第24話 オーディション
バンド名はたった一度のライブで活動を終えることから、「ザファントム」と名付けられた。信長にはぴったりの名前だ。
早速、夏フェスのエントリー時に送る動画の撮影が行われた。
演奏する曲は、修二のオリジナルから『COMET CITY』、シャークスのライブで演った正治のバラードの二曲に決まった。
正治のバラードはタイトルがなかったが、亜美が「INCOMPLETE」と名付けた。
昨年までホークアイのボーカルとして四年連続出場した、修二の参加するバンドなので、動画審査は難なくパスし、ザファントムは最終選考のオーディションに進んだ。
僕は労働法の講義の後、梨都と研人と三人で学食に向かった。
いつも行動を共にする直道と朱音は、入部したサークルのランチミーティングに行ってしまって、今はいない。
「オーディションって、何のためにするの?」
僕の質問に夏フェスマニアの研人が、教えてくれた。
「選考は録画審査でほぼ終わっているから、本当に録画通りの演奏ができるか確認みたいなものかな」
「どうして、わざわざ確認するの?」
梨都がそんなめんどくさいことと、言わんばかりの不思議そうな顔で尋ねる。
「今は技術が発達してるから、録画だとほら修正が効くじゃない。あまり修正が酷いようだと、選考委員の審査がいい加減だと言われかねないので、一応確認するわけ」
「今まで、それでダメになったバンドってあるの」
「一日目の出場者は結構あるみたいだよ」
「一日目と二日目で区別はあるの?」
梨都は興味ないくせにけっこう知りたがり屋だ。
無心で訊いてる姿を見て、僕の心はキュンとした。
「一日目はソロやデュオのような、演奏よりも歌が中心になるかな。アイドル系のグループも一日目に登場する」
「えー、演奏はどうするの? アカペラ?」
「もちろんアカペラもいるけど、いろいろかな。カラオケ音源持って来る人もいるし」
「それってただののど自慢じゃない?」
「一日目は、二日目に向けた前夜祭的な位置づけなんだ。去年は女の子八人でアイドルソングを流して、踊ってるだけってグループもいたな」
「なんかいかにも大学祭って感じだね」
梨都は気のせいか一日目の方が興味がありそうだった。
「梨都は一日目に行ったことはないの?」
「だって、研人たちは二日目にしか行かなかったから。二日間あるなんて知らなかったし。研人だって、よく知ってるよね」
「去年まで研二が夏フェス実行委員やってたから」
研二というのは研人の二番目の兄だと、梨都から聞いたことがある。研人にとても顔が似ていて、明峰大のOBらしい。
「ところでオーディションは一日でやるの?」
「ううん、一日目と二日目のグループでオーディション内容が違うから、二回に分けるみたいだよ」
「何組ぐらいオーディションに来るの?」
「一日目は十組出場だから、オーディションも十組呼ばれる。一組につき一曲だけ聴いて、問題なかったらそれで終わり」
「二日目は?」
「二日目は五組だけ。一組につき三曲演奏する」
そんなことも知らずに夏フェス参加を言い出したと思うと、僕は恥ずかしくなった。
オーディションは録画した二曲に加えて、もう一曲必要だ。
夜の練習で、修二は追加曲にヴァンヘレンのホットフォーティチャーを選んだ。
バンドの主催者の僕に敬意を払って、ギターの印象的な曲にしようと思ったようだ。
他のメンバーも異存はない。
亜美と梨都の関係以外、何もかも順調に進んでいた。
オーディション会場となる第二体育館に入ると、既に他の四組のバンドが来ていた。
僕たちが現れると、彰よりも背の高い男が近寄ってきた。
「彰、新しいバンドを組んで、夏フェスに出るってのは本当だったんだな」
「修二、久しぶり。できたてホヤホヤのバンドだからお手柔らかに頼むよ」
修二と呼ばれた男は、じろりと慎哉たちを見て、再び彰に視線を戻した。
「どんな音を聴かせてくれるか楽しみにするよ」
それだけ言って、修二は仲間のところに戻って行った。
「もしかして、ホークアイの人?」
運営委員が用意してくれたパイプ椅子に腰かけながら、僕が彰に聞くと、傍にいた研人が驚いて目を丸くする。
「修二さんを知らないの? 彰さんと並んで、この世界では知らない人はいないくらい有名だよ。来年卒業と同時に、メジャーデビューするんじゃないかって言われてる」
慎哉は日本人離れした大男が、二人並んでステージに立っている姿を連想して、クスリと笑ってしまった。
「おい、何を笑ってるんだ」
「あっ、ごめん」
このやり取りのおかげで、演奏するわけではないが、それなりに緊張していた僕がリラックスできた。
僕たちの後ろの席のあいつらは、緊張どころではない。
チャーリーは梨都を食事に誘おうと、夢中で口説いているし、渋川さんは梨都から亜美に乗り換えて、このバンドが解散しても二人で一緒に活動しようと、しつこく口説いていた。
梨都と亜美は、それぞれがこの攻撃に対処するのにいっぱいいっぱいで、僕を巡ってのバトルをする暇もなく、結果的に僕の精神的負荷は減った。
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