッチしていた。

 拓哉のジャニーズ事務所所属と言っても違和感のない甘いマスクが、ステージをより華やかに演出する。それでいて、バックの演奏はしっかりしていて、音に煩い連中につけ込む隙を与えない。


「これが修二が求めた音さ」

 彰が苦笑いしている。

「僕には修二さんが、無理して楽しそうな顔をしてるようにも見えますけど」

 僕が何気なく感想を口にすると、彰は笑いを止めて真剣な顔に成った。


「どこまでもあいつはプロなのさ。奴は音楽で食べていくつもりだ。そのためにはまず売れて、名前を覚えてもらう。好きな音楽を追及するのは、その後でいいと思っている」

「ふーん、音楽やってる人のイメージって、もっと場当たり的なのかと思っていました」

 僕は思ったままを口にしたが、次の彰の言葉で打ちのめされる。


「誰だって仕事にするなら食っていかなきゃいけない。好きなことなら趣味に留めておくべきだ。そうでないと周りが迷惑する。正治さんはそこが徹底できなかったから、悲劇が起きたと俺は思う。俺が修二と離れたのも、そういうことだと思ってくれ」


 彰は既に商社の内定を取っていると話していた。

 きっとザファントムを最後の思い出にするつもりだ。


(いい選択だ。この男は世の中を分かっておる)

 信長だった。

 信長が修二を認めた。

(でもなんか辛い)

(何の、今後もっと辛い選択を、お主自身がすることになる)

(えっ、何それ?)


 信長から返事はなかった。

 最近、予言めいたことを言われて、謎が残ることが多い。

 僕も信長の説明不足には慣れて来たので、それ以上突っ込まない。


 いよいよザファントムの番が回ってきた。

 僕は信長とスィッチする。

 他のバンドのライブをそっちのけにして、梨都と亜美を口説いていたチャーリーと渋川の表情が変わった。

 会場に合わせて手早くチューニングを開始する。

 おそらく女を口説くのに夢中になっていたのは、他のバンドの音が自分好みではなかったのだろう。

 自分たちの音を聴いてくれ――二人の手際からはそんな風な主張が感じられた。





 修二からは気負いや焦りは感じられなかった。

 ステージに立ってパフォーマンスができる喜びが優先している様子だ。

 きっと、これを大学時代最後のライブにするつもりなのだろう。


 亜美は既にスタンバイOKで、じっと慎哉(実は信長)を見つめている。

 誰が見ても慎哉に思いがあることは見て取れた。

 客席の梨都がどんな顔をしているのか、怖くて見れなかった。


 信長は簡単なチューニングで、ライブのスタートを待っていた。

 演奏の途中でも、信長は平気でペグを回す。

 それが劇的な効果を生むから、やはり信長は天才だ。


「始めよう」

 信長が皆に声をかける。

 誰が集まろうと信長がリーダーを譲ることはない。さすがはリーダーシップ二百だけのことはある。


 一曲目のコメットシテイは、ベースでイントロが始まった。おそらくホークアイ在籍時に修二を意識して作ったのだろう。

 彰のボーカルは明らかに修二に対してのメッセージだった。

 オーディエンスにソウルを伝える――その思いが彰の独特のボイスに乗って体育館に響き渡る。メロディラインをアシストする信長のギターや亜美のコーラスも、彰の思いに合わせて音を送り出していた。

 一般受けするかどうかは分からないが、運営委員はかなりノリノリで彰の声に酔っていた。


 二曲目に成ると、今度は彰がサイドギターを持ち、亜美と信長に存分にどうぞと目配せする。その姿を見て、周囲もインコンプリートは二人の曲だと予感する。

 信長がまたもや慎哉にスィッチした。

 先ほどまでの支配的な信長の眼光が、慎哉本来の包むような優しい目に変わる。

 亜美は、それを自分への好意と解釈して、幸せそうな表情を見せた

 この曲のためには、その方がいい結果につながるので、あえて慎哉は誤解を解かない。

 おそらく梨都の存在がなければ、慎哉もそんな風に流されたかもしれない。それほどこの雰囲気は心地よかった。


 曲が進むに従って、ギータ―とボーカルが溶けあって、インコンプリートだった現在がコンプリートする未来を目指し、躍動を始める。その場にいた者は、二人の世界に引き込まれ、現実を忘れ未来に夢を託した。


 ただ一人、梨都を除いて。

 この曲を聴くといつも梨都の目には涙が浮かぶ。

 パフォーマンスだと言い聞かせようとしても、割り切れない感情が梨都の涙になって出ていくのだ。


 前のように、曲途中で梨都にメッセージを送ることが、慎哉にはできなくなっていた。

 亜美の情念が強すぎて、気を抜くとおいて行かれてしまうからだ。

 要するに今の慎哉の心の器では、二人の思いを受け止めるには、いささかサイズ不足と言わざるを得ない。


 梨都に対する思いを残したまま、二曲目が終わる。

 三曲目は信長のテクニックが爆発する。

 聴く者全ての感情を、ジェットコースターのように上下させ、心を揺らす。


 生霊となって演奏から解放された慎哉は、静かに梨都を見守る。

 気の強い梨都が、儚げで今にも壊れそうに見えた。

 押し包みたい感情を、伝える身体がないことがもどかしかった。


 全三曲が終了し、ザファントムのオーディションライブが終了した。

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