第23話 メンバー集合
「ねぇ、ベースをやってる人なら紹介できるけど」
思いがけず梨都が提案してきた。
「腕次第だけど、誰?」
「三年の渋川功一。高校の先輩だけど、一度告白されて断ったんだ。そしたら、今度はライブを見に来いってしつこくて。でもベースはうまいらしい」
「ファンキーベースマンの渋川か。確かにあいつなら、カズさんに負けないくらいの音は出せるな。所属してるジャッジマンは、ボーカルの安西がアメリカ留学中で、休止してるのも好都合だ。連絡取れる?」
「うん」
「今日会えるか聞いてみて」
「分かった」
梨都がスマホを出して渋川に電話した。
「もし渋川が入ったら、ドラム選びは難しくなるな」
「どうして?」
「普通の奴だと渋川の個性にドラムが負けるんだ」
「今日、六時からならOKだって」
さすがに梨都は仕事が早い。
気が進まない相手でも、テキパキと段取りを進める。
梨都の手際を黙って見ていた研人が口を開いた。
「あの、ドラムなんですけど……」
「なんだ、お前叩けるのか?」
「いえ、高校の同級生でドラムをやってる知り合いがいます」
「えっ、誰」
高校の同級生と聞いて、思わず梨都が確かめた。
「ほら三年のときにアメリカから転入してきたチャーリースターキーだよ」
「チャーリーってドラムなんかやってたんだ」
「アメリカでバンド組んでたらしいよ。家にドラムセットがあって、一度遊びに行ったときに聞かせてもらった。すごくうまかったよ」
「よし、この際聴いてみよう。連絡できる」
「はい」
チャーリーも今日の六時OKで、無事に四人揃った。
僕が亜美に連絡して、今日の六時半にスタジオを予約してもらう。
今回は練習から梨都と研人も参加OKだ。
六時にスタジオ前で待ち合わせる。
みんな遅れずにやって来た。
渋川は中肉中背だが、顔をメークしている上、髪はつんつんでなかなかピーキーなルックスだった。
チャーリーはバンドマンというよりも、アメフトの選手の方がぴったりくる体格で、身体だけ見るとおっかない感じだが、優しそうな目がアンマッチだ。
渋川は聞いていたが、チャーリーまで梨都のことが大好きなようで、二人とも会うなりすり寄っていく。
初対面に備えて、信長にスイッチしたため、生霊の僕は黙ってみているしかない。
「いいの? 彼女大人気じゃない」
亜美がすかさず信長にすり寄る。
「今日は頼む」
信長は例の支配的な目で亜美を見て、短く言葉を発した。
いつもの僕のつもりで近づいた亜美は、電撃を受けたように立ち尽くした。
「おや、もう戦闘モードか」
僕の変化を察して彰が楽しそうにつぶやく。
ようやく、梨都にじゃれるのを止めた二人は、彰と信長と向き合う。
渋川が彰に向かって言った。
「お疲れ様です、先輩。また一緒に演れるって言うんで、楽しみにしてきました。そっちの一年はだいぶ弾けるんですか?」
「聴けば分かるよ」
彰と渋川のやり取りの間、信長は無表情で渋川を観察している。
「よろしくお願いします。私のドラム、いいですよ」
チャーリーは目だけでなく、声も優しい声をしていた。
なんとなく、研人と仲がいいのも分かる気がした。
「よし、時間だ。スタジオに入ろう」
彰を先頭に七人はスタジオ入りした。
ドラム以外は全て自前の楽器を持ってきた。
曲によっては弾くつもりか、彰もギターを持参している。
チューニングが終わって、いよいよ演奏に入る前に、彰がみんなに告げた。
「このバンドのテーマは情緒だ。客が本当の自分をさらけ出すかどうかが勝負だからな」
「言葉じゃなくて、やってみようぜ」
渋川が不敵に笑った。
演奏のときは先輩も後輩もないようだ。
「OK、じゃあメジャーなところで音を合わせてみよう。プリンスのホエンダブズクライ」
全員、異論はない。
緊張感が漂う中で、信長のギターフレーズから曲が始まる。
最初の音を聞いただけで、渋川の目つきが変わった。
原曲はベースラインを含まない。
信長の最初の音で、渋川はベースラインのイメージを組み立てなければならない。
いわばこの曲を選択したのは、渋川の感性のテストだ。
ファンキーなベースラインが身上の渋川が意外にも抑えた音で入って来た。
チャーリーにも厳しい課題が課される。
もともとは打ち込みでビートが構成されている。
感情を捨てた正確なドラミングが要求される。
さらにソロ部はギターとシンセサイザーの絡みが続く。シンセなしでどう表現するかは信長の腕次第だ。
加えてボーカルは高音のファルセットを多用する。彰の音域の広さが試される形となった。
結果は生霊の僕が震えるような出来栄えだった。
各パート見事に課題を熟して、更に個性も十分に感じさせた。
特にチャーリーがシンセドラムを忠実に再現しながら、自分の個性を映し出したテクは予想以上だった。
ボーカルは言うに及ばず、渋川のベースも終盤に向けてうまく盛り上げた。
だが、一番予想外だったのは、信長のギターソロのときに、シンセサイザーの代わりにと、飛び入りで入った亜美のコーラスだ。
それは、ギターの多彩な表情を、よりくっきりと映し出す白いお皿のようで、その白さがいつまでも記憶に残るコーラスだった。
あのライブ以来、亜美は完全覚醒したとみて間違いない。
「これなら、大丈夫だ。本番は楽しいライブができそうだ」
そう言いながら、彰は信長としっかり目を合わせて、メンバー確保終了を互いに確認していた。
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